пламя гореть(炎、燃ゆ)
とてつもない力で殴りつけられたエリアは、立って堪えることが出来ずに後ろによろめいてしまう。そんな彼女に対しグロージエナは追撃の手を緩めないどころか更に威力と手数を増して攻撃をし始めたためにエリアは守ることすらぎりぎりの状態となり、何度も集中して殴られた腕が痛みに耐えかねガードを解いてしまった。そこに当然、守りという障害を解いた拳が直撃する。
顔面をもろに殴られたエリアは、もんどりうって地面に叩きつけられ転がっていく。彼女が転がってきたために、決闘を見届けている村人たちは悲鳴を上げて後ずさって彼女を避ける。誰も彼女を労わる声をあげないどころか、グロージエナに声援を送りさっさと殺してしまうように呼びかけた。
「ぶっ殺せ!ぶっ殺せ!」
「やっちまえグロージエナァ!」
彼らの眼に映っているのは、一方的に暴行を受けているか弱い少女ではなく、始末されようとしている害虫という程度の認識であった。
そこにようやく遅れてエマーヘルたちは駆け付けたが、村人の輪の中で力なく横たわっている痛々しい姿の彼女を見て、二人は言葉を失った。
「エリッ……!!」
「ああ……」
エマーヘルは後悔した。例えこの村を外しにしてでも彼女の言う通りに村を出るべきであったと。普通に考えれば誰でも思いつくことであるはずのことを、彼はついつい消極的で守りの姿勢に入ってしまっていたためにこうして悲劇が起きているのだ。
だが彼にはもう一つ、これでエリアが覚醒すればという可能性を賭けていたという理由も密かにはあった。これでエリアは傷つくであろうが、例えこれでグロージエナというドラクラット一人が犠牲になったとしても、それで一族全体が救われるのなら仕方のない犠牲であると考えていたためだ。そんな邪な考えが、彼女を傷つけ、そしてエリアからの信頼を失うこととなった。
「あっ、あ……げえっ……」
つい先ほどまでの殺意はどこへやら、蓄積したダメージに体は動かず心も折れてしまっていた。彼女は口や鼻から血を流し顔を腫らして横たわっており、一方のグロージエナは大した外傷も見られず余裕そうにエリアの元へと歩み寄って足を頭の上に載せた。
「ぐっ……」
踏みつけられ、頭は硬い地面に押し付けられて彼女は顔を歪ませているが、頭に乗った足を掴むことすら今の彼女には出来なかった。
「これで救世主?馬鹿言うなよ祈祷師……ここでこいつが選ばれた存在じゃないことを教えてやるからなあっ!」
踏みにじるように足をこすり付け、硬い靴底がエリアの側頭部を傷つける。痛みと悔しさからエリアは涙をにじませ、涎とともに地面を濡らした。
「やめてください!」
見ていられなくなったライマはその間に割って入ろうと駆け込んだが、周囲の村人によってそれを阻まれ、腕をつかまれて捕まってしまった。
「離しなさい!あなたたちは祈祷師に無礼な態度をとっていますよ!」
彼女の脅しも、彼らには通用しなかった。
「やめてくれ、これ以上彼女が傷つく姿を見たくない。頼む」
エマーヘルも頭を下げて頼み込んだが、村人たちはそれを笑って拒否した。
「出来るわけないだろ?ディエンラーは始まったら最後決着がつくまで終わらないんだよ」
「あのガキが死んでも闇竜族が一匹死ぬだけ。問題ある?」
最早どうしようもなかった。かつての闇竜族狩の名残が今もこの村には怨念として残っているのだ。滅びゆく村に村人たちは不安と焦燥に駆られ、そして貧しさが支配していたこの村にとっておきの娯楽が現れた。彼らは日ごろのストレスの発散に、このディエンラーを見物することで行おうとしているのだ。
「じゃ」
グロージエナは止めを刺すべく足を思いっきり振り上げた。狙いはエリアの首。丈夫なドラクラットでも、首が折れれば死ぬものは死ぬ。この蹴りが命中すれば彼女は確実に死ぬだろう。このまま無抵抗の状態でエリアは、一族の救世主たる忌むべき少女は命を落とすのだろうか。エマーヘルとライマが竜に変身しようとしたその時であった。
