Zwiędły Studnia(枯れた生命)
ドレスによってエリアが救われた日からそのまま何事もなく夜が明けた。エリアの容体は回復しておりいまだ顔を腫らしているものの目を開けて会話は出来ており、お粥のようなものなら流し込めた。今のところグロージエナの襲来がないのは、もしかすると彼女がドレスのことを恐れているからなのではないだろうかと考えられていた。ドレスが登場した後の彼女の言動に気後れが見られ、エリアを一方的にいたぶっていたことによる直前までの精神的な余裕が一瞬にして失われていたところを見るにその可能性は十分にあるだろう。
この村では確実に彼の元にエリアを置いておく方が安全であると踏んだ二人は彼に一度エリアを任せると、グロージエナの所へ向かおうと外へ出たが、丁度彼女の方からもこちらへと出向くつもりだったようで、数人の手下の男を従えて入り口の前に立ちはだかっていた。
「何の用だ。エリアをこれ以上やらせん」
エマーヘルは長身を生かして出来るだけ凄みを利かせ一歩前に進み出た。彼の威圧感に、手下たちは少しばかり竦んで見えたがグロージエナはまるで動じておらず、眉間に皺を寄せとてもイラついた様子で腕を組んでいた。
「惜しいな、男であれば良き戦士となれたであろう胆力だ」
彼の煽りは多少通用したようで、彼女は瞼を痙攣させながら彼を睨みつけていた。
「あのガキを出してもらおうか。この村では私に従ってもらう」
やはりか。エマーヘルとライマは顔を険しくさせて入り口をふさぐように立ちふさがった。
「出来ん」
「あの子にはこれ以上危害を加えさせません、祈祷師として、祈祷師のプライドを賭けて」
「……なるほど」
そこまで言うのなら、と彼女は組んでいた腕を解くと一歩前に歩み寄り自分たちも譲る気はないという姿勢を見せた。
「何故だ。何故お前たちは外しになることをわかっていながら予知を阻む。何故エリアをそこまで憎める」
どうしても彼女がエリアをこうも敵視する理由を知りたかったのだ、いくら忌むべき部族といえどもあそこまでいきなり憎しみを露わにできるのかがわからなかった。それには理由があるはずだ、それしか考えられなかったためそう尋ねたのだ、もしないのならば、最早純粋なる狂信としか言いようがない。
「……いいだろう、はなしてやろう……こっちにこい」
グロージエナはついてこいと手で合図すると、村の外へと歩いていった。二人は警戒しつつ彼女についていき、時折ドレスの小屋を振り返りながら徐々に小さくなっていく小屋を不安そうに何度も見返していた。そのまま彼らは五分ほど歩いていくと二人は空気の異変に気付いた。
「これは……」
ライマは立ち止まってしゃがむと土を掬いあげた。地面はまるで焼かれたように黒く、一センチほど抉ってもなお土は黒いままであった。まるで黒く染められたかのように。
「何なのですか、ここは。木も、土も石も焼き尽されたように炭になっています」
ライマは声に恐怖を含ませながらグロージエナの背中にそう尋ねたが、彼女は笑いながら振り返るとライマの目と鼻の先まで歩み寄ると、
「焼き尽された?これが?お前の眼は節穴か、これのどこが熱による仕業なんだ」
「ど、どういう」
ライマには彼女の言っていることがわからなかった。周りの景色は皆真っ黒に染まってしまっており、生命の息吹を感じられないのは炎竜か何かの仕業によって焼かれたからではないのか。疑問に思っているライマに対してエマーヘルはおおよその予想はついており、口を硬く一文字に結んで押し黙っていた。彼らは更に進んでいく。やがて開けた場所に来ると二人は我が目を疑った。
「これは、川……か?」
エマーヘルは目の前を通る大きな溝のようなものを一目見てそう呟いた。底には砂利やゴロゴロとした岩が転がっており、縁から中心に向かって深くなることと両側に長く続いていることから彼はそう判断したのだが、それは当たっていた。グロージエナは川底に降りていくと岩の上を器用にバランスも崩さず歩いていきながら語る。
