Sturm und Drache(疾風の闇竜族)
エリアは突如進路を変えるとすぐそばにあった食べ物を運ぶ荷車の荷台に飛び乗るとそのまま更に跳躍し、今度は建物の軒に軽やかに着地、そしてすぐに跳んで屋根の上へと着地した。
「何やってんだあ!」
地上では人々が突如通りを騒がした馬車と謎の少女に注目し騒ぎとなっているが、エリアは振り返ることなく屋根を走り通りを強引にショートカットしていく。ダンダンと屋根を踏み鳴らしていくが、不思議と一度も屋根を踏み抜くことなくうまい具合に丈夫な箇所を選んで通っている。
エリアは走りながら通りを並走する馬車を睨みつけている。窓からはライマの顔がのぞいているが、その肩には誰かの、恐らく彼女を買った老人の手が強く握りしめていた。そんな中、目の前に六メートル以上はあろうかという隙間が、間を別の通りが通っているために出来ており、その両端にある建物の軒は強度の関係上、足場として無い物と考えねばらないため、実際の距離は更に伸びる。不安定な屋根を端ってこれを飛び越えていくのは容易ではないだろう、人間には。
だが、彼女ならできる。無限の可能性を秘めた彼女なら、もう一度覚醒を果たそうとしている彼女なら。今、エリアの心臓は高ぶりに昂っていた。体は体の全力を出せているという本能による喜びを、心はライマを救わなければならないという焦りと怒りと。
加速をよりかけると、遂にエリアは跳んだ。踏み台となった屋根は彼女が跳躍した直後に崩壊し地面に薄い板切れが埃と共に落ちていく。日本語で言えば飛ぶではなく、跳ぶという行動ではあったが、ほんの一瞬に白滞空をしでいる間、エリアの心はより昂りを増していた。今の自分なら何だってできる、何だってやってのけられる、そんな思いがより一層強くなり、着地とほぼ同時に先ほどの速度を保ったまま走ることを再開した。
彼女は走りながらも徐々に馬車の方へと進路を取り遂に馬車のすぐ右上を並走するにまで至った。これは馬車が通りを行きかう人々や置かれている荷物によって最大限の速度を発揮できずにいることが助けになったようだ。
一方馬車の内部では、すぐ隣に追っ手が迫っていることに、現実を信じきれないシュルグが身を乗り出して御者に怒鳴り散らしていた。
「何故追いつかれる!何故人間が馬車にっ!追いつけるわけがないではないかあっ!!」
彼の言い分はもっともである、普通人間が足で馬の引く馬車に追いつけるわけがないのだ。しかもそれが小娘で地面ではなく不安定な屋根を走っているにもかかわらず、だ。彼でなくとも現実とは思えない光景が、日中のバシュターンの大通りで繰り広げられているのだから錯乱してもおかしくはなかった。御者のほうもクビにされては敵わんとばかりに馬に鞭を奮うが、こうも人や物が邪魔な通りでは馬たちも全力を出せない。真横を鬼気迫る表情で追い上げてくる少女に追い抜かれるのも時間の問題かと危惧していた矢先、彼の目に通りの切れ目が映った。通りがなくなれば建物もなく彼女は屋根を走ってくることも出来まい。目を輝かせ御者は人々を撥ね殺しながら馬車を走らせ続けた。馬車の通った後には飛び散った物や轢かれた不運な人間たちが転がり酷い有様を呈していた。
通りがなくなるのに気づいていたのは御者だけではない、当然エリアもそれには気づいており覚悟を決める時が来たのを確信していた。
「フウッ……フウッ……」
彼女は跳ぶタイミングを計ると、遂に馬車目がけて思い切り跳んだ。滞空している間、ほんの一瞬だがスローモーションな時間が流れたかのような感覚に囚われるエリアだが、その不思議さに戸惑いながらもその眼はしっかりと馬車を見据えており、スローモーションが終わるときには飾りの一部を力強く握りしめ、馬車にとりつくことに成功していた。
「やった!」
