Rottritto(ロットリット)
夜の木陰、ここがいずこかは誰も知らない。そんな場所で三人はささやかな焚火を囲んで夕食を取ろうとしていた。一体どうやって持ってきたのかは知らないが、ライマは鞄から金属の鍋を取り出し火にかける。中に湛えてある水は近くの池からエマーヘルが汲んできたものだ。手伝おうかと進言したが、二人からは少しでもドラクラットの文化に触れドラクラットとしての感覚を取り戻してほしいとのことで、こうしてエリアはただじっとライマの料理の様子を眺めているのだった。炎の色が黒と赤の瞳に照り返し、あの記憶を呼び覚ます。少し目を瞑り、深呼吸、心を静める。
「それは?」
ライマが鞄から取り出したのは麻袋らしい。口を開いて手を突っ込むと、彼女は細長い玉ねぎのようなものを手にしていた。
「ソキュリュウ、辛い野菜です。火をよく通すと甘くなりますよ」
「玉ねぎみたいなものかあ……」
「玉ねぎというのですか、人間の言葉では」
感心したようにライマはソキュリュウと呼んだ野菜を見て皮をむき始めた。
ちょっと形は違うけど、と付け加える。
「これを刻んで……入れます」
手の上で器用にみじん切りにするとそのまま下にある鍋にバラバラと順次欠片を落としていく。そういうやり方は父から習ったことがある。まな板を使わないから洗い物が少なく済むんだよ、でも慣れないうちはしないほうがいい。そう言っていたあの日。
「次はトリムという葉物を洗って……この下のところを切り落としておきます」
彼女がトリムといったのはほうれん草の一種のようだ。横に置いていた桶の水でちゃちゃっと洗うと地際部を切り落とし、足の上に置いた。まだ使わないようだ。
「そして今度は塩と香辛料を入れます。コイヨンとコルパッカーをこれだけ……塩……で、混ぜましょう」
何かしらのスパイスかハーブを乾燥させ細かくした粉末と、塩をある程度加えると、木の匙で中身を混ぜ始めた。十回ほど混ぜたところであっと声を上げたかと思うと、麻袋の中をあわただしく探り始めた。
「どうしたの?」
何か入れ忘れだろうか、案の定入れ忘れた材料があったらしい。彼女が取り出したのは何かの葉で包んだ塊であった。それは何かしら発酵させた食品であることは、微かに漂ってくる香りで分かる。エリアはここで不思議な感覚に捉われる。初めて嗅ぐ匂いだというのに、どこか懐かしさを覚えるのだ。そして何故か目じりを伝う感覚に、自分が一筋の涙を流していることに気づく。
「……トイチャクス……母さん、どうして僕は……」
「エリア?今なんと?」
塊を手に怪訝そうに顔を覗き込んでくるライマに現実に帰るエリア。一瞬また意識を失ていた気がする。
「あれ、私ぼーっとしてた?」
「ええ、それにまだこれの名前を言ってないのに……トイチャクスというセパリと塩とサルコウスを樽で発酵させた調味料です」
自分がトイチャクスと口にしたことすら覚えてはいなかった。
「それに、今母さんとか……男の口調になっていました」
「私が?まさか……」
まったくもって記憶にない。本当に知らないのだ。しかしライマはしかと耳にしていた。そしてそれを口にしている時の彼女は目は虚ろで、どこか別人のようなそんな気が感じられた。それは祈祷師だからこその感覚なのかもしれない。
「………」
ライマは先ほどの彼女に何か思うところがあったらしく、険しい顔をしたまま黙ってしまった。それでもしっかりと手は動かしている。匙でトイチャクスを幾分掬うと、鍋の中で撹拌する。見る見るうちにスープは茶色く染まり、例えるならコンソメスープを一回り濃くしたような色となった。香辛料と玉ねぎがよりそれっぽさを醸し出している。
(先ほどのエリアは……今まであんなドラクラットは見たことない……するとあれは一体何?わからない……エマーヘルも…………多分)
今はまだ結論は出せそうになかった。闇竜族についてはまだわからないことだらけだ。何せいま目の前にいる彼女が、ライマが人生で初めて出会った闇竜族である上に闇竜族にまつわる言い伝えは彼らが裏切り消され、追放されたというものくらいで彼らの力についてはほぼ何一つと言っていいほどに知らないのだ。竜の民は属性ごとに分かれており、それぞれに個体差はあれど能力を持っているものもいる。炎竜族なら炎を吐ける。雷竜族なら雷を放出できる。ただしそれは竜の状態でのみだが。闇竜族と対をなすと言われている光竜族は光線を発することができるのだから、闇竜族は闇を発することができるのだろうか。しかし闇を発するとは?それに先ほどの彼女のは人間の状態で起きたもので竜の能力ではない。
考えれば考えるほど混乱してきた。そんな彼女を現実に引き戻したのは、周囲を見て回って帰ってきたエマーヘルだった。
「ライマ、落ちてるぞ」
「えっ、あっ!」
気づくとせっかくゆすいだトリムを地面にこぼしていた。すぐに拾い集めると再び洗って鍋に全てぶち込む。
「ご、ごめんなさい。ぼーっとしてました」
笑って取り繕う。そんな彼女を見て笑い、座るエマーヘル。
「これでロットリットができましたよ。これは私の母から教わったもので西側のドラクラットは差はあれどこの料理を知っています」
「へえ……」
ちょっとうたたねをしてしまっていたエリアも目を覚まし鍋を覗き込む。
「いい香り……」
少しムゥロの料理みたいだが、少し違う。
「今日はこれくらいで。明日は恐らくつきますからそちらでしっかりとしたものを食べましょうね」
スープを昨日のお茶のカップに注ぐと二人に渡す。
「さ」
促され口に含む。夜は更けていく。オオカミの遠吠えが微かに遠くで夜の森を震わす。少しあたたかな夜を感じていた。




