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Schwarz Drache ~黒き竜の少女と果て無き旅の果てに~  作者: 戦艦ちくわぶ
Ⅰ La ragazza nera(黒き竜の乙女)
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Furia Girasol(怒れる向日葵)

 ドレスが一瞬にして襲い来る男たちを打ちのめしたシーンは、まるで映画のようにスローモーションで再生されているかの如き光景であった。一撃目の拳は、飛び掛かってきた男の頭蓋骨を打ち砕き、まるで最初から骨など入っていなかったかのように原型をとどめずに潰れてしまい、二撃目では突き出した右の拳をすぐさま胸元に引いた後勢いよく裏拳を奮い、前方と右側から来た二人の顎を破壊どころか抉り取って建物の壁にへばりつかせる。そして三撃目で振り返りつつ左腕を引くと、まっすぐ突き出しながら走った。運の悪いことに、残りの二人は前後に並んでしまっており一人目の胸を貫いた拳は二人面の背骨を潰してなお壁にへこみを作るまで勢いを殺さなかったほどの威力を誇り、この間僅か三秒にも満たない。人間の反射を超えた速度での攻撃は人間に回避すら許さず、自らが死することすら自覚させなかった。

 あっという間に圧倒的力の前に惨殺された五人の男たち、それを面白半分で眺めていた観衆たちは、自分たちが予想していたものと百八十度異なる光景に目を疑い、そしてほどなくして悲鳴を上げて散り散りに散っていった。

「ふう……」

 腕を引き抜いたドレスは血濡れの腕を転がる死体で拭いつつ一息つこうとしたものの、エリアがそれを許さなかった。彼女は怒り半分パニック半分で支離滅裂な言葉を使って彼をしかりつけた。

「もう!何やってんの!血って落ちないんだよ!あれがそうあれ!じゃなくてヤンが怒ってさ!………あーもう!とにかく行くって!!!」

 そう怒鳴りつつドレスのまだ血の拭いきれぬべたつく腕をひっつかんで彼女は人目のつかない裏の裏まで連れ込むと頭を抱えてぶつぶつとひとりでに口走り始めた。

「これじゃあ聞き込みとかできないし……警戒して……もしかしたらあいつらかも知れなかったのに……」

 何故彼女がそんなに興奮しているのか理解できずにいたドレスは、頬を掻きながら爪の間に血がこびりついているのに気づきそれをほじくり始めた。

「ああ……目だったらダメじゃんこういうのって……ドレス、ドレス?」

 ふとこの事態を引き起こした張本人のことが気になって顔を上げると、彼は熱心に自分の爪をいじくって血をこそぎ落としていたので、思わずエリアはカッとなってしまい、彼の腕やら体やらをやたらめったらに叩きまくった。

「信じらんない!ほんと信じらんない!ドレスがまさかこんなアホな人だと思わなかった!!」

 まさか罵倒されるとは思ってもみなかった彼は、爪をいじる手を止め狼狽えつつも謝罪の言葉を述べる。まさか先ほど野蛮なリガーラどもを迎え撃ったことについて怒っているのだろうか。いずれにせよ彼女が自分に対して怒り心頭であることは確実であった。

「悪い……多分さっきのことだろう……」

「そう!それ!なんであんな目立つことするのさ!!しかもね、ああいうのって仲間呼ぶんだからね!」

 死んでいるのにか、とつい口答えしそうになったのをギリギリのところで飲みこむと、代わりにエリアの声が大きいことを指摘する。

「声が大きい」

 彼としてはひとまず逃げおおせたいという彼女の思いを尊重しての指摘であったつもりだったのだが、寧ろこの発言が彼女の神経を逆なでしてしまい、余計に彼女の怒りを増幅させてしまった。

「何!?私が悪いの?ドレスがあんな大暴れしなきゃよかったんじゃん!」

「何なんだ……」

 女というものはわからない。どいつもこいつも怒るとこうやって手が付けられなくなるのだ、とドレスは目の前で噴火している年下の少女を見下ろしながら思う。そう言えば、と彼は一つのことわざを思い出し頭の中でその言葉を反復していた。

(鋼竜の鱗に拳を打つ、鋼竜の鱗に拳を打つ……か。よく言ったもんだ)

