L'obscurité de les temps anciens(過ぎ去りし闇)
「世界中にドラクラットは散っている。東の果て、北、南、西、森、海沿い、山……かつて我々の先祖はリガーラの眼から隠れるために未開発の場所へと移り住んだ。そして強力なまじないをかけリガーラの眼に村が映らないようにしかけたのだ。だからこそ今まで殆ど見つかることなく生き延びてくることが出来た」
小屋を出ると、エマーヘルはドラクラットの暮らしについて語り始めた。
「ドラクラットは言葉は一つ、ですが当然文化というものは違います。その土地その土地に合わせた暮らしや食事を持っており、アーフリーカに住むドラクラットとアッジャーンに住むドラクラットでは当然違います」
エリアは気になったことが一つ、それを二人に尋ねる。
「こっちは黒人が暮らす地域じゃないよね。でも黒人とかアジア系のドラクラットも白人のドラクラットと混じってる。どうして?そもそもドラクラットはどうやって人間の力を得たの?」
前から気になっていた。キニエイテンテス村でも、場所はロシアの方にも関わらず人種は様々で、ムゥロもそれなりに人種の混じった街ではあったが、それでもやはり住人の多くはラテン系やアングロサクソン系、ゲルマン系といった白人が多かった。その中で、エリアは自分の人種がいまいち特定できずにいた。夏でも日焼けしなければ赤くもならない真っ白い肌。白人系かと思えばどんな人種にも見られない先の尖った耳。そしてどう考えても刺青ではない赤ん坊の頃からあるらしい顔の模様。そんな疑問だったが、彼らに出会ってようやく自分が何人なのかがわかったのだ。
彼女の質問に、エマーヘルたちは少し悩んでいるようで、それは言うべきか言わないべきかという倫理観の問題とかそういう理由ではなく、その顔はむしろ彼ら自身も答えを出せていないといった面持ちであった。
ライマが口を開く。
「以前、我々の歴史書の類は失われた、と話しましたね。それが原因でもあるのですが何故ドラクラットがリガーラと同じ姿を持ったのかがはっきりしないのです」
その答えにエリアは眉間に皺を寄せ追求した。
「どういうこと?元は竜でしかなったのに思いっきり別の生物の姿を取れるようになったみたいな一大事がどうして誰にも語り継がれたりしなかったわけ?」
彼女の言うことはもっともである。きっと大昔沢山の竜がドラクラットとなる何かを受けたのだろう。だからこそこうしてそれなりにドラクラットが存続し続けているはずだ。ならば、いくら歴史が失われたといっても、口伝で残されていてもおかしくはないはずだ。そんな出来事を、一体、何故誰もよくわかっていないのか。
「わからないのです。ただ、先祖だけで行われたのではなく、リガーラの協力を得てのことだという話は一応聞いています」
「戦争するほどだったのにどうやって協力できるのさ」
「わ、わかりません」
ライマはそう聞いていた。だがエマーヘルの聞いた話は内容が著しく異なっていた。
「俺が聞いたのは先祖がリガーラを食ったからだ、と。争いで大勢のリガーラを食ってその力を得たのだと」
「えっ、怖いんだけど……」
「そう言われても、そう聞いたのだから仕方あるまい」
「そうかもだけどさあ」
「私は知りませんね、そんな内容」
どうも話ははっきりしないまま後世に伝えられたようだ。しかし、やはり疑問は払拭されずにいた。歴史書が失われたのなら、覚えている範囲で書き直すだとかできただろうし、誰も内容を知らなかったわけではないだろう、複数のドラクラットによって子や孫に語られたはずだ。だのに、どうしてそういったことが行われずにこの時代まで来てしまったのだろうか。ドラクラットの先祖は何かを隠している、そんな気がエリアの胸に芽生えた。
