Vajada(ヴァジャーダァ)
「そうだ!」
ライマはエリアを離すと手を合わせて立ち上がり、自分の荷物を探り始めた。何を探しているのだろうかとエリアはその場で彼女の背中を眺めていると、「あった」という喜びを含んだ声が聞こえかのじょは何かが入っている小さな麻袋を携えてエリアの前に座った。ライマはひざ元の石ころを手でサッと払うと袋の口を開け中から四本の木の棒と、幾つもの赤や緑の透明で綺麗な石、使い古された木の器を取り出した。
「これは?」
どういうつながりで一緒に入れられていたのかということや、これらは一体何に使う道具なのか興味を抱いたエリアに、ライマは得意げにこの道具たちの説明を始めた。
「これはヴァジャーダァという占いの道具です。私祈祷師でしょう?祈祷師と言うのは基本的に占いで季節の作物の収穫量や村の運気、果ては探し人探しなどそういったことを解決していくのが主なんです。あとは予知に従って民を率いたりですとかもしますねえ」
「そういえば祈祷師だったね」
「酷いですエリア!」
「だって今まで占いしなかったじゃん……」
「あっ」
若い二人の女性は楽しそうに笑いあっていた。改めてライマは、道具をそれぞれ所定の場所に配置し、エリアとまっすぐ向かい合って占いを始めた。
「ヴァジャーダァは良いことを占うための占いです。ヴァジャーダァはドラクラットの良いことだけを占います、ですからリガーラのことや作物や天気なんかは占えないんですよ」
随分限定された占いであるが、彼女曰く、占いの道具はいくつもあってライマの村では五種類の道具があるらしい。その中でも彼女は大きな道具を必要とするものと現地調達する必要のあるものを覗いた三つの道具をこの旅に持ってきたそうだ。
「ではエリア、あなたの幸せを占いますね。どういった幸せがでるでしょうか」
彼女の言葉に、エリアは少し悲しそうな顔で首を横に振って言った。
「無理だよ、もう私に幸せなんて来ないから」
だが、ライマは彼女の頬に手を添え、いつになく力強い眼差しで伝える。
「いいえ、エリア。それはあなたがそう思い込むからそうなのです。占いとは人の気持ちを変えるもの、ですからあなたのその後ろ向きな悲しみを私の占いで変えて見せます!いいですか、エリア、皆誰しも幸運不運を抱えています。当然エリアのような類の不幸は私も初めてなのですが、必ずどれだけ不運にまとわりつかれていようとも、必ず小さな幸運が残っているのです」
ライマのその強い気持ちと主張に圧されたエリアは、目をそらしつつ恥ずかしそうにうなずいた。
「じゃ、じゃあ占ってもらおっかな……へへ」
「ええ、私が誠心誠意占いますから」
そしてライマによる占いが始まった。まず彼女は仰々しく手を広げて胸事上半身を上に向かって逸らして目を閉じ、やや演技がかった言葉遣いで始まりの言葉を述べ始めた。それをみたエリアは、思わず口をポカンと開けて見つめてしまい、次第に面白くなっていった。
「大いなる空、空のバーダ=ラフトーシャ(※1)よ!今よりヴァジャーダァにおいてこの闇竜族のエリアの良きことを指し示したまえ……」
そこまで言うと、今度は腕を降ろして地面に手のひらを付けたまま三十秒ほど其のままの体勢で動かなかった。いつ始まるのだろうかとエリアが待ちわびていると、ようやくライマは顔を上げたが、その表情は真剣なもので、占いを彼女が特別真面目に行ってくれていることにエリアは内心嬉しく思っていた。
まず始めに器を右手に取って左手で石を赤一つ、青二つ、黒一つを慣れた手つきで見もせずにとると、器に入れて回し始めた。そして手を止めると石をすべてひとまとめに掴むと、横並びに並べられた四本の棒にぶつけるように地面に放った。
「ふうん……」