 意味はそのまま、太刀打ちできない、手が付けられないほどの事態という意味合いだ。鋼竜の鱗や甲殻は、それはもう硬くまず爪や牙では傷をつけるのでも精一杯で貫くことなんてまず不可能な代物であった。鋼竜はその防御力こそ最大の長所であり短所でもあった。つまり金属を多く含有する分重いのだ。それゆえに、鋼竜は皆総じて飛ぶことがあまり得意ではなく飛竜人であっても速度は竜人レベルに遅く、竜人ともなれば常に失速寸前でどうにか飛んでいるようなありさまである。

 鋼竜のことは一旦さておき、こうしてエリアが大声でがなりまくし立てるものだから、とうとう二人は先ほど惨殺された五人の男たちの仲間に居場所を突き留められ再び追われる羽目となっていた。

「もうやだあ!助けてマンマー!」

 エリアとドレスは、何人ものならず者たちに追われながらも町の中を走り回り、時には塀を飛び越え時には壁を突き破って時には屋根の上にも跳びあがった。そうしてニ十分ほどかけてようやく追っ手を振り切った。

 ドレスは上がった息を整えるために深く呼吸を繰り返しながら途中ではぐれてしまったエリアを探しに出た。今彼は誰かの家のベランダにおり、沢山吊り下げられたシーツや服の裏に身を潜めていた。はためく使い古しのよれた服が顔にはためいては邪魔になっているはずだが、彼はそんなことは気にしていないかのようにただ目の前に広がる屋根の景色を睨み続けていた。

 残念ながらドラクラットにはドラクラットの気配を読み取れるような特別な力は備わっておらず、もしここで竜に変身できれば一方通行ではあるもののテレパシーを送れて彼女に出てきてもらうことも出来るのに、とドレスはじれったさに拳を握りしめる。

 ここで立ち止まっていてもしょうがない、それに自分は彼女を守るためにこの旅に同行しているのだ、このままではそれをやり通すこともできないので、慎重に立ち上がると身を低くした姿勢で屋根伝いに歩き始めた。いったい彼女はどこに身をひそめたのだろうか。最後に彼女と一緒だったのはベランダに隠れる前で、人間の時間でいる二分ほど前であったのでそう遠くには離れていないはずだ。近くにいることを願いつつ彼は屋根の隙間やベランダを覗き込んでエリアを探し続けていた。

 それから更に五分ほどが経過したころであった。ドレスは屋根に謎の物体が落ちているのに気づき拾い上げる。それは手のひらには少し飛び出すほどのサイズで、黒く見た目以上に重たい。材質は金属であろうか、親指と人差し指をまっすぐ直角に伸ばしたようなその物体は拳銃である。銃床にシュバステンの銃器メーカーであるダール社の刻印が刻まれているそれは、まさしくエリアの落としたものであった。

 そうとは知らないドレスであったが、なんとなくこれは彼女が落としたものではないかという予測を立てそこを中心に探し回る。

「……何だろうかこれは」

 ドレスは先ほどから気になっていた物体の前に立っていた。それは大きな樽のようなものでこのあたりの家々には大体屋根の上に置かれており、何故リガーラは皆家の屋根に物を置くのだろうかという疑念がずっと頭の片隅にあったのである。

 気になった彼は、樽の蓋に手をかけ持ち上げる。中に入っていたのは水で、これは住民が雨水を飲み水などに使うために溜める用の貯水タンクであった。あまり雨の降らないこの地方では集められるときに水を集めておかねばいざという時に使えなくなるのでこうして皆昔ながらの方法で水を得ていたのである。

 ドレスはそのまま隣の屋根に飛び移ると、そこの桶の蓋が微妙にずれていることに気づき上から覗き込んでみた。目と目が合う、二人は思わず固まってしまったがそれが互いにドレスとエリアだと気づくとすぐに緊張を解いて合流できたことに一安心する。

「どうして中に」

 肩まで水に浸かっているエリアに、彼は何故よりによってそんなところに尋ねたのかを問いただしたが、彼女はただ恥ずかしそうに別に、と答えるだけであった。ほぼ全身がずぶ濡れになったエリアは、服を絞るとしばらく屋根の上で日向ぼっこにしゃれこむことにした。ライマなら多分大丈夫だろう……

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