Folgore(空の雷)
エリアがライマの乗った馬車を奪取する二十分ほど前のことであった、それはバシュターン上空一万フィート付近に発生した。
そのあたりの高度で上空を飛び続けていたエマーヘルは、直前に町の一角から黄色い煙が上がったのを見てライマがようやく見つかったことに翼を躍らせていた。昂る心がついつい空中に余計に放電させてしまう。これではいけないとはやる心を落ち着かせて煙の立ちのぼるふもとの付近に眼を凝らしつつ旋回を続けていた彼であったが、ふと耳に不自然なノイズが入り込んできたことに気づき、そちらから目を離して空を見渡す。
ただの空にしか見えない、だがやはりこの不自然な雑音は消えるどころか次第にその音量を少しずつ上げ始めており、彼は不快感を覚えつつも高度を上げつつ旋回範囲を広げていった。音が大きくなっていくにつれ、音の方角も見当がつくようになり彼は北西の方角をくまなく睨みつけ周囲に何かがいるのではないかと探して回る。しかし、この人が文明を失った時代に飛んでいるモノと言えば鳥かあるいは同胞であるドラクラットくらいのものだが、当然ながらその両者ともこんな音を立てて飛行することはないのは、彼もよく知っていた。ならば、この音は何が出しているのか。
彼は考えを改めこの騒音の根源は地上からかもしれないと思いもう一度地上に眼を向けたが、すぐにそれはないと判断しまた空へと視線を移した。この音は確実に空から発せられて風に乗って流れてきている。それに地上からこの高度まで届く音がそうそうあるはずもない。
彼はもっと高度を取ろうと顔を上げた時であった、正面にその騒音の正体を捉えたのは。人間の肉眼でとらえるにはまだ非常に遠くを飛行してはいたが、返信したドラクラットの目なら見ることが出来る。騒音を風に乗せてくるそれは一つではなく複数あり、しかも鳥でもドラクラットですらもなかった。翼をもってはいるが決して羽ばたかず、それでいてぬめっとした表皮を持つそれはきっちりと編隊を組んで彼の方へとまっすぐ向かってくる。それに加えてその周りにはより小さい鳥が十羽も同じように取り囲みながら並んで飛んでいるではないか。
それを一分ほど眺めていたエマーヘルは、それが飛行機であることを察すると体から血の気が引いていくのを感じていた。飛行機は人間が開発した、かつて空を大量に飛び回る鉄の鳥であるということは、口伝で聞いている。しかしそれも人間たちの崩壊によってはたと飛ぶのをやめてしまったとも。それがなぜ今こうして飛んでいるのだろうか。
(これは嫌な予感がする、してならない)
ただ飛んでいるだけなら人間もドラクラットのようにまた飛びたくなったのだろうと合点することも出来た。だが、何か自分の記憶がそれらから危険を知らせているような気がしてならなかったため、彼は必死に記憶を手繰りその警鐘を鳴らす所以を頭からひねり出そうとしていた。そしてふと、エリアと出会ってすぐのことを思い出した。
(そうだ、あの子が言っていた。あの子の故郷は飛行機によって焼き払われ皆失われたのだ……つまり!)
