Sonata quasi una Fantasia(月光)
大事な小箱を両手に潰さぬよう慎重に、しかししっかりと握りしめて人ごみをかき分ける。その人物は人ごみの最前列、大きく分厚い耐圧窓に体を押し付けられつつも、その向こうにある宇宙船ドックとこちら側を繋ぐ連絡通路の付け根へとたどり着くと、まだ来ていないことを確認しほっと胸を撫でおろす。
と、丁度通路の元のゲートがブザーの後に開かれ人々の歓声はより一層大きなものとなった。
(来た!)
ゲートから続々と現れたのは薄手の宇宙服に身を包んだ沢山の人々、そう彼らこそ満月号の乗組員でありこれから故郷を離れ、もう一つの故郷へと向かう勇敢な選ばれし人々であった。機長ジャック・マッカーサー氏を先頭に船員や技師、建設要因、ローダー操縦士、農業専門家などあらゆる分野に従事する人々が乗組むのだ。見物客や乗組員の家族、友人たちが一斉に押し寄せており周辺は大混乱である。流石の今日ばかりは、殆どの仕事が休みとなっているようで、いつもは忙しく働いている人々もお祭り騒ぎである。
そんな中、例の人物は目の前を流れていく乗組員の中に目を凝らしある人物を探していた。それはとても目立つ人物であるため見逃しようがない筈だが、この騒ぎではついうっかり見逃してもおかしくはなかった。
「あっ!」
しかし、そんな心配もあったが目的の人を見つけることが出来声を上げると、その人もこちらに気づいたようで大きく口を開けるとこちらの方へとよってきた。
「エーリッヒ!!」
そう彼の名を呼んだのは、長く限りなく薄い色合いの金髪をポニーテールに縛った若い女性であった。エーリッヒの同僚で機械技師である彼女はふわりと床を蹴って彼の元にたどり着くと、彼がここに来てくれたことを大層喜んでいるようで、彼の手を両手で力強く握りしめながらブンブンと手を振った。
「痛い痛い!痛いよノエル。君は力が強いんだからさ!」
と顔をしかめて声を上げたエーリッヒにノエルと呼ばれた女性はアッと声を上げて手を離すと両手を合わせて茶目っ気を含んで謝る。
「ごめんね!ついうっかり……」
エーリッヒは愛想笑いをしつつ傷む手を揉みながら、箱が潰れていないことを確認すると咳ばらいを一つ。
「んっ……なあノエル」
「えっ、何?どしたの真剣に」
急に真面目な声色と目で自分を見つめてくるエーリッヒに、彼女もついつい背筋を正してしまう。
「その……君があれに乗っていってしまうと数年はあえなくなる……その間は通信でしか君と話すことはできないだろう。だから、直接会える今の間に、その、言いたいことがあるんだ」
「う、うん……」
胸が高まる。周囲の人々も、このただならぬ雰囲気の二人に注目をし始め、数人の乗組員たちも足を止め行く末を見守り始めた。
「これを……」
彼は跪くと、小箱を彼女に向けて開いて見せた。そこに収められていたのは、チタンの細いリングとその頂点にはめられた青い宝石であった。
「わあ……ルナサファイア。こんな大きなのどうやって」
ノエルは透き通る青き宝石に目を奪われながらもその出どころについて尋ねた。
ルナサファイアは月の地層で稀に産出される非常に貴重な鉱石でその価値は小さな原石でも非常に高価である。あくまで中流階級であるエーリッヒにはこんなもの一生かかっても買えないはずだ。
「昨日さ、やっと見つけたんだよアルテミスの建設予定地で原石を。それで徹夜で加工したのさ」
「えっ!見つけたの!?うっそ……」
高性能な探知機を用いても滅多に見つからないルナサファイアを、まさかエーリッヒは手作業で見つけ出したとでも言うのだろうか。そんなもの、天文学的確率としか言いようがないが、彼女は最近頻繁に彼が休日出勤やら残業やらで出ていたことを思い出した。
「まさかそのためにずっと外に出てたの?」
「まあ、ね」
よく見ると眼鏡のリムで隠れてはいたが彼の目には隈が刻まれており、彼がどれだけ連日寝る間も惜しんでルナサファイアの捜索に手掛けていたかが読み取れた。
「突然のプロポーズになってゴメン、順番が違うよな。でも、それぐらい俺は本気だってことさ。もし、また月か、それとも地球かでまた会えたら、その時は俺と共に歩んでくれるかな」
辺りは彼のプロポーズに息を飲み、その周辺だけが沈黙を保っていた。期待の目が一斉にノエルに向けられ、彼女もまた顔を真っ赤に染めて口元を両の手で押さえて考え込んでいた。やがて、目を閉じて体を震わせながら彼女は頷いて見せ、その瞬間観衆は割れんばかりの大歓声を上げ二人のうら若き初々しいカップルに激励と称賛、ヤジの声を上げた。
ちょっと短いですが




