La Chaleur(温もりを噛み締めて)
やがて日が沈み始めた。キニエイテンテス村での二日目の滞在が終わろうとしている。エリアはこの日クイリとずっと二人っきりで倉庫の中で過ごしていた。まだまだコミュニケーションを上手くとることのできないクイリとの意思疎通は非常に困難ではあったものの、不可能ではなかったためエリアの持ち前の明るさと優しさで根気よく、尚且つクイリのことを配慮して触れ合いが続けられていた。
彼女は疑問を改めて抱く。彼女が何故迫害を受けているのか理由がさっぱりわからなかった。これほどの扱いを受けるのだから、それなりの理由というものがあるのだろうが、まだドラクラットとなって日の浅いために、自分の知らない事情やら掟やらがあったのだろうととりあえずはそう自分に言い聞かせておくほかなかったのであった。
「エリア」
背後からライマの声で呼ぶ声がした。扉の向こうにはライマともう一人誰かがいるようで、時間帯を鑑みても、そして隙間から匂ってくる香りからしても恐らく食事を運んできてくれたのだろう。
「あ、いいよ」
邪魔になっているので立ち上がって扉を開ける。すると果たしてライマともう一人使用人だろうか、女性のドラクラットが盆に二人分の食事をもってきてくれていた。ライマはいたって普通で微笑みかけてくれたが、同行している女性の方はこちらのことが気にかかるらしく、エリアを極力見ないように顔を逸らしており、一瞬ちらついた眼には恐怖の色が。だが同時にクイリの方はというと明らかに彼女に対し軽蔑の眼差しで彼女を睨みつけているのを見逃しはしなかった。クイリはライマの声を聞いた瞬間から再び会う前と同じようになってしまっており、隅で俯いて小さくなってまだ夏だというのに体を震えさせていた。
「ありがとう」
礼を述べると、二人は出ていった。ライマは出ていき様に立ち止まると明後日には服ができることを教えてくれた。それと付け加えて、
「体、洗いたいときは夜更けに出て突き当りの部屋に水場がありますので、そこで静かにお願いしますね」
「わかった、ありがと」
水浴びの扱いすらこんなものなのかと気を落とすが、それでも水浴びできるだけでもとてもありがたい。ならばクイリも誘おうと声をかけた。
「クイリ、ご飯食べたら体洗いに行こ?」
すると、彼女は酷く目線をあちこちに向け何か言いたげに口を開いたり閉じたりしている。
「どーしたの」
「あ、あああのの……」
「うん」
焦らない。彼女が言えるペースで話せるように待つ。
「いいい、いい……の?」
エリアは頷いた。クイリはでも、と続ける。
「そその、その、く、あの、あっわわっわ、た、私しし、かっ体ぁ」
そこまで言うと、彼女は目を瞑って更に体を丸めて静かに泣き出してしまった。エリアは何となくだが、察する。体を見せたくないということ、そして恐らく彼女の体に刻まれている傷の原因を思い出してしまったのだろう。こういうことばかりは、どうしてもいたたまれないし、下手に同情することもできない。
「だっ、も、もし嫌ならいいんだよ。大丈夫、クイリが嫌なら私は一人で行くから……」
彼女は震えたまま、数分だろうかそれほど経った後に落ち着いたらしく、とても小さく頷いて見せた。「そっか、わかった……」
仕方がない、本人が嫌ならば強制はできない。できれば入ってほしかったけど。かといってその返答にホッとしている自分がいるのを感じていた。きっと、彼女の体を見る覚悟がなかったのだろう。わかったつもりでも、それはあくまで「ふり」でしかなく、決して相手の気持ちを真に理解することなど他人には出来ないのだ。それが例え家族であったとしても。
「さ、食べよ……冷めないうちにね」
そう言って食事を見下ろす。食事は相変わらず質素で少ない。小麦を練って茹でた塊のようなものが皿に乗っている。もう一つは葉物を根菜と煮た煮物みたいなものだが、さっぱりなんという料理かわからない。使われているもの自体は人間のそれとは大して変わらないものであるようだが。
「あった、かいいいい」
ふとクイリの呟きで気づいた。そうだ、食事が暖かい。今朝の食事はパンと干し肉それだけ。昼は無い。エリアはここに来る前にライマの料理を食べていたので暖かい料理は食べたばかりだったが、クイリは違うのだ。ひどい扱いを受けているものがまともな食事ましてや温かい食事をとることなど叶うまい。クイリは恐る恐る皿に手を近づけては離しを繰り返しており、迷っているようだった。
「食べていいんだよ」
「ん……」
自分が食べていいのかと混乱しているようだ。エリアは頬に流れる感触を覚え、顔をサッと拭った。
「あ………」
皿をそのか細い指で持ち上げ、顔を近づけて匙で掬って、口に運んだ。練り物はゆっくりと彼女の口の中で一分近くもかけて咀嚼され、これまたゆっくりと大きく飲みこまれた。
「あう……ぐうう……」
彼女の苦しそうな呻き声とともに、頬を涙が二筋流れた。そしてまた彼女は同じようにゆっくりと噛んでは飲みこむを繰り返した。その様子を眺めながら、エリアもゆっくりと食事をとった。二人が食べ終わるまでの間、一度も言葉が交わされることは無かったが、二人の心は少しだけ、本当に少しだけだったが通じ合えていたのかもしれない。
月が、雲間からちらついている。




