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Schwarz Drache ~黒き竜の少女と果て無き旅の果てに~  作者: 戦艦ちくわぶ
Ⅱ Une dragon de lune(月の竜の乙女)
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Full Earth(今宵の地球は満ちている)

 人類が誕生し地球という大地へと広がっていき、ドラクラットの祖先たちと戦争を始めた時も、人類が生存圏の獲得を得て地球の覇者となった時も、人類が度重なる戦争によって滅びかけた今も、ずっと変わらないものがあった。それは、今の我々の世にも見ることが出来るものだった。空を見上げれば見えるはずだ、大きく浮かぶ、あの丸い星、月を。

 これは、月に住まう少女の話だ。その前にまず、簡単に人類が月に移住した過程を説明しておこう。



 西暦二千百年頃、人類はようやく地球という母星以外にも住環境を作り出すことのできる技術を得た。その対象は最も身近で親しみのある月であった。月ならば地球からの距離も近いため他の惑星への移民と比べると輸送の危険性や時間、コストが大幅に減らすことが出来、万が一の出来事が起きた際にも住民を乗せて地球への避難が行いやすく、また交信の際のタイムラグも比較的短く済ませられる、などといったことから必然的に人類最初の移住地へと決定され、それから早速月面に基地が作られ始めた。

 始めは当然難航した、空気、水、温度、そして高速で飛び交う無数のデブリ。今まで大気という地球にしかない層が守ってくれていたために人類は小粒の石にすら怯えずに過ごすことが出来ていたのだ。大気が無い以上、作るしかない。だがそんな技術はあるはずもなく代わりに用いられたのが金属の覆いであった。それらはよく働いてくれた。だが、一つの町を作るためにはあまりにも膨大な量の鉄資源やレアメタルが必要となるため地球から持ち出すことも出来ず、打つ手なしかに思われた。

 そんな時、ある一人の調理員の何気ない発言に建築家が気づいたのだ。

「うちの裏庭にはゴミ捨て用の穴があったんだ昔。もう親父の代には使ってなかったんだけどさ、そしたら穴の底にウサギが横穴を開けたんだ」


 そして、計画は第二段階へと移行した。大きいクレーターの底へと降りると、彼らはそこから下に、そして横に穴を掘り始めた。非常に硬い岩盤に最新の掘削機が何度も故障し時間は予想の倍以上もかかってしまったが遂に月面の地底に巨大な空間を作り出したのだ。

 大きなクレーターより更に下に掘ったのは、大きな隕石の衝突でもその場所までしか月面を穿つことが出来なかった、つまりそこから下は非常に硬く安全で、保険のためもう一度巨大隕石が降っても大丈夫なように下に掘り進んだ。そしてクレーターの真下に空間を作るのではなく横に掘ることでそれよりも天井が得られるという考えからであった。ただ、下に掘りすぎるとマントルに当たるため都市の空間は出来るだけ浅く作られ、足りない分はやむを得ず天井を削って確保された。

 こうして作られた空間に資材が搬入されゲート、宇宙港、環境整備施設などが始めに整備されるとそれから徐々に生活に必要な建物や道などが整備されていった。

 そして、実に二十年の月日を経て建設された人類最初の地球外居住地は、計画主導者がエジプト人であったためエジプト神話にちなんでハトホルと名付けられた。

 クレーターの側面から掘り込んだハトホル市であったが、それは思わぬ副産物を生んだ、それも二つも。一つ目はクレーターの側面を入り口としたため月の景観をあまり損ねずに済んだということ、これは多くの界隈に朗報となった。ただ、これはしばらく後、月面を観測する者が殆ど絶えてしまったためあまり意味を為さなかったが。

 そして二つ目である。これは最も大きいものであった。掘削中偶然にも新たな金属が発見され直ちに地球に持ち帰られると研究が進められた。その結果、鈍色に光り鋼のように頑丈であるが、鉄の三分の二の質量で、また高熱にも耐えうるという性質を持った鉱石で、後にムーンメタルと名付けられた。ムーンメタルは採掘されると主に月―地球間の往復に使われる宇宙船の船体に用いられることとなった。この金属が兵器にも転用されたのは言うまでもないだろう。

