表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Schwarz Drache ~黒き竜の少女と果て無き旅の果てに~  作者: 戦艦ちくわぶ
Ⅰ La ragazza nera(黒き竜の乙女)
52/373

Hidden sentence(飲みこまれた言葉は)

「アガッ!?」

 まさか目の前の少女に持ち上げられるとは思っていなかった男は、完全に意表を突かれそのまままっすぐ女の振り下ろした棒の直撃を喰らってしまい、痛みに腕に込めた力を緩めてしまった。そうなればエリアに逃れられることは簡単であった。彼女は男の羽交い締めから逃れると、目の前でたじろいでいる女の体目がけてタックルをかました。至近距離であったため、助走を付けられず勢いはそれほどではなかったが女を転ばせるには十分な威力が出ていた。後ろに転がった女に、エリアは兎に角蹴りを四、五回叩き込むと、振り向いて頭を押さえている男の足にも同じように蹴りを入れた。

 この間までのどかに暮らしていた少女に戦いの技術が備わっているはずがなく、逃げることに必死だった彼女は、アドレナリンが痛みをごまかしてくれている間に敵を倒す必要があった。こういう話にありきたりな、実は格闘技を習わせられていたとか、一見少女だが軍人よりも戦闘能力が高いというわけがない。彼女はただのヨーロッパに住む少女に過ぎないのだ。ただ、ドラクラットの人間よりも優れた力のおかげでただの形もなっていないような蹴りでも大の大人をうずくまらせるには十分な威力を与えていた。女の方は肋骨が折れており、まともには動けない。男の方も脛の同じ個所を執拗に蹴られたせいで表面の骨が少しへこんでしまい、痛みで立ち上がることが出来ずにいた。

「はっ」

 顔を上げたエリアは、うずくまっている二人を放って逃げ出すとすぐさま走りダンゴムシの方へ向かう。だが、足に何かが絡みついてきたために、もつれてしまいその場に倒れこんでしまった。その拍子で頭をぶつけてしまったようで、じんわりとした痛みに涙をにじませていた。

「あー……何?」

 体をかがめて足を見やると、両足首辺りに紐が何重にも巻き付いていたのだ。紐がひとりでに動いたのかと思ったが、紐の量は死には子供の拳大の石ころが結ばれており、誰かが足目がけて投げつけたのだということが分かった。誰か、といってもそれほど人間はいない。確実に投げてきたのはあの蛮族どもである。

 足に手をやってほどこうとしていると、背後から歩み寄る音が聞こえ、エリアは顔を上げる。そこにはナイフのようなものを手にした少年が立っていた。少年の歳は恐らく十二とかそこいらだろう。そんな自分よりも幼い少年が、明らかな殺意を目に込めてこちらを見据えていることに彼女は底知れぬ恐怖を感じていた。その表情にあどけなさなど微塵も感じられず、もう何人もの人間を殺めてきたという振り切った眼をしていた。だが、狂気さを感じられないのは、彼が正気で人を殺し続けているということなのだろう。その証拠に彼は這いつくばる彼女に馬乗りになると、ナイフを振り上げて顔面目掛けて振り下ろしてきたのだ。流石のエリアも、この状況では逃れる術はない。だが、彼女は反射的にやってのけた。

 まっすぐ降ろされたナイフの刃を、彼女は何とすんでのところで歯で受け止めたのだ。それはまさに奇跡のタイミングで、殺そうとした少年はおろかやってのけた彼女ですら目の前で起きた出来事に目を丸くして動揺していた。少年はナイフを引き抜くと、彼女の顔に一発パンチを喰らわせてもう一度ナイフを降ろした。二度同じ軌跡は起こるまい、彼女もそれは重々承知しており、今度はナイフを振り下ろされる瞬間に体をよじって少年を振り下ろした。ナイフは彼女の髪の間をすり抜け何本か引きちぎる。

「この、クソガキ!」

 エリアも、殺されるくらいなら殺してやるという気概で少年に立ち向かう。足を拘束する紐に指をかけると、力を込めて引きちぎった。縄が植物の蔓でてきていたのが幸いしたか。目の前でそんな力技を見せつけられた少年は、腰が引けてしまったようで、その隙をついてエリアは少年に向かってパンチを繰り出した。だが、少年の方が戦いの技術は優れていた。

