↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Schwarz Drache ~黒き竜の少女と果て無き旅の果てに~  作者: 戦艦ちくわぶ
Ⅰ La ragazza nera(黒き竜の乙女)
79/373

Un pezzo di passione(情熱と愛の欠片)

「ひとまず……お前の服の乾くのを待つほかあるまいさ」

 エリアとドレスは、地上や建物からは見ることのできない死角となっている屋根を探すと、そこに並んで座りエリアの服がいくらか乾くまで待つこととしていた。エリアはケープを脱いで肌着姿となると、腰に巻いていた上着と共に屋根に広げて少しでも早く乾くように願っていた。あまりこういう無駄な時間を過ごしているわけにもいかないのだ。そうこうしているうちにも、陽は真上を過ぎて傾き始めている。今、ライマが酷い目に遭わせられているのではないかと思うと、気が気でなかった。

「ねえ」

とエリア。空を見上げていたドレスは、彼女を一瞥すると短く返事をして話を聞いているという姿勢を見せた。

「まだ会ったばっかりのドレスに聞くのも変な感じするけど……私たちの旅はいつまで続くのかな」

 ドレスはそれに言葉を返すでもなく、黙って耳を傾けている。

「本や映画みたいな冒険がまさか自分が当事者になるなんて思わないでしょ?普通。あーあ、アジアの日差しも暖かいというか、熱いというかさ……つまり言いたいのは……」

 そこで言葉を詰まらせた彼女は、困ったように口をつぐんでしまうとそのまま黙りこくってしまう。

 ドレスは、映画という聞き慣れぬ単語のほうが気になってはいたのだが、ここでそれを尋ねてもしまた機嫌を損ねでもしたら厄介だと判断し、何も言わなかった。それに、何も会話の無い沈黙のほうが、好きだった。

 そのまましばらくの時間が二人の間に流れた。いつしか服も乾き、エリアは靴下と靴に足を通すと、無造作に頭に布を巻いてケープを羽織った。エリアは改めてサビーナの用意してくれた服を着てみて気づく、この日差しの下では、半袖の方が快適に思われるかもしれないがそれだと日差しが直に腕に当たってきて熱いのだが、体を適度に覆うことで日陰となり寧ろ心地よく過ごせるのである。こういった地域の服装には、ちゃんと意味があって形成されているのだな、と彼女は一つ学んだ。

「さて、行こっか」

 エリアは伸びをして体をほぐすと、滑り落ちぬように慎重に降りていく。これはドレスの意見で、屋根にいると、踏み抜いたり滑り落ちてしまう危険性があるからだ。

「うおっ!」

 突然足を滑らせて女の子らしからぬ声を上げたエリア、あわや十二メートルもの高さから落下するというところで、彼女はすんでのところで落下を免れる。

「あ、ありがと」

 後ろから降りていたドレスが彼女の滑落に気づき、彼に向かって偶然伸びていた腕を掴んでいたのだ。ドレスは片手で軽々とエリアを持ち上げると、そっと縁に下ろして自分が先に飛び降りた。この高さからでも、彼は殆ど音を立てずに着地してしまうのだから、感心するばかりである。自分もやってみようと下を見てみると、ドレスが彼女の方を見上げて待っているではないか。まさか受け止めるとでも言うのだろうか。どことなく気恥ずかしさを覚えたエリアは五秒迷った結果、彼の好意に甘え受け止めてもらうことにした。こういうことに少し憧れがあったのもある。

「んっ」

 彼女は目を瞑り体を丸めて飛び降りる、背中を駆け抜ける空気が恐怖を演出するが、彼女はお尻から地面に激突することなくしっかりと力強い腕で受け止められた。

「ありがと……」

 耳の先まで真っ赤になったエリアは、聞き取りにくい声量で礼を述べると、よろよろと地面に立つ。

「どうした」

 どこかぶつけでもしただろうかと様子を尋ねるドレスに、彼女は何でもないと手を振って彼の目線から顔をそむけた。

(なんでこうも恥ずかしいのかなあ……別にそう言う感情とかないんだけど……)

 エリアは乙女であった。それに、ドレス自体もそこそこ良いマスクを持っている。

「はーあっついあっつい」

 エリアは両手で顔を激しく仰いで顔の熱を冷まそうと躍起になっていると、ドレスはただ短く、行くぞと声をかけたので彼女も急いで振り返ると彼の先を行く。

 思えば、碌に恋愛などしていなかった気がする。人を好きになることくらいは何度かあったが、それが実を結ぶようなことはまずなかったし、彼女自身がそのために何かをしたこともなかった。理想としては、やはり愛しい人からのアプローチを受けるのが一番ではあったのだが、もしかすると女でも自分から行かなければならなかったのではないだろうかと今更ながらに気づいたのだが、もう遅かった。遅すぎた、何もかも全て。全て灰になった。