 ハトホル市は入植と開発が少しずつ繰り返されていくうちに大きくなっていき、十年後には人口五千人に達していた。これからさらに本格的な移住が始まるだろうと期待された矢先、地球との往路は途絶えた。


 

 戦争であった。既に危うい間柄であった国家間をなんとか平和的につなぎとめていたこの月移住事業であったが、遂にその効果も足りなくなってしまい、道半ばで開戦。第三次世界大戦によって複数の大国が滅びてしまった。その後立て続けに世界大戦や国家間戦争、紛争が勃発してしまい完全に月は地球から切り離されてしまったのである。戦争によって地球には月へと向かうノウハウは失われてしまい、いつしか地球に住む人々は月に同胞が住んでいることを忘れてしまった。

 そして、月だけが文明を維持し平和に発展していったのであった。



 西暦二千四百五十六年、バシュターンの町がシュバステンによって焼かれるほんの少し前のことであった。二時間ほど前に第一都市ハトホルの第二宇宙港、十四番車両用ハッチから飛び出した月面作業車オルドリンは第二都市アルテミス建設予定地の近くにある採石場で何やら作業を行っていた。

 六輪の大きなタイヤ、丸っこく太いフレームで出来たボディに四本のアーム、採用から改良を繰り返しつつ八十年も運用されている名作業車は繊細な手つきで一つの小さな小さな石ころを摘まみ上げていた。石は緑色に輝く透明な石で、まるで地球にあるエメラルドのようであった。これだけなら何をそんなに慎重に作業しているのかといぶかしむかもしれない。だが実はこの石は深さ五十メートルもある小クレーターの縁にくっついていたのだ。もしうっかり取り落とせば確実に月面の石の一つとなってしまうだろう。そうはできない、こんな貴重な石を月面の面白くもない景色の一つにするわけにはいかないのだ。そんな執念が、作業車の運転手からヒシヒシと感じ取れた。

 三本指のマニピュレータは見た目に似合わず非常に繊細で力加減も抜群。だがそれゆえに難しい。額から滴る汗を拭いもせず息を止めその人は慎重に持ち上げていた。

〈おい!そろそろ時間だろうが!戻ってきやがれ!〉

 突如、大きな声が轟き完全に不意を突かれた運転手は大声を上げてアームを動かしていた手をブレさせてしまった。

しまった!慌てて視線をモニタに戻すと、石は低重力のおかげでふんわりとマニピュレータから逃れ昇っていく。だがすぐに落ちていく、それを防ぐため思い切り腕を伸ばした。だがこれ以上は伸ばせない、伸ばせばオルドリンごとクレーターへと落下してしまうためだ。

 あと少し、あと少し!伸ばし続けたアームの、マニピュレータの先端の丁度平たい面に奇跡的に乗っかったのだ。

 そこからは早かった。ドヤされながらも戻りゲート閉鎖のランプが点灯し始めたハッチへと思い切り飛び込んでまた怒鳴られると、へえこらしながらも逞しい班長の怒りから逃れるために適当に謝りつつもそそくさと一人で変圧室へと戻り追いつかれないうちに自室へと飛び込んで何かをし始めた。

 そしてそこから一晩が明けた。

 件の人物は何か手のひらサイズの小箱を抱えて人々を押しのけつつ通路を走る。今日はやけに人が多いが、何故だろうとは言わない。それは自分がよく知っているからだ。左手にはめた腕時計を見るともうギリギリの時間で、間に合わないのではないかと危惧していたが、どうにか目的の場所へとたどり着くことが出来た。

 そこには、何万人もの人々と割れんばかりの歓声、そしてその中央にあるのは最新の宇宙船ドックにて処女航海を控える往還船 Pleine(プレンヌ) lune(リュンヌ) (満月)号であった。母星との関係が途絶えて早約三百年、遂に彼ら月の民は地球を目指すのだ。そして地球の現状をこの目で確かめ記録し、月へと報告する。場合によっては地球の土地の一部を取得し月との交信用大規模施設を建設するために。

 二百十一名の様々な分野のエキスパートを乗せた船は、もうすぐ青き星へと向かおうとしているのだった。

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