見ている分には何が何だかさっぱりわからないのだが、ライマにはそれぞれがどういう意味を指すのかしっかりと理解しているらしいがそれは当たり前と言えば当たり前ではあった。続いて残った緑の石を一つと、透明な石を一つ、順番に転がした。角のすり減った二つの石は不規則ながらも地面を転がってやがて棒に当たって止まる。そして骨を取って地面に丸や六角形などを書き込むと、最後に残ったツヤのある黒い球と青い球をそれらに向けて転がした。黒い球は丸のふちに乗り、青い方はなんの図形にも乗らずに止まった。そして骨の先をコツコツと二回エリアの額に当てて終わった。
「どうだったの?」
エリアは胸をドキドキさせ尋ねる。ライマは何度も頷いては考えをまとめていた。
「そうですね、エリアの幸運には波があります。特にこの二年ほどには上下の差が激しく見られるようですが、きちんと良いことが訪れますので心配しないようにしてください。ですが、十二年くらい後に幸運がとても低くなるので気を付けた方がいいでしょう」
「十二年もあと?」
「ええ、ですが当然先というものは常に変わり続けるものです。流石に十二年もあとが個人の運を見るのに見えたのは珍しいことですが」
「なんかはっきりしないね」
「まあ、そうですねフフッすみません」
「もー」
そんなこんなで二人がキャッキャウフフとしていると、エマーヘルが歩いて戻ってきた。両手にはなみなみと水を湛えたバケツが携えられており、彼の歩く揺れに従って少しずつこぼれてはいたものの、それくらいどうということはないと言える量はあった。彼は戻ってくると二人の間に広がる道具を見て一目でその名を口にしたので、彼もそういえば祈祷師であったということを思い出すエリアであった。
「ヴァウジーダンか。俺はあまりやったことは無いな」
若干ヴァジャーダァとは異なった発音が耳に入ったが、これも地域の違いによる竜語の差異なのだろう。まだヴァジャーダァの形が残っているから今の所理解はできる範囲ではあったが、より変わってしまうと理解できる自信がなかった。
「ええ、エリアを占っていました」
「で、どうだった。よかったか」
エマーヘルはバケツを傍に置くと、ライマの隣に腰を下ろしてヴァジャーダァの結果を見ていた。
「ええ、ただ波が大きいので一概にはずっと幸運が訪れるとはいいがたいでしょうね」
「ま、そんなものだろう」
そこに向こうから羽ばたきが聞こえたのでドレスが帰ってきたのだろうと思っていると、離れたところにドレスは降りてきた。降りる直前に大きな丸太を二本落としてから自分も着陸してそのまま変身を解かずに、口で一本、後ろ片足で引き摺りながらやってきた。
「大きいの持ってきましたねえ」
ライマはすぐ近くに置かれた根こそぎ引き抜かれてきた木の幹を見てそう呟いた。ただ単に大雑把に力任せに引き抜いてきたように見えたが、よく見ると上の葉は全て焼き払ってあり、根も廻りから抉り取られており、恐らくその大きく黒い爪でこそげ落してきたのだろう。結構気の利く男である。
彼は器用に前足を駆使して一本を縦横四等分にすると、もう片方をぐしゃぐしゃに切り、潰して細かくしてしまった。
(こっちは薪に使うといい)
そうテレパシーで伝えると、ようやく彼は変身を解いて細切れの破片を両手に抱えて火の近くに置いた。
「あっちは」
とエマーヘル。確かに残りの四等分はどうするのだろうか。エリアとライマも同じことを考えていると、彼は木を一瞥して曰く、
「枕にでもするといい」
そう言って木を引っ張ってくると、そこに腰かけて火の番をし始めた。
「俺が持ってこよう」
エリアとライマの代わりにエマーヘルが三人分の木を引っ張って来て傍においてくれた。木は枕にするにはまだ大きかったのだが、エマーヘルがもっと小さく割いてくれたので彼女は上に上着をかぶせると枕にする。火を見つめていると、なんだか心が落ち着く気がしてきている自分に、慣れというものは怖いものだと実感していた。火を見るたびにムゥロのことを思い出すのだ……火を……
※1 バーダ=ラフトーシャ:ドラクラットにとっての空を司るいわば最も重要な神のようなもの。地域によって名は変わるものの、どれだけ変わろうとも指すものは一つ。占いの際は大抵の場合この名を始めに口にする。