「今度はあんなの無しだからね」

 そうドレスに釘を刺すと、二人は慎重に町を歩き始めた。随分と闇雲に逃げ回ったために、ここがどこなのかさっぱりわからない。上から見ても、恐らく事態はさして変わることは無かっただろう。空から見られれば、とドレスは声には出さないものの空を飛べぬじれったさに煮え湯を飲まされる思いであった。空は目の前に果てしなく広がっているというのに。

「ラーイマー」

 彼女は小声でそう周囲へと呼びかけているが、当然返事が返ってくることは無くただただ人気のない狭い路地裏を進み続けるだけであった。途中時折人とすれ違うことがあったものの、両者ともに脇に避けあって躱すのみで、一度も立ち止まって話すことなどなかった。

「いないなあ……あれ?」

 だんだんと喧騒が大きくなってきていることに気づいたエリアは、家と家の隙間から向こうを覗き込むともう既にこの長屋を挟んで向こう側は表通りになっているようで、いつの間にか中心部へと近づいていたようだ。

「出る?」

 そう尋ねると、ドレスは軽く二、四度頷いたので二人は別の場所から表へと出ることにした。出てみると、この通りはどうやら歓楽街のようで、飲み屋やショーの店が立ち並び、あちこちでキャッチが道行く客を捕まえては自分の店を薦め競っていた。まだまだ陽は高いというのに、もうそんな商売をやるとはなんと商魂たくましいのだろうか、とエリアは呆れているとドレスが一人の女に話しかけられているではないか。

「ねえ、お兄さん?どお?初めてのお客さんなら安くしとくよ?」

 なんと胸を大きく露出させたけばけばしい女が、その精一杯寄せてあげられたと思わしき脂肪の塊をドレスの腕に押し付けながら、彼の腕やら体やらに細い指を這わせて誘惑していたのだ。ドレス自身はどういうことか理解できないと言いたげに口を開けたまま女の顔を凝視していると、同じく驚いていたエリアが我に返り、女に掴まっているほうとは反対の腕を掴むと思い切り引っ張って引き剥がした。

「ドレス!何やってんのさ!」

「いや、俺はよくわからん」

 無理矢理連れていかれるドレスの背後で、女は下品な言葉を二人に投げかけていたが、それも喧騒へと消えていき二人の耳にはまともに届くことは無かった。

「バッカみたい!あんな格好してさ、はしたないって思わないのかなあ!もっと女らしくしたらいいのに!」

 ああいったふしだらな格好を受け付けなかった彼女は、憤慨し悪態をつきながらドレスを引っ張っていく。引っ張られているドレスも、その気になれば軽くエリアくらい引っ張っていけるものの、ここは彼女に任せておいた方がいいだろうと判断していたのでなすがまま引っ張られていたのであった。

「マンマは言ってた、本当に愛する男の前でだけ自分を見せなさいって!そもそもあーだこーだ…………あ!」

 怒りに任せエリアは今まで教えられてきたいろいろなことを、自分の意見を交えながら長々と垂れていたのだったが、突然声を上げると再び建物の隙間に飛び込んだ。

「どうした?」

ただならぬ雰囲気をエリアに感じ取ったドレスは、目つきを鋭く周囲を睨みつける。通りは相も変わらず行き交う人々とキャッチばかりが見える、彼女は一体何に気づいたのだろうか。その答えはすぐに見えた。

 二人の進行方向から、三人組の男たちが姿を現した。それだけなら別に特別なことはない、だが彼女が警戒したのはその男たちのいでたちであった。この時代にしては珍しく上等そうな灰色のおそろいの服に身を包んだ彼らは、肩に銃を掛けており、頭には同じように上等な帽子をかぶっていた。彼らは辺りを何かを探すでもなく物珍し気に見物しながら、隠れている二人には気づかずそのまま通り過ぎていってしまった。

「何故」

 隠れたのか、とドレスが問うと、エリアは少し困ったように

「ちょっとね」

 とだけ答えるとそのまま再び通りに戻ってしまった。彼女は一体何を隠しているのか、彼は前を行く少女の背中を見つめながら慮った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。