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Schwarz Drache ~黒き竜の少女と果て無き旅の果てに~  作者: 戦艦ちくわぶ
Ⅰ La ragazza nera(黒き竜の乙女)
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Nach Belieben(風向きのままに)

 翌朝、もう立てるほどに回復をしたエリアはライマの背中に乗って周辺の散策に出かけた。低空を優雅に飛んでいる大きな竜を見ることが出来たものははたしてどれほどにいるのだろうか。この地はかつて他の地域ほどに戦争に巻き込まれることは無かったものの、C兵器が付近で暴発し辺り一面は薬物汚染されてしまい、多くの人々が去り死の大地へとなり果てていた。それも、長い年月をかけて自然がかつての豊かな姿を取り戻し、今では少しずつだが人間が新天地を求めて歩み寄りつつあったのだった。それでもまだ繁栄には程遠く、今の所このあたりの支配者は野生動物たちであった。

 エマーヘルは今一人で狩りをしており、ドレスは二人よりもさらに上空を飛んで二人の姿が見降ろせる場所から見守っていた。まだドラクラットに乗って移動するのは記憶が正しければ三度目のはずで、一度目は荒療治で半ばトラウマになりかけそれ以来あまり乗りたいとは思っていなかったが、次に乗った時はそんなこと言っていられる状態でもなく、それに乗るというよりは載せられるという表現の方が正しいと言えただろう。したがってこうして乗るのはライマと初めて会った日以来であったが、不思議とあの時ほどの恐怖は無く寧ろ吹き付ける風が安心感すら産んでいるほどだった。やはり自分はドラクラットなのだなと、彼女は改めて自分が人間とは似て非なる存在であることを認識していた。

(エリア、見てください)

 ライマがテレパシーで語り掛けてくる。

「ん?」

 一体どのことを指しているのかわからなかったため目を凝らして前方を注視していると、向こうの方の草原に白い小さな点が沢山集まっているのが見えたので、きっとあれのことを言っているのだろう。点はよく見ると動いているように見えるが、人間の状態の彼女にはいくらドラクラットとはいえはっきりとは見えない。だが、竜の状態であるライマにはその大きな目ではっきりとそれらの正体を捉えていた。

(チョウザウです)

 チョウザウとは山羊のことである。山羊の群れが水辺の方へと一斉に移動しており、その数はゆうに五十を超すだろう。それだけの山羊の集団を見るのが初めて出会ったエリアは、首と翼の隙間から興味津々といった表情でそれらを眺めていた。瞬く間にライマはその群れを飛び越えていくと、微かだが山羊の鳴き声が聞こえたようだ。山羊は本能で危機を察知したようで一斉に駆け出して走っていったが、十メートルも進むころにはライマの姿は既に遠くへと飛び去って行っていた。

「ムゥロの周りはこんな風景だったのかなあ」

 飛竜の速度に息苦しさを感じていながらも、エリアの心は平静であった。今彼女の顔は風圧で中々のものになっていたためそれを知ればその平静さも失われるだろうが、気づかなければ問題ないことと同じである。

 やがてライマは岩肌が目立つ低い山を飛び越えると反対側へと渡った。その瞬間のことであった。背中にエリアが乗っていることに配慮してあまり高度を取らないようにしていたライマは峰のギリギリをパスしていた、それも本当に足の先が天辺の石を引っかけたくらいには。それがいけなかった。丁度その時峰の反対側から土地の者が十匹ばかしの山羊を引き連れて峰に立とうとしていたのだ。突如として現れた巨大な姿に山羊飼いの男は叫び声を上げてひっくり返り斜面を二メートル転げて止まる。山羊たちも蜘蛛の子を散らしたように険しい山肌をやかましく鳴きわめきながら駆けずり回っている。

(しまった!)

