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Schwarz Drache ~黒き竜の少女と果て無き旅の果てに~  作者: 戦艦ちくわぶ
Ⅰ La ragazza nera(黒き竜の乙女)
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Full Wing(纏いし空)

「朝かあ……」

 倉庫での三日目が始まった。隣りにはクイリが体を丸めてまだ眠っているままで、その顔を見ると昨日は見せなかったとても安らかな顔を浮かべていた。そんな彼女の幸せを願いつつ、用を足そうと部屋の外に出た。昨晩は結局水浴びをすることもなく眠ってしまったから、部屋を自らの意思で出るのはこれが初めてである。廊下は静けさを保っており、まだ外の空気も温まっていないようで涼しさが顔を撫でる。

 時折足音が響くのは、恐らく上では朝の食事でも作っているところではないだろうか、と考えてみる。ムゥロでは朝は一日のためにしっかり食べて力を付けろとよく両親から言われていた。決して裕福ではなかったため質素な食事ではあったが、それでも皆と食べる食事は、当時は特に何とも思ってはいなかったがあれは素晴らしいことだったのだと失って気づいた。今更遅い。

 トイレは水浴び場の隣に隣接している。トイレ自体は非常に原始的で、穴の開いた石の板に座って用を足す。排出されたものはそのまま下に落ちるのだが、ここからは工夫されており、川の水を引いてきて傾斜のついた水路を下につくってある。そう、下水道があるのだ。どこもこう言った作りではないと思うし、村長の家くらいかもしれないが、ムゥロよりも進んだ施設があることにかなり驚いていた。ムゥロでは下の穴にため込んで置き、肥料屋がくみ取りに来るのだ。臭くてエリアは嫌いだったが、ここのトイレは清潔で好きだった。

 というわけでトイレに向かおうと廊下を歩いていたところで、背後に気配を感じた。感じた時にはもう遅かった。鋭い痛みが頭に一瞬で広がり、視界は真っ暗になった。




「いった……」

 エリアは痛みで気を失ったように痛みで目を覚ました。それは頭部のそれではなく、今自分の腹に食い込む足によるものであった。

「おっげええ……」

 前のめりになって腹を押さえるが、更にもう一発今度は左肩に蹴りを入れられたのだ。

「痛いっ!なに、なに!」

 何故こんなことになっているのか理解できない。顔を上げると、四人の男女が彼女を囲んで見下ろしていたのだった。一目でわかる、自分を快く思っていない村のドラクラットだ。四人は侮蔑や笑冷たいを含んだ顔でそれぞれこちらを見ており、そこに人の心は感じられなかった。

「お前が闇竜族だろ?俺初めて見たよ」

 先ほど腹を蹴った長身の若い男が足でエリアの脇腹を小突きながらそう言った。

「や、やめて……」

 痛みに顔を歪ませながらも苦しそうに頼むが、四人はそれを笑ってはねつけた。三十くらいの黒人の女が首を横に振りながらなじる。

「お前さ、闇竜族は生きてちゃいけないって知らないわけ?」

「お前のとこのガキは闇竜族じゃなくてよ、よかったなボルデア」

 と、中年の男がそう彼女に言ったのを、エリアは耳を疑った。

(母親?人の親の癖にリンチをするの?)

 どういう神経をしているんだと、彼女は受け入れられなくて苦しむ。

「止めとくれよ、縁起でもない」

 ボルデアと呼ばれた女は、実に軽やかに笑って返している。その笑みの出どころを、彼女は知りたかった。

「だがな、お前は予知のために殺しちゃなんねえと来てる。ハッ、笑わせんな闇竜が救世主だ?酷い冗談だよオイ」

 もう一人の若い体の逞しい男が、足でエリアの頭を背後の木に押し付ける。

「いっ、やめ……」

 涙が、滲む。このままでは無事では済まないどころか、殺されかねない。しかし、竜にすらなれない自分に何ができようか。それに多勢に無勢だ、これが人間四人を相手なら全員ぶっ飛ばして逃げることもできなくもない。しかし……

「オラアッ!!」

 胸に蹴りを入れられ、胸の中の空気が消滅する。

「ッガ!!ハッ!!」

 うずくまるエリアに、四人は容赦なく暴行を加え始めた。次々と力強いドラクラットの蹴りが体中に入れられ、エリアはうずくまるほか為す術はない。そうして蹴りが終わったかと思うと、今度は襟元を掴まれて腹、顔面、いたるところを殴打される。昨晩食べたものが、一斉に逆流し吐き出した。

