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堕天使の肖像 終章「悪魔の取引」

 モマンカンパニービルから天へと光の筋が昇って行くのが見えた。

「おもしろいことになっているようだな」

輝く銀色の長髪を風圧になびかせながら、煌びやかな法衣に身を包んだ長身の男は、そう楽しそうに言った。

 この光景をビルの近くから見ていた男はファウストだった。

 ビルの上空まで上がった堕天使は身体を大きく広げ力を解き放った。見えない力の風によって夏凛の身体は大きく飛ばされてしまった。

 上空五〇メートルの高さから落下し、ビルからだいぶ離れた所に軽やかに着地した。

 夏凛はあからさまに嫌な表情をした。

「なんで師匠がいるの?」

夏凛の視線の先にはファウストが微笑を浮かべ立っていた。

「仕事に来ただけだよ」

「帝都政府のエージェントは師匠意外に何人動いてる?」

「私だけだ。この兼に関しては、処理できる人物は私しかいないからな」

 自信満々の笑みを浮かべるファウストに対して、夏凛は上空にいる堕天使をビシッと指を差し言った。

「じゃあ早くやっつけちゃってよぉ〜」

「私とて奴を倒すのは無理だ、絵画自体を封印するのが限度だな」

「じゃあ早く封印してよ」

「ふっ、今言っただろ『絵画自体を封印するのが限度』だと。外に出た奴の力はオリジナルに匹敵する、まさに破壊の神だ。私にできることは絵画の中でおとなしくしてる奴を封印するだけだ」

「はぁ!! んだと、このインチキ魔導士、一〇〇〇以上生きてるクソジジィが!!」

 夏凛の態度が急に急変した。それを見たファウストはニッコリと笑った。

「それでこそ夏凛だ、そちらの方が君らしい。それに私に向かって『クソジジィ』は失礼だぞ、これでも身体と心は二〇代のままだ、ふっ、出来の悪い弟子にはお仕置きをしなくてはな……」

 そう言うとファウストはどこからか杖を取り出し天に掲げた。杖の先端に取り付けられた蒼い魔玉が煌めいた。その瞬間夏凛の身体が地面に吸いつけられるように引き寄せられ、腹ばいの状態で地面に身体を強く叩きつけられた。

「ぐっ……何すんだジジィ!」

 冷ややかな目でファウストは夏凛のことを見下すように見た。

「君の身体に悪魔との融合手術を施したのは私だ。その際に行った魔術によって君の身体は決して私には刃向かえない」

「ざけんなっ! 俺様はそんなことして欲しいなんて頼んでねぇよ、性格歪んでるぞテメェ!!」

「そんな素晴らしい身体を与えて貰っていて、その言い草はなんだ」

「気に入るかこんな身体! 早く俺様の身体を”女”に戻しやがれっ!!」

 衝撃の告白だった。夏凛はなんと元女だったのだ。

「君のその言動、その性格にはその身体の方がお似合いだ」

「クソっ!!」

 夏凛は身体を動かそうとするが、全く動かない。

「夏凛はそこで頭を冷やしていろ」

ファウストはそう言うと全神経を集中させ、レビテーションと呼ばれる空中浮遊の術を使い空へと舞い上がった――。

 その場に残された夏凛は憤怒の念が身体に底からふつふつと煮えたぎるようにして全身を沸騰させた。

「俺様はファウストの弟子でもなけりゃー、魔導士でもない、ただの被害者だっ!!」

 夏凛は確かにファウストの弟子でもなければ、魔導士でもなかった。

 夏凛には当時小さかった頃、仲の良かった近所のマナお姉さんという人がいた。そのマナお姉さんは魔導士の卵でファウストの元で修業をしていたのだった。マナお姉さんと仲の良かった夏凛はファウストの元へ遊びに行くことが多く、ある日のこと、事件を起こし夏凛とマナお姉さんはファウストの怒りを買い、罰としてある魔法実験の実験台にされたのだった。そして、夏凛は悪魔との合成手術をされ、色々な特殊能力と、それに加えて男の身体を与えられたのだった――。

