表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Schwarz Drache ~黒き竜の少女と果て無き旅の果てに~  作者: 戦艦ちくわぶ
Ⅰ La ragazza nera(黒き竜の乙女)
63/373

The Dish of iron(冷徹の上に)

 変身をしたドレスが目の前に現れると、激高したグロージエナは口を大きく開ける。一瞬彼女の口に何か青い輪が見えたかと思うと次の瞬間には途方もない速さと量の水が口内から噴出した。本来なら、その攻撃が命中してドレスの頭部を破壊するつもりであったのだろうが、戦闘能力においては彼女の数歩上を行く彼に、そんな準備動作のある攻撃などかわすことは容易い行動であった。ただ威圧感で村を従えていた女と、旅をして戦ってきた男とでは、戦闘能力に雲泥の差があった。彼が長い首を地面ギリギリまで降ろすと、その直後に水柱がつい先ほどまで頭のあった場所を通過する。迸る水が彼の体を湿らせていくが、炎竜族だからと言って、ゲームのように酷いダメージを負うわけではない。

 避けられたグロージエナの一撃の威力は地面を抉り取って余りあるほどで、その方向にあった家を二軒粉砕し、針葉樹の茂る森を切り裂いた。あれが当たっていれば、いくら竜でもひとたまりもあるまい。

(何と……)

 すぐにその場に到着したライマは、変身を解かずにその光景を眺めて戦慄していた。目の前では、青い水竜族の飛竜が、赤い炎竜族の竜に組み伏せられ、長い喉元に食らいつかれて地面に押さえつけられていた。こうなっては、彼女に勝機はあるまい。グロージエナである水竜は、首や胴体から血を流して居ながらも必死にもがいており、その眼は憎しみに溢れたまま自分の喉に牙を立てている炎竜をまっすぐ睨みつけている。

(殺してやる!闇竜族に味方する裏切者ぉ!!)

 そう罵りながら苦し紛れにグロージエナはもう一度水柱を放ったが、当然のようにそれは空しく空中に伸びていくだけで、自分に密着しているドレスに当たることは無かったのであった。そんな彼女の悪あがきを見て、彼は口を離すと今度は強靭な前足で思い切り彼女の胸を踏みつけた。鋭く硬い大きな爪が、セジエの変化した鎧にぶつかり金属音をまき散らす。

(あの子には力がある)

 押さえつけたままの体勢で、ドレスはテレパシーでそうグロージエナに告げる。

(あああるだろう!一族を、私たちを滅ぼす力がさあ!)

(……確かにあの男は俺たちの村を朽ちさせた。俺もあの恨みは忘れられん、だからお前が闇竜族を憎しみ続けても構わない)

(ならばなぜあのガキを助ける!お前の両親を殺した闇竜族を!庇う!)

 彼女のその衝撃的な言葉にも、彼はまったく動じずにただただ彼女を大きな目で見降ろしていた。その眼からはいかなる感情も読み取ることはできない、怒りも、激昂も、悲しみも焦りも。優しさも。

(そうだな……アーテアンが俺にそうさせているのかもしれない)

(ふ、ふざけやがって、何が今更アーテアンを……)

 もう一度先ほどの攻撃を放とうとした彼女の頭を、ドレスは胸を押さえつけていたほうの前足で勢いよく踏みつけると、冷静な声で彼女に問うた。

(このまま首のない無残な死体を故郷にさらすか、それともあの子の命を諦めるか、選べ)

 その屈辱的な二択に、グロージエナは涙を流し地面を濡らしていた。そして、彼女が選んだのは……



「すまない、遅れた……」

 ようやく追いついたエマーヘルは痣やたん瘤を作って息を切らしていた。そして荒れた村と人間の姿で地面に倒れたまま涙を流しているグロージエナ、そして壊れた自宅の前で立っているドレスを見た彼は、青痣が青く感じられないほどに顔を青ざめさせてドレスの元へと走った。

「エリアッ!あの子は!」

 駆け寄ってきた彼を一瞥すると、ドレスは家の横を顎で示すので顔を上げてそちらに目を向けると、毛皮の毛布に寝かされたエリアの姿を目にして安心したように腰を下ろした。

「よかった……本当に良かった」

「構わない」

 ドレスは深く息を吐くと、エリアを二人に任せて自分はグロージエナの元へと歩いていった。彼女は村人たちに囲まれており、いくらか医術の心得のある女のドラクラットに抱え起こされていたが、彼女の顔は涙と屈辱に濡れ歪んでいた。彼が近づいたのに気づいた村人たちはサッと道を開けると、ドレスも黙ってその間を進んでいく。涙を通して近づいてくる彼を見据えながらも、彼女はそこから逃げることも立ち向かおうこともせず待っていた。