「うわっ、汚えなあ!」

 吐瀉物の一部が、逞しい方の男の足にかかってしまったらしく、今まで以上の力でエリアは殴り飛ばされ数メートルほど森の中に転がった。

 もはやピクリとも動かなくなったエリアに対し、四人は暴行を止めるような気配は見られずそれどころか怒りを増して歩み寄ってきていた。

 本当に殺される。本能で感じる、だが指一本すら動かせない。まだ復讐も果たしていないのに、救世主とやらに担ぎ出されてすぐリンチで死ぬ。

(そんな馬鹿なことって……ある?)

 微かに呻き声を上げるばかりで、声は出ない。ライマもエマーヘルもきっと気づいていない。今はもう竜に変身する衝動すら湧き上がっては来なかった。霞む視界に映る四人の足を見て、目を閉じる。

(マンマ……)

 


 それは木の裂ける音であった。レンガが砕け、獣の咆哮が森中に轟く。火怨竜、クイリ・ケル・クエリの怒りの咆哮が、森を襲う。時間にして僅か二秒弱、四人のドラクラットは振り返って目に映った竜の巨大な顎が最期に見た光景となった。

 変身をする間もなく人間の状態のまま喰われた四人。誰かの手と足が、竜の口から噴出する血と共に大地に落ちた。竜は、クイリは数度咀嚼しミンチにしてしまうとその場にすべてを吐き出した。以前にも述べたように、竜の状態の時に物を食べると、変身を解いても自分ではない食べたもの自体は小さくはならないため、例えば人間を丸呑みしてから人間に戻った場合胃に突然人間が現れたのと同じとなり、捕食者は爆発する。そうならないために、ドラクラットは本能で食べたものを吐き出す。可能な限り、骨の一片でも。

「ク、ク…イ……」

 震える手を、目の前の竜に向かって伸ばす。

(エ、エリ……アアア!!)

 憤怒の込められた声が、脳内に伝わってくる。こんなに悲しい怒声は聞いたことがない。クイリはまだ血の滴る顎でエリアを優しくゆする。エリアは右手でそんな彼女の牙を撫でて微笑んだ。

「あり……が、とゴホッゴホッ……」

 向こうの方で騒ぎが聞こえる。流石にあれだけ派手な登場をすれば、村中が気づくだろう。もし、四人もの同族を殺したと知られれば、ただでさえ酷い扱いを受けているクイリがどうなるかは言うまでもないだろう、ならば今しなければならないことは一つ。

「クイリ、よく……聞いて」

 声を振り絞って囁く。

「一人で、逃げて……逃げ、いと……ころゴホッ、され……」

(だ、ダメ嫌……エリッリアととと、はな、は…れたくな……)

 また悲しそうな声、しかし彼女には逃げてもらわなければならない、自分を捨てて、例え一人になったとしても。

「クイリは……とも、だちだから……ハア、ハア、生きて…ほしい」

 だから、

「いつか、会お……う。ぜ、絶対……約束、く……」

 それでも飛ぼうとはしないクイリであったが、エリアのそのまっすぐな瞳を見て少し迷って、そして飛んだ。

「うっ」

 羽ばたきの風で押し流されるエリア。やがて大きな羽音は森の奥へと消えていく。どこかに身を隠して、それでまた飛んで逃げればいい。クイリは今、初めての自由を手にした。今、彼女は自らの束縛を破壊し逃げたのだ。その翼は誰よりも自由で、誰よりも空を纏っていた。

「ふふ、ふふふ……」

 エリアは笑っていた。

(うん、じゃあね。また会おうね)

 クイリが姿を消すか消さないかという頃、ようやくライマたちが駆け付け、あたりに広がる血や肉片、そして見るも無残な姿となって転がるエリアの姿を見て愕然とした。一体何があったのか、村長の家も一部が大きく破壊されてしまっている。彼らがことの真相を知ったのは、クイリがいないということを知ってからだった。クイリがどこに行ったのかを問いただされてもエリアは絶対に口を割ろうとはしなかった。ただ、知らない、とだけ伝えた。それが真実だった。

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