「あれから一〇年近く経つけど、いつか絶対復讐してやる!」

 だが今の夏凛は動くことすらできなかった。

 ファウストは堕天使に戦いを挑む。

「人間風情が私に刃向かうだと? おもしろい」

 堕天使の身体から無数の顔を持った光が叫び声を上げ、まるでミサイルのようにファウスト目掛けて飛んで行く。

「ふっ、人間風情だと? 私はヨハン・ファウストだ!!」

 大声で叫んだファウストは身体全身から光のオーラが揺らめく風のように発され、空間を歪め堕天使の放った光を全て消滅させた。

「ほほう、人間にしてはなかなかだ」

「お褒めの言葉有り難う」

冷ややかに言うファウストの身体から白い煙のようなものが立ち上がり形を作り出していく。

 煙は徐々に美しい女性へと形作っていく――。腕の代わりに生えた巨大な翼、その姿はまるで伝説に語られる半人半鳥の美しい歌声を持つと言われる海の魔女セイレーンに似ていた。

 半透明に輝き揺らめく美しい女性は、甘える仔猫のようにファウストに擦り寄った。

「私の持ち霊のザイン、意味は剣と装甲。私の恋人だ」

「精霊を身体の中に封じて置いたのか」

 精霊は声にならない音を発した。音の波が空間に歪ませ壁のように堕天使に押し寄せ潰そうとする。

 音の壁は円筒形の筒のように堕天使を取り囲んでいる。その壁に押し潰されまいと両手を広げ、力を込める堕天使に精霊は翼を大きくはためかせ、剣のような羽根を何百本発射した

 鋭い剣のような羽根は空気を切り裂きながら、音の壁を突き破り硝子が粉々になるように砕け散り、そして羽根は堕天使の身に突き刺ささる。

 堕天使は慈愛の笑みを浮かべていた。その身体には無数の羽根が突き刺さり剣山のようになってしまっていて、さながらそれは拷問のようである。しかし、血は一滴も流されていない、それどころではない、羽根はなんと堕天使の身体に取り込まれていくではないか。

 美しい精霊は声にならない咆哮を上げ堕天使に襲い掛かった。

「格の違いというのを知らんらしい」

 そう言った堕天使は片手を上げ、手のひらを襲い掛かって来る精霊に向けるとグシャリと何かを潰すような動作をした。すると驚くべき出来事が起きた。なんと、堕天使の手の動きに合わせて精霊の身体がグシャリと潰れてしまったではないか!

 そして、もっと驚くべくことに天使の腕がぐぐっと伸び、潰された精霊を鷲掴みにすると手を戻し、信じられないほどの大口を空けるとその中に放り込みむしゃむしゃと咀嚼をして飲み込んだ。

「何の足しにもならんな」

「まさか精霊を喰うとは!?」

 堕天使の力は人間の手に負える物ではない、圧倒的な力だった。しかし、『帝都の申し子たち』と呼ばれるひとりであるはファウストは果敢にもそれに立ち向かった。

「神への反逆者、ふはははは、おもしろい。おもしろい、このファストを楽しませておくれ」

 この帝都には『帝都の申し子たち』と呼ばれる人々が存在する。彼らの力は人間のチカラとは思えない能力を兼ね備えていて、多くの謎が持ち、まるで帝都の為にあるような人々。帝都と共にある、それが『帝都の申し子たち』だ。

 ファウストは内に秘めていた力を解放した。閃光が彼の身体からまるでミサイルのように次々と堕天使に向かって蛇のようにうねりながら飛んで行く。

 しかし、その攻撃は全て堕天使の身体へと吸い込まれて行く。だがファウストにはそんなことわかっていた。

「まだだ、まだだまだだまだだっ!!」

 大声を張り上げるファウストの身体からナイトの形をした精霊から大蛇の怪物の形をした精霊までありとあらゆる精霊たちが次々と放たれ堕天使に襲い掛かる。

 襲い掛かる精霊たちを堕天使は向かい討ち、次々といとも簡単に消滅させて行く。しかし、ファウストの攻撃は無駄ではない、確実に堕天使身体は少しずつ傷付けていっている。

 堕天使が怒号の咆哮を上げた。怒りでその全身は紅蓮の業火に包まれ、髪は獅子のように荒立ち、獣のような両眼は紅く変わりファウストを睨み付けていた。

「許さぬぞ下賎な人間風情がっ!!」

 怒りで逆上した堕天使は風を切り裂きながら移動し、ファウストを己の爪で切り裂いてやろうと襲い掛かった。

 ファウストはすぐさま防護壁を魔法で構築し堕天使の攻撃を待ち構える。がしかし、防護壁はいとも簡単に堕天使に八つ裂きされファウストごと切り裂いた。

 防護壁のお陰でだいぶ攻撃を軽減できたが、ファウストの胸は切り裂かれ鮮血が大量に噴出した。彼の受けた傷は重傷だった。

 魔力を維持しきれなくなったファウストはゆっくりと地面に着地し、そのままよろけるようにして地面に背中から倒れた。

 堕天使がファウスト目掛けて急落下をはじめた。堕天使はこのまま落下しファウストの心臓を爪で突き刺し、抉り取るつもりだった。しかし、爪が心臓に突き刺さる寸前ファウストが呟いた。

