В ногах правды нет.(座すればその先は見えてこよう)
「ちょっと待っててくれ。あんたのことを話してくっからよ」
そう言うと、ギルドールゼルはノエルを大きな石の傍で待たせ小走りで村の方へと向かっていった。
「ふう……」
歩き疲れた彼女は、ため息をつくと石に体重を預け体を休めることにした。果たして、これから自分はどうなってしまうのだろうか、その思いばかりが彼女の中にあった。果たして村人たちは一体どんな反応をしてくれるのだろうか自分に。なにせ自分は思い切りよそ者である、どうやら同じ人間とは違った種族であるようだが、生まれも育ちも何もかもが異なっているのだから、彼らの文化すら知らない。彼らの常識や文化を果たして自分は理解してやれるのだろうか、きっと、いや確実に月と比べると格段と劣った文化レベルの生活をしているだろう。機械の一つもないに違いない。
そうやって彼女は無意識の内にドラクラット達を下に見ていたのだが、それ故に彼女にそのことを指摘してもまるで気づかなかったという顔を見せてくれるだろうが仕方あるまい、何せシュバステンすら彼ら月人類から見れば遅れた文明の人間たちなのだから。
五分か十分ほど経過しただろうか。待ちくたびれ始めたノエルが地面につま先でとりとめもなく落書きを始めていたところにようやく村の方からギルドールゼルが戻ってきたが、その後ろに数名の村人を引き連れていたので彼女は若干警戒の表情を見せた。彼女の脳裏には一瞬、映画のように野蛮な未開人たちに襲われる文明人たちの姿が過っていたのだ。しかし、当然ながらそういうことはなく、それどころか彼らは彼女にとても親切に、かつ賓客として扱うことになるとは。
ギルドールゼルたちはノエルのもとにたどり着くと、彼は先頭からのき代わりに年老いた女性が現れた。額に鼠色の模様が刻まれた彼女は見た目の年の割に腰もまっすぐとしており、皺だらけの顔ながらも落ちた瞼のその奥に覗く目はしっかりと輝きを保っていた。
「ややや、あなた様が……空から来たあの大きなものに乗ってきたという光竜族の……」
「様?私そこまで偉くないっていうか下っ端っていうか……」
何故初対面にも拘らず自分のことをそうも敬って扱ってくれるのだろうか。突然のVIP待遇にどう反応すべきか困りあぐねていた彼女に助け舟を出したのがギルドールゼルであった。彼は老婆にまずは自己紹介をすることを提案すると、彼女はしまったという表情と共に口元を抑えて手元で何か指を動かしジェスチャーをした。
「申し訳ございません……あたしはアルメルカニル村の長エキューン・ゲッテ・セリウーミ・ファと申します……このギルドールゼルから光竜族の御方と出会ったと聞きまして、ええそれはもう驚いてフェグラムというものです」
驚いてフェグラムとはいったいなんなのかが気になったか、いま重要なのはそこではない。自分が光竜族という部族の一つらしいということと、それはこの部族たちの中ではどうやら階級が上の存在らしいということであった。
「あー、私はノエル・エッフィニカーリ・クィントラース……そのえー光竜族?ってのなのかな。出身は月のハトホル市……えっと……あれねあれ」
と彼女は空に薄く浮かぶ月を指さすと、村人たちは目を丸くして月と彼女とお互いの顔とを何度も交互に見ていくと、信じられないと口々に話し始める。きっとコロンブスやバスコ・ダ・ガマは未知の大陸に上陸して原住民とファーストコンタクトを取った時、こういう気分になったのだろうな、と今の自分の中にある高揚とも優越とも、不安ともとれぬ複雑な感情をかつての偉人たちに重ね合わせていた。
「そのように遠くからはるばると……クィントラース様どうぞこちらへ。リゼーリン、ピゥスク、案内を」
村長エキューンがそう呼ぶと、人ごみの中から二名の中年と若い二人の女性が現れた。彼女らはどことなく容姿が似ているため恐らく親子なのであろうが、よく見るとエキューンとも似ていることから、恐らく祖母、母、娘といった関係性なのだろう。ノエルは二人に先導され一番古そうな家へと足を踏み入れた。木と石とで組み上げられた家は、コンクリートや金属で造られた街で生まれ育った彼女には、まるで歴史の教科書の中に飛び込んだかのように新鮮で、とても貴重な体験に思えた。
