Il monte Vesuvio(ヴェスヴィオ火山)
十二機の最新鋭単葉全金属性双発複座型重戦闘機オーバーハリケーンは、不調など知らぬと言ったすまし顔で空は上空二万フィート前後を飛行していた。エンジンは好調に回転しており、エンジン音は安定して雑音を奏でてはいない。このレシプロのエンジン音がヒューは好きだった。だからこうして努力を重ねパイロットになったのだ。飛行機であれば何でもよく、水上機でもドン亀輸送機でもまったくもって構わなかった、とにかくこのエンジン音が間近で聞くことを望んでいたのである。
〈高度を下げよう。雲の下に出て現在地を目視で確認する〉
隊長機からの通信が入り、後部座席ではパラパラと地図を広げる音が聞こえる。それとほぼ同時にパイロットたちはフラップを用い、機をロールさせることなくゆっくりと高度を下げていく。眼下に広がっていた雲海が見る見るうちに迫っていき、遂にその中へと突入した。視界は真っ白に染まり、風貌には大量の水滴がまとわりつく。エンジン熱を利用したエアコンが効いているはずのコックピット内も、高度があった時よりもどことなく寒気を覚える気がするのは気の持ちようのせいだろうか。
高度計の針は振動で微かにぶれつつも、しっかりと高度が下がっていることを表している。そして雲の中を抜けた先に広がっていたのは、荒れ果てた大地であった。
かつての戦争で薙ぎ払われたこのイタリアの大地は、ほんの二百年ほど前まで放射能に覆われており、人間が住むことは不可能であった。しかし、大地と植物と微生物との力による再生によって二百年の間に生物が問題なく住めるほどに回復していたのだ。その証拠に、かつて灰色だった大地には草が一面に広がり、木々もちらほらと正常な姿でその背丈を伸ばし始めていた。
今空を飛ぶ彼らに、ここにかつて何百万もの人々が暮らし、行き来していた大都市であったことを知るものはいない。だが、彼らにとってここは新たなフロンティアであった。人類が育み、滅ぼした土地を自然が戻し、そしてまた人類が育む。このサイクルもまた定められた自然の巡りなのだろうか。
南の方にはヴェスヴィオ火山がかつての勢いを失い死火山と化しており、未来永劫噴火することはない。この火山がいつ、何故死んだのかも誰も知る由も無く、ただかつて存在していた記憶は、灰と共に虚空に消えた。
「ん?」
ヒューはふと地上に動くものを見つけた。動物くらいならよく動いているが、それは実に激しく動いており更に追うものと追われるものの二つであることが分かった。それは全機とも確認していたらしく、少しずつ地上の動きに接近させていった。
「あっ」
やがてはっきりと見えるほどにまで降下したころ、ヒューはそれが車が馬に乗った集団に追われている姿だということが分かった。車は荒れた地面のせいでその速度を発揮できておらず、馬に追いつかれて攻撃を受けていた。
この時点で彼はどうすべきが既におおよその判断がついていた。
(馬の方を攻撃する)
その判断は当然アルヴィネン大尉も下していたようで、間髪入れずに一番機から無線で馬に乗った方を攻撃するように命令が出された。
〈追われているのは我が軍の車両である!同胞を新鋭機をもって救うのだ!〉
無線機からは野太い雄叫びが装置を壊さんばかりに轟いた。
何故彼らが車の方を救うべきかの判断をすぐに下せたのか、理由は二つである。
まず一つ目にこのご時世車をまともに運用できるものなど限られている。第二に、近づいてわかったことだが逃げているのは現用のシュバステン全軍共通で運用されているツンドラという車両であったことだ。
「准尉、気を付けてください!」
伍長が注意を促す。彼の言いたいことはわかる。味方と敵は接近しており、威力の高いオーバーハリケーンの機銃で誤射をしてしまわないようにとのことだろう。彼にもそれが気がかりであった。何せ初めての戦闘機で、初めての空戦。機体も新鋭機で扱いには全く慣れていない。そんな状況でうまく味方を躱して敵だけを撃たねばならぬのだ。これには彼以外のパイロットたちも攻めあぐねていたようで、接近はしてもトリガーを引くことが出来ずに引き返すということを繰り返していた。
一方地上の方はと言うと、突如蛮族に襲われ味方を失いつつ命からがら逃走していた矢先に、味方のマークを抱いた飛行機の集団が現れたのだから、涙をあふれさせながら神に感謝をしていた。そして追っている方はというと、生まれて初めて見る轟音を上げて飛ぶ鉄の鳥の化け物に混乱して、槍を振り回してはまったく届かない攻撃に余計頭をこんがらがせていた。