今向かってきている飛行機がエリアを襲ったのと同じとは限らない、何せ複数いるのだ。ならばもし彼女の言う通りにことが運んでいるとすれば、あの飛行機たちは真下にあるバシュターンを狙っているはずなのだ。彼の予想をより的確なものとするかのように、その飛行機たちは機首を下げ始め更にバシュターンへと近づいていっている。
今、バシュターンを破壊されるわけにはいかない、そこには仲間たちとそれに恩のある人間がその仲間を救おうとしてくれているのだから。そう思うのとほぼ同時に彼の体は大きくうねっていた。
表皮を覆うセジエの変化した鎧が擦れあい散った火花が、彼の体から迸る電流と合い重なり昼の空に絶え間ない花を咲かせる。
彼にはいったい飛行機がどのようなものかはわからなかったが、少なくとも町一つを滅ぼせるくらいの強さはあることはわかっていたため、迂闊に仕掛けることは出来ないが、かといって作戦を練っている暇もない。雲を隠れ蓑にして奇襲をかけたいところだが生憎の晴れ空、雲は少ない。
彼にとってはどんな攻撃を仕掛けてくるかもわからぬ未知なる敵であるが、ここで対処しておかねばきっと後悔する結果が訪れるに違いない、そう考えるに至ったエマーヘルは、意を決して攻撃を仕掛けることとした。
彼が攻撃のため高度を取りつつ大きく旋回し始めた頃、編隊を組んでバシュターンへと迫っている航空機部隊は、爆撃の準備に入っていた。爆撃機たちの機首には半裸の女騎士が描かれており、その下あたりに記されている文字からその絵がヴァルキュリヤだということが察せられる。
「進路そのまま……全機爆弾槽開け」
隊長機の指示のもと、ヴァルキュリヤ隊所属の二十機のクレイン爆撃機は爆弾槽のハッチを解放し、腹に抱えた三十発もの五十キロ爆弾を不気味に揺らしていた。もうすぐこれらの爆弾がこの下に栄えている人類の数少ない都市目がけて降り注ごうとしている。
爆撃手たちは皆水平爆撃機用の望遠レンズを覗き込んでいる。爆撃手用には地上を望遠するためのカメラと液晶も試験的に導入されてはいるのだが、未だ画質は荒く実用には程遠かった。そのため彼らは昔ながらの爆撃手としての勘と経験に頼らねばならないのである、この二十五世紀の時代にも関わらず。
ヴァルキュリヤ隊を護衛している戦闘機部隊のイーグル第一及び第二小隊は、周囲に散開し周辺の警戒に当たってはいるが、彼らとしてはあまり心の踊る任務ではなかった。何せこの時代に空戦が起きること等皆無である、故に戦闘機のような防御の兵器は爆撃機のような攻撃の兵器と異なって実に代わり映えのしない楽しさのない兵器として、あまりシュバステンの兵士には好かれてはいなかった。そんな彼らの気を抜いた警戒が、爆撃機隊に悲劇をもたらすことになるとは誰が予想していたであろうか。
「爆撃開始」
遂に、命令が下った。先頭を行く機から順に次々と地上に向かって爆弾が投下されていく。風に流されることを計算して早めに投下された爆弾は、爆撃手たちの計算通り風に乗りうまい具合に町の方へと流されていく。今回の目標は規模がそれなりに大きいため、命中もしやすくそして破壊のし甲斐があった。
「爆弾を投下終了次第、反転し基地へ帰投する」
三十発全てを投下し終え、旋回を始めた一番機の元へ最後尾を行く八番機から思いもよらぬ無線が入った。
〈こちら八っ、八番機!九時方向上空より何かが接近して来ます!近い!〉
「何、イーグル隊じゃないのか?」
八番機からの報告に首を傾げた直後、一番機の後部機銃手が後方の三番機が上から押しつぶされ機体を崩壊させながら落ちていくのを目にした。
「三番機墜落!!」
「馬鹿な!」
隊長は機長席から飛び降りると急いで後部へと狭い廊下を走り抜け後部機銃手の元へと走った。そして、彼が見たのは機銃手の叫び通り、胴体が真っ二つに折れ翼も基部からへし折れて墜落していく三番機の姿であった。
「何が、何が!」
まったく理解できなかった。直掩の戦闘機隊からの報告はない。彼は副機長にイーグル隊の隊長との交信をさせつつ自身は三番機を落としたものの正体を必死に目を皿のようにして探していた。ようやく爆撃機隊も機銃で応戦を始めたが、密集していたのが仇となり互いへの誤射を恐れ思い切った対空防御が晴れずにいた。戦闘機隊も叱咤されようやく集結し始めていたがもう時すでに遅し。
「隊長、六番機が!」
今度は下部機銃手が叫んだ。下方を行く六番機が右翼を破壊され落ちていっているではないか。そしてさらに四番機が落ちてようやく彼は自分たちを襲ったものを目にし、そして言葉を失った。彼が見たのは、十一番機にとりついて巨大な前足を機首に叩きつけている化け物の姿であった。その化け物は銀に光る鎧をまとい、長い首と尾に背中から生えた一対の翼、彼は小さいころロウティーン向けのファンタジー小説の挿絵に描かれていた神話上の怪物を思い出し、そして呟いた。
「……ドラゴン」