その様子を手に汗握る様子で間近で見守っていたライマは、エリアが無事に馬車に飛び乗ることができたことに思わず声を上げると、それに気づいたシュルグが苛立ったようにライマの顔を手の甲で平手打ちする。
「イタッ!」
ガラスを挟んですぐのエリアの顔がその瞬間獣のような顔つきになり、彼は思わず手を引っ込める。だがすぐにエリアを叩き落とすべく懐から杖を取り出すと、持ち手の部分を思い切り突き出した。
「この小娘め!!」
松でできた硬い持ち手はガラスを突き破ると、エリアの顔のあった場所のすぐ横を掠めていった。割れたガラスが飛び散るが、ドラクラットの反射神経を持つエリアは杖を突きだす前には顔を引っ込めて避けているため顔を破片で切られることもなかった。
いつの間にか馬車は通りを抜けて馬車のような乗り物などを通すためのゲートを突き破って町の外に出ていた。エリアは一旦馬車の裏側に回ると上から侵入しようと試みたのだが、車輪が舗装されていない荒れた地面のために大きく揺れたため、彼女は振り落とされかけたがギリギリで右手が馬車の一部を掴んでおり落下せずには済んでいた。しかし、投げ出された足は地面に思い切りついており、彼女は馬車を掴んだままその速度で走らなければならなくなってしまった。
「ううううわあわっわわあっ!!!」
通りを走っていた時よりもはるかに速い速度で走っているため、すぐに足は追いつかなくなり引き摺られ始めてしまう。
「エリアッ!」
あわや落下かと覚悟した矢先、彼女の名を呼ぶ声が目の前から聞こえ顔を上げるとそこには窓を開けて手を伸ばすライマの姿があった。彼女は狭いまどから 腕だけを伸ばしており、エリアはその手を掴むと同時に彼女の手首が酷く傷ついているのが見えた。そしてその手には壊れた鉄の拘束具がはまっているのも。どうやらライマは力づくで強固な拘束具を破壊して手の自由を確保して手を伸ばしたようだ。それでも迷わずその手を掴むと、力強い腕に思い切り引っ張られ、あろうことかエリアは馬車を飛び越え御者にぶち当たると御者を突き落として御者席に落っこちたのだ。当然、御者は落車し高速で回転する車輪に体を砕かれ即死し、地面に転がって後方へと消えていった。
「エリア!」
ライマはシュルグを押しのけて小窓からエリアに顔を近づける。
「やっと!やっと!」
やっと会えた、その喜びで胸がいっぱいの二人は目に涙をためて再開を喜び合う。
「あっと……とにかく止めないと」
再会の喜びを分かち合うのもそこそこに、エリアは席に座り直すと手綱を手に取り硬直する。止め方がわからないのだ。何度も馬車は見てきたし乗ったこともあるが、こんな全力疾走する馬を止める様子をみたことなど今まで一度もなかった。パニックに陥ったエリアはがむしゃらに手綱を奮ったが、二頭の馬は止まることなく徐々に進路を右へと変え始めた。だが馬も流石に疲れたようでじょじょに速度を落とし始めてはいたが、それでもまだまだ早い。
「エリア!前を!」
身を乗り出してライマが向こうを指さす。何事かと前の方に意識をやると離れていったはずのバシュターンが近づき始めているではないか。どうも曲がり続けていつの間にか約百八十度の転回をしてしまっていたようだ。町に戻るのはいいが、このまま人々に突っ込むのは避けたい。あれこれと対策を考えているとライマがまたシュルグに引っ張られて押さえつけられようとしているが手枷を外しエリアという心の拠り所を得た彼女はもう老人一人に押さえつけられるような柔な女ではなかった。
「このっ!クズッ!このっ!」
何度もライマは彼を押しのけ叩いて無理矢理黙らせると、扉を開け外側を伝ってエリアの横に座った。
「久しぶりだね。三日ぶり?」
「かもしれませんね」
無事を笑いあった二人の目指すバシュターンに、創設以来最大の危機がすぐ目の前に迫っていることに二人はまだ気づいていなかった。