家の内装もこれまた歴史博物館のようで、木彫りの置物に蔓で編んだ篭、機械で全自動で織られてない、人の手で織られた絨毯。彼らの身に着けている服や装飾品もそうだった。よく見ると彼らは皆は顔と同じような模様が刺繍された服を身に纏っており、木を削ったり薄く伸ばした金属を加工したネックレスや腕飾りも、本当にどれも一つ一つが月にはない映像でしか見られなかった遥か昔の時代の工芸品に見え、自分がまるで古代の地球にタイムスリップしたかのような感覚に酔っていた。もしこの村のことを皆が知ればとても大喜びをするだろう。それに、この地で生活していくうえで、現地の住民との交流があった方が何かと便利だろう。
ノエルが案内されたのは恐らく応接室に当たる部屋であろう。中央窓際に寄せられた背の低い椅子とその周囲に均等な感覚で敷かれた薄いクッション(つまり座布団)、その周りに置かれたいくつもの特別そうな工芸品たちが、そう彼女に判断させた。
「ささ、お座りくださいな……お茶とお菓子を用意しとくれなピゥスク」
孫娘のピゥスクはハイと綺麗な声で返事をすると部屋を後にした。ノエルが座ると、隣りにギルドールゼルが腰を下ろし、向かいにはエキューンと中年の男性が座った。彼は何者だろうか、夫にしては若いから娘の夫か、それとも議員のような制度が彼らの間にもあるのだろうか。彼の正体は後程判明する。
「それでは改めまして……あたしはエキューン・ゲッテ・セリウーミ・ファ。鋼竜族銀鉱竜で、この村の長を務めております……」
「ノエル・エッフィニカーリ・クィントラース、えっとまだその私がドラクラット?というのかを知ったのは今さっき、ギルドールゼルから聞いたばかりで自分が何者なのかすらよく理解してなくて……その、皆さんと出会ったことで私が一体何者なのかを知ることが出来ればと思います」
そう、彼女の一番の目的は自身のルーツを知ることであった。そして家族と近所の同じ模様を持った者たちの真実を。
「そうでしたか……今の状況でわかることと言えば、恐らくあなたは光竜族であることくらいでそれ以上はまだあたしどもにもわかりかねます……ヘーテ」
そう言うと、エキューンは隣の男の名を呼ぶと、彼は一度喉を鳴らすと自己紹介を始めた。
「初めまして、光竜族の若きお人。私はヘーテ・ヴァンダンダァと言います。この村で歴史を纏めているものでして、歴史の書物を改めて編纂しております」
「歴史家なんですか!それは是非お話し聞きたいです!」
「ええ、勿論ですとも。我々の歴史は多くが失われてしまいました。ですから出来るだけ多くのドラクラットに知ってもらい、伝え続けねばならないのです」
歴史が失われたとはどういうことだろう。そのことについて聞きたいところではあったが、ひとまずは本題から始まることとなった。それは、ノエルたちが来た理由、そしてドラクラットという種族についてと。
ノエルが北アメリカ大陸でドラクラットと接触する少し前、シベリアの大地に一頭の黒き竜が舞い降りていた。疲れ切りボロボロとなった竜は地面に墜落するように着陸すると、そのまま動かずまるで死んだように眠り始めた。その内に竜は変身を解き竜が消えた後に残されたのは、一人の黒い髪と服をした少女であった。体中に傷を作りあちこちに衰えが見られる彼女の眼の下には深い隈が刻まれており、如何に彼女が疲弊していたかが想像できた。そこに、何かを引き摺る音と共に、何者かが彼女の頭の近くに立った。何者かは少女が生きていることを確認すると、彼女の体を持ってきた木の板に植物の蔓で縛り付けそのまま引き摺り始めた。小さな木の板では下半身が丸ごと飛び出していたため、彼女は半身をずるずると地面に引きずられながらどこかへと引っ張って連れていかれたが、よほど疲れていたのだろう。彼女はそれでも目覚めることは無かった……