「グロージエナ、お前がこの村を支配しようとした理由はわかっている」

 突然予想外の言葉を投げかけられた彼女は、目を丸くして口を開けて驚いている様子であった。

「……お前がこの村を率いていけ、俺にはその資格などない、裏切ったからな。それに俺はそういう柄じゃない………この村にもそろそろ強い長というものが必要だとは思っていたところだからな」

 彼はそれだけ告げると背を向けて去っていった。

「……待てっ」

 ようやく声を絞り出した彼女の呼びかけに、彼は止まることは無く離れていく。グロージエナは肩を貸されながらも立ち上がるともう一度彼に呼びかけるが、彼が彼女のために立ち止まることはしない。

「ドレスッ!……ドレスッ…………ドレス……」

 まるで懇願するような声で呼びかけ続けたグロージエナを背に、ドレスは決して悲しい顔も哀れむこともしなかった。この村のことはもう彼女に任せた、だからもう二度と自分はこの村に関わることは無い、彼の決意の現れのようであった。

「出よう」

 ドレスはそのままエリア達の元へ戻ると、家の瓦礫を押しのけながら三人にそう言った。彼の言葉に、エマーヘルもライマも御託は並べずに頷くと、すぐに借りていた小屋に走って荷物を取りに行く。彼は家の中から必要な荷物を掘り起こすと、エリアの横に並べていく。

「ド…レス……」

 未だ弱弱しいエリアの声が、すう後ろで聞こえた。

「どうした」

 彼はそう返事をしながらも家を掘り起こす作業を続ける手を止めない。

「ありがと……」

「そうか」

 そこでエリアは黙ってしまった。それが気になったドレスが振り返ると、彼女は目を瞑ってしまっていた。まさかと思い、彼は持ち上げていた梁を放り投げて彼女の息を確認しに行き手を翳すと、彼の手のひらに優しい息が何度も当たったため生きていることを確認した彼は、再び家から荷物を探す作業へと戻った。

(戦い方を教えてやらないといけないようだな)

 この先自分が彼女を守っていってやれるが、それでもやはり彼女自身に戦う力を身に着けてもらうことが重要である。エリアは女であるため、力ではドラクラットの男にはかなわない。それならば技を覚えてもらうことで少しでもその差をカバーできれば生存の確率は上がるはずである。ただし、向こうも格闘の心得があれば話は別だが。

 それに武器があれば尚よい。剣でもナイフでも、弓でもいい。人間が使ったという銃という武器でも十分だし、むしろそれならば一撃でドラクラットの頭を砕くことも可能であるが、それは人間の状態の時に限る。もっとも、いくら自分でも竜になったドラクラットと人間の姿のままでは指一本で捻りつぶされてしまうが。

 そこで彼は一つ気づいたことがあった。彼女は返信ができるのだろうかと。どうも昨晩二人から聞いた話では彼女はドラクラットの生活や文化というものに疎いようだが、それはつまりリガーラによって育てられたということの証明ではないのだろうか。それはつまり、いままで一度も変身の練習をしたことがないということである。ドラクラットのアイデンティティである変身がもし出来ないとなると、それはかなりのハンデを負うことになってしまう。それだけは無くあって欲しいのだが。

 中々に鋭い考察をしている彼の元に、荷物を取ってきた二人が戻ってきた。エマーヘルは自身の荷物に加えてエリアの荷物をダンゴムシからとってきていた。流石にダンゴムシを持ってくることはできなかったようだが、それは変身でもして掴めばいいだろう。

「行こうか」

「エリアは私が」

 ライマの分の荷物をドレスが半分ほど受け取ると、エリアを背負って三人は村の外へと出た。早急に去っていく彼らを、村人たちはどういう目で見送っているのだろうか。例えどう彼らが思っていても、二度と踏むことのないこの地のことなどもうどうでもいいことだ。まず先にライマが変身すると、彼女の背中にエリアを持ち上げて毛布とロープで縛り上げて固定し、それから二人が変身した。

 東の空へと飛び去っていく三頭の竜、彼らが次に訪れる場所は、果たして山か、森か、海か、ドラクラットの村なのか、はたまたリガーラたちの住処なのか。それは彼らだけが知っている……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