ドラクラットに遭遇してから日はあまりたたないが、既に彼女にとってドラクラットというものは、実に人間のようで、そして胡散臭い種族なのだという認識が生まれてしまっていたが、当然といえば当然かもしれない。家も家族も故郷も失った彼女の目の前に唐突に現れて、お前は呪われて迫害されている種族だが自分たちの再興に協力しろというのだから。そう思うと、目の前で会話を交わしている二人のドラクラットのことが急に信用ならない存在に思えてきてしまい、彼女はそんな思いを振り払うように話題を逸らした。
「次、次いこ?」
いまだドラクラットの成り立ちについて議論を交わしていた二人は、エリアの提案に話を切るとそれに同意して村廻りを再開することにした。彼らは依然として村人からの冷たい視線を浴びながら村を行く。
「あれは……魚かな」
エリアは軒先にある干し網に載せてある物体を見てそう言った。三人が近づくと、それはやはり干してある魚で、もうずいぶんと干されて出来上がっているように見えた。見たことがない魚だが、さすがに魚までドラクラット独特のものということはあるまい。恐らくこの地域に住む淡水魚なのだろう。魚はあまり食べたことがなかったが、魚を食べるのは結構好きであった。そもそも彼女は食べることは好きである。
「ふうん、誰かいればいいんだが」
とエマーヘルは家の周りを見回すがこの家の主らしき人物は見当たらない。外に出ているのかそれとも単にエリアと関わり合いたくないため奥に引っ込んでいるのか。仕方がないので二人は自分たちの知識で彼女に説明を始めた。
「前に話したか?話してないか?まあいい、ドラクラットの士族はそれぞれ得意なことがあったりする。炎竜族なら熱さに強く、ドラクラットの状態では火を吹ける。雷竜族は……そうだな……リガーラの科学とやらには使えるかもしれん。水竜族だと他の士族とは変身時の姿が違ってな」
「泳ぐのに特化しているんですよ。あ、当然飛べます」
「じゃあ、闇竜族は?」
ちょっと意地悪な質問をしてみた。いったいどういう答えが返ってくるのか期待していたが、彼女の予想通りの答えしか帰ってこなかった。
「……わかり、かねますね……ごめんなさい」
ライマが申し訳なさそうに謝る姿を見て、エリアは少し後悔しながらも意地悪からそう問うたのを気取られぬように構わないという旨を答えた。
「いいよ、なんとなくわかってたから……私も何か自覚とかはないし。夜目が効くとかさ、普通に見えないし暗くて」
「いつか、わかるといいですね」
フフフ、と笑うライマ。そこにエマーヘルが根本的な指摘をする。
「まあ、変身できるようになってからだがな」
「わかってる!」
笑いあう三人、彼らの雰囲気とは温度差が全く反対の周囲の空気が変わらず冷えきっている。
彼らはその後二時間も要せずにこの小さな村を回ると小屋に戻ってエリアに話を聞かせた。そうやって一日目を終えた彼らは眠りにつく。ここでも彼らを、エリアの寝込みを襲おうと企てようとしたものもいたが、キニエイテンテス村の話をまだ理性残る者がいい聞かせて憎しみの感情を抑えさせていた。だがそれでもなお、グロージエナの心を正せるものはいなかった。
翌朝、三人は目を覚ますとゆっくりと朝食をとりさあ今日は村の周りを見て回ろうと考えていた時であった。小屋の戸が力いっぱい開かれ、古びていた戸は空しく家からちぎれ転がった。
「なんだ、何事だ!」
エマーヘルは不躾な扱いに怒りを露わに立ち上がる。入り口に立っていたのはほかならぬグロージエナであった。彼女は初日と何ら変わらぬ憎しみを込めた目で彼らを睨みつけると、エリアに表に出るように言いつけた。
「な、何?なんで」
上着に片手を通した状態で戸惑うエリア。
「どういう意味だ、その態度、わかっているのだろうな」
エマーヘルは牽制するが、そんなことはお構いなしといった風にグロージエナはただ一つの言葉を述べた。
「ディエンラーだ」
その言葉に、エマーヘルとライマの顔つきが変わった……