空から一頭の炎竜が舞い降りる。猛烈な暴風に村人たちは顔を覆いすぐさまその着陸地点より離れて楽しみを邪魔した竜に怒りの眼を向けたが、その竜が誰なのかに気づくと彼らは一転、顔を硬直させてしまう。
「あれは……」
この異様な空気に、エマーヘルは降りてきた人物がただならぬものだということをすぐに察し、その男を注意深く観察している。ライマも彼が降りてきたことで空気がピリピリとし始めたため、彼がこの村でグロージエナよりも恐れられている人物ではないかと予測した。
村人が慄いている一方でグロージエナはというと、振り上げていた足を降ろすとその竜の顔をまっすぐ睨みつけて何か言いたげな表情で佇んでいた。鎧煌く炎竜は、光に包まれて変身を解くとそこには一人の暗い赤い髪をした青年が現れ、彼は一言も発さないまま周囲の村人を一瞥すると、彼らは皆一様に唾を飲みこんだ。
「どうしてお前がここにいる……!」
静かに怒りを露わにしながらグロージエナは彼に凄む。村人なら押し黙るような彼女の脅しをまったく意に介さないように彼は黙って二人の前に近づくと、エリアとグロージエナを交互に見て遂に言葉を発した。
「こんなことをしているからこの村は滅ぶ。その子は俺が預かろう」
それはとても冷たく、怒りを滲ませた声であった。
「ふざ、けるな……これは私の獲物だぞ!」
彼女はそう吠えたが、彼の眼に一度見据えられると彼女は眉を痙攣させながらもゆっくりとエリアの頭から足を降ろし、後ずさっていく。
男はしゃがんでエリアが呼吸をしていることを確認すると、そっと彼女を抱きかかえた。その行動に、村人だけでなくエマーヘルとライマも目を見張って驚いていた。闇竜族の少女を救っただけでなくああも躊躇いもなく触れる人物がドラクラットの中にいるとは思いもよらなかったのだ。エリアを抱きかかえたままの彼は、そのまま村の中心まで進んでいくともう一つの無人となっていた家へと入ってしまった。エマーヘルたちもすぐにそのあとを追って中へと入る。
あとに残されたグロージエナと村人たちは、ただそこに立ち尽くすほかなかったのであった。
「汲んできた」
エマーヘルは桶に水をたっぷり汲んで家の中に入ると、エリアの上着を脱がしているライマの前に置いた。エリアはベッドに寝かされており、ぐったりとして呻き声を上げるばかりでダメージは明らかに深い。
「これを」
家の奥から戻った男は、小袋を投げ渡しそれを開けると中には薬草を配合して作られた薬が詰め込まれていた。名をビニエラスといい、いくつもの薬草をある程度細かくし揉みこんで炎竜の炎によって暖められたそれは、冷めても再び揉むことで効果を発揮し、中身を腫れた場所に優しく揉む込むようにこすり付けると腫れが早く引くのだ。ライマはさっそくエリアの顔や腕、腹にありったけのビニエラスを慎重に揉みこむ。触れられるたびにエリアは痛みに呻いており痛々しい。
「愚かにもほどがあると……」
男は椅子に腰かけると二人を睨みつけそう言った。二人はその眼光に目をそらし、言い訳すらも出来なかった。
「この子が予知の少女、だろう。それをお前たちはあんなバカバカしい決闘につきあわせて……お前たち本当はこの子のことを大事にしていないな」
彼の言葉に、エマーヘルは声を上げて反論した。
「そんなわけがあるか!だからこそ我々は旅をして彼女を探し出し、村を回って彼女のために働きかけている!」
「それがあのザマか?」
「何だと!」
つかみかかろうと立ち上がったエマーヘルを、男は彼の頭を掴んで地面に叩きつけた。大男であるエマーヘルがいとも容易く倒されたのを目にし、ライマは信じられないといった表情でその光景を見つめていた。




