On-sale date(発売日)
「ふああ……朝かあ」
呑気に大きな欠伸をしながらライマは土の床で目を覚ました。相変わらず、目覚めを悪辣なものへと瞬時に変貌させる酷い臭気が起きてすぐ鼻を突くが以前よりは慣れてしまったようで、不快感は幾分か減少はしている。が、嫌なものはいやなことには変わりなく、目を細めると静かにため息をついた。
いつまで、この最低な生活は続くのだろうか。まだ恐らくは三日か四日目であろうが、彼女の心にはもう八日も十日も経過したように感じられる。そういえば、と彼女はこんなことを昨日にも思ったばかりの気がしていたのだが、そんなことはどうでもよくなったとばかりにもう一度、今度はより深くため息をついて気を落とす。
「あら?」
ふと、何か腹のあたりに圧迫感があったためそちらに顔を向けると、なんとあの少女が腹部あたりに密着して丸まって寝ているではないか。薄汚れた少女は髪も乱れ異臭を放ってはいたが、その眠る顔のあどけなさは無垢で可愛らしく、思わず口元を緩めて頭を撫でようと手を伸ばした。が、それを時間は許してはくれなかった。
「起きろぉ!」
怒鳴り声とともに荒々しく開かれたドアの木片が飛び、男たちが六名も入ってきたのだ。それに驚いた彼女は思わず伸ばしていた手を引っ込めて胸元へと持っていき、体を起こして檻の奥へと後ずさる。彼らが入ってきたことで少女も目を覚ましてしまい、突然起こされたことと現れた恐ろしい大人たちに泣き出してしまった。
「うっせえクソガキだなあ!黙れや!!」
太った男が檻を棒で激しく叩くと、少女は一瞬で泣くのをやめたがそれは泣き止んだというよりも黙らされたというほうが正しいだろう。きっと何度もこうして泣いてはどやされを繰り返しているうちに反射的に黙ってしまう癖がついたのだ。ますます、リガーラという高慢な生き物に怒りを増すライマであったが、男たちが自分の方を見ていることに気づき彼らが自分に用があることを察すると、途端にその怒りは消え代わりに恐怖が心を埋め尽くしていった。
「いや、やめて何をする気ですか……やだ、やだあ!」
恐怖に顔を染め上げて彼女は地面を後ずさりしていく。だが、こんな狭い部屋では壁に行き当たるのもすぐで、牢を開けて男たちは彼女の方へと忍び寄ってきた。
「あれとあれもだ」
太った男は手下に顎で指示すると、同じ牢にいた先客を二人無理矢理ひったたせて引っ張っていった。彼女たちは牢屋から外へと出され、男たちが来た方とは逆へと連れられて行ったが、彼女のいる場所からはよく見えない。いったいどこへ……
「お前もさっさと立てや!この馬鹿力女め!」
男はそう言ってライマの太ももにけりを入れる。
「いたっ!」
すると後ろに控えていた他の三人の男が彼の暴力を止めようと諫めるが、それは彼女を心配してのことではなく、ライマの商品価値が下がることを嫌ってのことであった。
「痣でもできると困るぜ……汚れならこれから落とせるけど、痣ぁそうすぐにゃあ消えねんだからよお」
「わーってるよ……ったく。おら立てっつってんだろお!!」
彼はまだライマが立ち上がっていないのを見て彼女の髪をつかんで力任せに立ち上がらせようと引っ張り、痛みに耐えかねたライマは悲鳴を上げながら痛みを軽減するために立ち上がる。
「来い!」
そのまま髪を引っ張って連れていこうとする彼を仲間がもう一度諫めて手錠の縄を持たせたことで、彼女の頭は解放された。牢屋から出され、向こうへと連れていかれる彼女の、乱れた髪の隙間からこちらを見つめる少女の悲しい瞳が、ライマの心に深く刻まれた。
「必ず……!」
その先に何を言おうとしたのかはわからないが、その強い目はライマの心は決して折れてはいないことを示していた。