「そう、ここは十年前まで川だった、豊かで綺麗な川、リガーラ共がこの周辺からいなくなって長くようやく川は元の通りに回復しつつあった……それを突然現れた闇竜族が全てを破壊した!」
彼女の怒りには鬼気迫るものがあった。憎しみと怒りを露わにこちらを睨みつける彼女の様は、まるでディエンラーの直前のエリアを思い起こさせた。
「まさか他にも闇竜族がいたのか……?」
俄かには信じがたいが、可能性は捨てきれない。現にエリアという例があるのだから。
「それじゃあ、あの焼け焦げた森は」
「そう、闇竜族が力を使って全部を死に追いやった、おかげであのあたりの森やこの川はもうずっとあの時から戻らない。この村からはどんどん去っていって寂れていったのさ、でもどうしようもない。あの闇竜族はどっかに行ってしまったし、いかなる力を使っても戻せるとは思わない!」
彼女だけでなく村全体が闇竜族をそれほどまでに恨んでいる理由がようやくわかった。本来ならエリアが訪れた時点でなぶり殺しにあっていてもおかしくは無かったであろう、それをそうせずはじめは少しだけ毅然とした対応をしていたのは、彼らに残る冷静さのおかげなのだろう。
「そうか、そうだったのか……知らないとはいえ済まなかった、エリアを連れてきてしまって」
エマーヘルは首を垂れると、心からの謝罪を述べた。ライマもそれに続き頭を下げた。それでも、一度噴火した彼女たちの怒りは収まらない、彼女はまるで態度を変えることなく噛み殺さんばかりの勢いで二人に噛みつく。
「謝ったところでなんだ!本当はあの男に復讐したいところだが、もういない。だから憂さ晴らしにあの女を殺すんだ!」
「ま、待ってくれ、すぐに我々はこの村を出る、だからどうかその怒りを鎮めてはもらえまいか」
エマーヘルの必死の請願も聞き入れず、グロージエナは竜に変身、低空飛行のまま森を飛んで抜けていった。
「マズイ!行くぞ!!」
二人は血相を変えすぐに後を追おうと離れたが、そこを残っていた男たちに囚われてしまった。
「離せ!」
「このっ、下劣な!」
二人は拘束を引き剥がそうともがくものの、二人の男に抑え込まれていてはどうにも出来なかった。もしここで変身すれば脱出できるかもしれないが、変身し終わるまでには若干のタイムラグがあり、その間に首を折られたりあるいは向こうも変身をして潰されてしまう可能性があった。それでもどちらかがせめて向かえれば、とおもったエマーヘルは、身をよじって頭を思い切り片方の男の顔面にぶつけた。
「ングッ!」
男が思わず離れてしまった隙をついて、エマーヘルはもう片方の男を投げ飛ばすとライマたち目がけて勢いよくタックルをかました。四人はもんどりうって地面に転がると、エマーヘルは倒れると同時に立ち上がってライマを助け起こすと彼女が向かうように指示した。
「しかし」
渋る彼女を彼は突き飛ばして向かわせる。
「行けっ!ここは任せろ!」
「わ、わかりました!」
ライマは後ろ髪を引かれる思いでその場から急いで離れると一機に変身、枯れた木々をへし折りながら跳びあがった。飛行が得意な飛竜族でも、この距離ではその真価は発揮できない。そのため彼女は森に突っ込みながらも長い跳躍をする形で飛んでいった。鎧はあれど木々が体のあちらこちらにぶつかって痛いが、今はそんなことで立ち止まっている場合ではなかった。どうかドレスとエリアが無事であることを祈って彼女は跳ぶ。
すぐに村のあるあたりに着いたところで、人々の悲鳴と、木々から覗く青い頭と翼がグロージエナのものだということはよくわかった。グロージエナは大きな顎で何かを放り投げているように見えるが、人ではないことを祈った。
(闇竜族のガキめ!サリエナの恨み思い知れぇ!!)
グロージエナの声がテレパシーで聞こえた直後、巨大な炎が巻き起こりグロージエナはひっくり返り森に突っ込んだ。
(いい加減にするんだな、グロージエナ)
それは明らかにドレスのテレパシーである。炎の消えた後にそびえていたのは、大きな炎竜の勇ましい姿であった。