 人間がここにいるということは、近くに村があるということだ。村人であろう者を怖がらせてしまったのでは、村に近づくのは困難となってしまう。こちらがただの人間であれば向こうも変な外国人が来たなくらいにしか思わないかもしれないが、残念ながらドラクラットは実に特徴的な姿をしていたため、何も問題を起こして居なくとも注目を引いて止まなかったはずである。そこは服でも失敬して姿を隠して忍び込めばどうにかなったかもしれないが、村はこのことを知ればパニック状態に陥りかねない。もし目撃者の証言を信じれば、の話だが。

 ともかく余計な問題の引き金を引いてしまったかもしれないと考えたライマは、西に進むのは諦めて転換し、南へと向かうこととした。大きく弧を描きながら悠々と方向転換をするライマの傍らで、エリアは六十度以上は傾いたライマの鎧に死に物狂いでしがみついていた。一応鎧にロープをかけてはあったのだが、それでも怖いものは怖かった。ロープがいつ切れるかわからない恐怖すら感じることが出来ないほど無我夢中だったエリアは、ようやく水平に戻ったライマの首の根元あたり、鎧の隙間をバシバシと叩いて抗議した。

「馬鹿!怖かったんだけど!!んもー!!」

(あ、ご、ごめんなさい!ついうっかりエリアがいること忘れちゃってて……)

 なんとも可愛くないうっかりにエリアは更に殴打で抗議したが、その程度の衝撃で痛みが通るほど竜の表皮は柔ではなかった。

(どうした)

 ライマの急激な機動を見ていたドレスが何事かと尋ねてきたので、ライマは簡単に今起きた出来事を彼に説明した。それを聞いたドレスは短く、そうか、と答えるとまた黙ってしまった。エリアはドレスに如何に自分が恐ろしい思いをしたのかを大げさに抗議したかったのだが、人間の状態である今の姿ではテレパシーをつかうことは出来ないので、やりきれなさを拳に込めて彼女はもう一度強くライマの背中を叩いた。



 針路を変え一路南へと向かうライマとエリアは、今度はある程度高度を取って飛行していたが、目撃されれば同じことではないだろうかということに気づいていなかった。上空を飛ぶドレスからは、ほぼ真上から見ていたことが仇となり、彼女たちの取っている高度をよく把握していなかったのであった。

 ニ十分ほど付近を飛び回っていたころであった、ライマの眼が遠くに建物らしき人工物が点在しているのを発見した。粗末な家ではあったが、確実に今も人が住んでいる形跡が見られたため、それをドレスとエリアに伝えるとすぐさま降下、岩場へと降り立つと変身を解いて身を隠した。

「家だね」

「でしょう」

 二人は目を細めて集落のある方向へを睨んでいる。

「あれはドラクラットの村とかじゃないよね」

 と尋ねるエリアに、ありえませんとライマは否定した。

「ドラクラットはあんなだだっ広いところに村を構えません。まじないで姿は隠せますがそれでも時折リガーラが迷い込むことが……まあ稀も稀なのですがあるので、見えないように村全体をできるだけ隔絶できるような場所にしか作りませんから。あれは確実にリガーラの村でしょう」

「本当?」

「本当です」

 ライマの断言はどことなく信用できないのだが、よりドラクラットに詳しいものの言うことの方が信憑性が必然的に出てくるのだから仕方がない。今のところは彼女の考えに従うことにした。ひとまずは、いきなり村に近づくのではなくしばらく遠くから様子を見て観察をしそれから持ち帰ってどうするか話し合うことにした。

「ドラクラットは見えませんね」

 一時間ほど観察をしていたが、人間の姿は見えるものの竜が離陸したり着陸する様子は見られず万が一の可能性もあったので陽が真上を指すまで観察を続けることとした。

「暇だなあ」

 流石に代り映えの無い景色を何時間も観察するのは飽きてくる。エリアは地面を枝でいじくりながらぼやいていると、熱心に観察を続けていたライマが声を上げた。

「ああっ!」

「……どうしたの」

 エリアは村の方を見ることもなく尋ねると、ライマが驚きの言葉を発したために、耳を疑った彼女は思わずそちらに目を剥けてしまった。

「襲われてます!!」

「えっ?」

 見てみると、馬に乗った一団が村へと向かっておりその集団の前方では彼らとはまた別のグループと思わしき数名が馬で逃走していたが、次々と殺されているようだった。

「助けなきゃ!」

 反射的に言葉を口にしたエリアは、ライマの方を見る。そのまっすぐな目に自分も彼らを助けなければいけないという暗示にかかってしまい、頷くと変身をした。

「このままじゃ村まで襲われちゃうよ!」

 もう村まではすぐ近くだ、賊が村を前にして引き返すとは到底思えなかった。二人の若いドラクラットの女性は、勇敢かあるいは無謀な救助へと向かっていった。

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