 彼女の甘い軌道を描く突きはすんでのところで避けられてしまい、逆に体勢が崩れたところにもう一度押し倒されてしまった。

「押し倒されるならかっこいい人が良かったんだけど!」

 などと余裕を見せているエリアは、左腕でナイフを突き立てようとしてくる彼の両の腕をギリギリのところで受け止めていた。どうしてこの少年にこのような力があるのだろうと思えるほど強靭な力が、彼の腕には込められており、エリアは片腕とはいえ押されそうになっていた。

「この、こんのっ……」

 反撃の手段は限られている、彼女はそこで思い切った反撃の機会を創り出すことにした。口を閉じモゴモゴさせたかと思うと、間近に迫る少年の顔目がけて唾を吐きかけたのである。予想外の攻撃に、少年は右目にその直撃を受け力を緩めてしまった。エリアは腕を押しのけると彼を蹴り飛ばし、飛び跳ねるように立ち上がるとナイフを握ったままの腕を思い切り蹴りつける。激しい痛みが、右腕から全身に駆け抜けていき、それは彼の腕がエリアの強烈な蹴りによって折られてしまったことの証明であった。

 痛みに立ち上がれぬ少年に、興奮していたエリアは止めを刺すために彼が落としたナイフを拾い上げると、腹部目がけて滅多刺しにした。刃の鈍いお手製のナイフが何度も何度も彼の柔らかな腹に突き立てられては、血を迸らせていた。エリアは無我夢中で刺し続けた。

 四十回ほど刺したであろうか、そこでようやく落ち着きを取り戻しつつあった彼女は、膝を地面に着いてその手からナイフを落とした。ナイフはどこが刃やら柄やらもわからぬほどに血に濡れ、彼女の左手も肘あたりまで彼の血がどっぷりと染み込んでいた。

「ああ……うう……そっちが攻撃してくるから……ドラクラットを甘く見るから……私は……」

 少年の死体の傍らでエリアは涙を流した。

 血にまみれた彼女を、エマーヘルたちが野原で見つけたのはそれから五分と経たぬうちであった。辺りに散らばる人間を見て、二人はここで何があったのか、彼女の身に何が起こったのかを察し、これからの旅の行く末を案じた。

 旅に出て既に彼女は二度も災難に遭遇している。この短期間でこれだけのことが起こったということは、何年かかるかもわからないこの先でどれほどの悪いことが待ち受けているのだろうか。

「これが闇竜族の呪われた宿命だとでもいうのか?」

 彼は転がっている一組の男女が生きていることに気づき、その手足を彼らの身に着けていた服を使って縛りながらそう嘆いた。呪われた一族であることには違いない。だが、彼女はあまりにもその生が重すぎる。僅かに一月で故郷と家族を失い、キニエイテンテス村では重傷を負い、今こうしてリガーラの蛮族に襲われてしまった。サリエナ村でも、恐らく良いことはあるまい。

「エリア、汚れを落としましょうか」

 運んでいた水を持ってくると、ライマは口を開こうとしない彼女の上着を脱がせ、ザブザブとその血を落とすために洗った。セジエはその特殊さ故に、布の状態でも血や汚れがこびりつきにくい性質を偶然にも持ち合わせていたために、水だけでも十分に血を落とすことが出来た。彼女は服を絞って水を抜くと乾かすために預かっておくことを伝え彼女の傍を離れる。

「エリアは相当に傷ついているようです」

 彼女はエリアの方を目の端でとらえながらそっとエマーヘルに耳打ちをする。

「しかし」

 彼は言葉を続けるか迷った。ライマは急速にエリアに心を開くようになっておりもしここで続きの言葉を言えば、彼女が腹を立てる可能性もあった。旅が始まったばかりで自分たちの仲に亀裂が生じるのは望ましくないと考えた彼は、言葉を飲み込んで別の言葉を発した。

「……生きている。それだけで救いだ」

「そうです、よね……」 

 ライマはうつむいて足元の石ころをちょっとだけ蹴った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