ライマは水浴びをさせられた後、髪もよく乾かぬうちに先ほどまで来ていたボロとは異なり、裁縫の出来る彼女から見ると幾分雑な造りではあるが清潔な衣類が与えられた。
「これを?」
一糸まとわぬ彼女は、壁に引っ掛けられた大雑把な服を怪訝な面持ちで摘まみ上げると、先ほど来ていた服も片付けられてしまっていたのでとりあえずそれを着てみる。
「どうなるの……」
自らの身の行く末を案じつつ、彼女は外へと出た。髪が濡れているのでまとめ上げておきたいが、そんな紐があるわけもなく、まだ雫滴る髪が服を濡らす心地の悪さに、体を清められた喜びも些か小さいものとなっていた。
水浴び部屋の外には既に先に連れられていた二人の女性がおり、また五人の男たちも同じく部屋の中で控えていた。
「さてと」
太った男が口を開く。その口は笑ってはいたが、目には全くの笑いなどないことがその冷たい瞳からより確かに伝わってきた。欲望の渦巻く薄汚い人間の心理が。
「お前らはまあ、わかってるだろうがこれから商品として売りさばかれる。決して、ご主人様に不貞を働こうなんてするんじゃあねえぞ?そうなりゃこっちの信用ガタ落ちよお。じゃ、連れてけ」
他人の人生を終わらせるにしてはあまりにも短い適当な説明が終わると、ライマ達は更に奥へと連れていかれる。そして突き当り左にある周りとはやけに不釣り合いなしっかりとした扉の前に、女性二人と最後にライマという順でならばされた。未だ自分がどうなるのかは察せていなかったライマであったが自分の人生が終わろうとしていることだけは察知できた。この扉をくぐった先には、空はもう二度と晴れることは無いと。
「あ?」
エリアは一瞬視界の端に映った人物に眼を疑った。
「どうした」
背後を警戒しているため彼女の方を向けないドレスはエリアが何に気づいたのかを尋ねる。
「ら、ライマかも……」
震える声でエリアはそう呟いた。一瞬で、しかもいつものセジエではなくボロ切れを身に着けていたが、それでも乱れていたとはいえあの馬鹿みたいに目立つ緑色の髪だけで彼女に間違いないという確証が持てた。あんなふざけた髪の色、ドラクラット以外にいてたまるか。
「なら、行こう」
しかしながらそれでも突入すべきか迷っていたエリアを後押しするかの如く彼はそういうと、ドアノブを引きちぎった。
「何も壊さなくたって」
壊れたドアを通り抜けながらエリアがそう呟くが、彼は何も返事はしない。実を言うと、彼も壊すつもりはなく思っていたよりもドアが劣化していたため彼が少し力んだだけでドアノブがついている基部ごともげてしまったのだが、彼は黙っていることにした。
二人は慎重に進む。
「床が古い、音がでる。端を進むといい」
先に進もうとしたエリアを制して彼はぼろくなった床のあちこちを指さしてそう釘をさす。
「わ、わかった……」
エリアは慎重につま先歩きで可能な限り壁際を進む、当然床の確認は怠らない。彼女より数十キロも重いドレスも、より慎重に進んでいく。こういう時、異常な筋肉と頑強なドラクラットの肉体が不便なのだ。
時折床を軋ませつつも二人は進んでいくと、やけに鼻を突く悪臭の漂ってくるドアを見つけた。ここには何かがありそうだが、おぞましい光景が広がっているのではないかと思うと開ける勇気はなかなか持てなかった。
「でも、行かなきゃいけない気がする」
また、心の底で自分にそう命じる声が聞こえた気がした。エリアは震える手をドアノブにかけ握ろうとしたその時、ドアが開かれ目の前には髭もじゃの男が立ちはだかったのだ。思わぬ遭遇に三人は一瞬固まったのだが、すぐにマズイことになったと気づくと行動を起こす。