「いいのか私を殺しても?」

 心臓を突き刺そうとした手は止まり、全身も止まった。そして、姿は絵画から出てきた時と同じように美しい姿に戻っていた。

「どういう意味だ?」

「私はお前の秘密を知っている。お前ははあくまで絵画から出て来た偽者であって本物では決してない。言わば張りぼてのようなもの。魔導を使うたびに身体は衰弱し、普通の方法では傷すら癒すことができない」

「何が言いたいのだ?」

「傷を癒す為には一度絵の中に戻り、誰かが絵の中に一緒に入り魔導を駆使して絵を修復してもらう必要がある。そう私は聞いた」

「確かにそうだ」

「この世界にはもう私以外にお前を修復してやることのできる奴は存在しない。取引をしよう」

 窮地に追いやられたファウストは取引を持ちかけ堕天使の虚を突いた。

「私と取引だと」

「ああ、魂の取引だ。君たちは好きだろう人間との契約が」

 古来より悪魔たちは人間との間で数多くの取引をしてきた。悪魔たちはむやみに人間の魂を奪うことはない。願いを叶えるなどという誘惑のもと、人間との間で自由意志によって契約を交わし代償として魂を奪う、決して悪魔は強引な取引はしない、それがスマートな悪魔のやり方だ。

「取引の内容を言え」

「私と賭けで勝負をしよう。私が負けた場合は未来永劫地獄の楔に魂を繋がれ、お前の絵を修復し続けよう。ただし、私が勝った場合は速やかに絵の中へ戻れ、そして、私は再びお前が出てこられないように封印を架ける」

 果たして堕天使はファウストの取引に応じるのだろうか?

 ややあって堕天使が口を開いた。

「賭けの内容は私が決める」

「いいだろう」

「あそこに男がいるだろう」

 後方を振り向き堕天使は、遠くで地面に這いつくばる夏凛を指差して話を続けた

「あの男に一番求めているもの、一番欲しいものの幻影が魅せる。その幻影に手を決して触れてはいけない。触れずに出口を出れば私の負けだ」

 賭けの命運を分けるのは夏凛だった。

 堕天使はどこからか羊皮紙で作られた契約書を取り出すとファウストに手渡した。ファウストはそれを片手で受け取ると地面に寝転びながら目を通した。

 契約書はヘブライ語で記され、契約についてこと細かく書いてあった。その契約書にひと通り目を通したファウストは自分の親指の皮を噛み切り血を出し、契約書にサインした。

 ここに悪魔との契約は成立した。

 堕天使は契約書を取り上げると口の中に放り込み胃の中に保管し、夏凛の元へと歩み寄った。

「契約の話は聞こえていたか?」

「もちろん」

「ならば話は早い。開かれた黄金の扉が出口だ」

 堕天使は夏凛の傍らにしゃがみ込み笑みを浮かべると、夏凛の目を覆い被すように優しく片手を当てた。

 視界を閉ざされた夏凛は眠気にも似た感覚に襲われ、そのまま意識を失った――。


 どこまでも白く何もない空間。しかし、そこは居心地が良く、心温まる場所だった。

「ここが幻影?」

 夏凛はスカートの裾をふわりと巻き上げながら一回転し辺りを見回すと、開かれた黄金の扉があった。あれが出口だ。

「何が出てきても触れてはいけない……」

 さっさと外に出てしまおうとした夏凛であったが、出口のすぐ横の空間の中から何かが滲み出すように出てくる。何が出てくるのかと夏凛が目を凝らしていると、それは徐々に人間の姿へとなった。

「兄さま!?」

 夏凛の目の前に現れたのは、なぜか上半身裸で両手をいっぱいに広げている時雨だった。

「夏凛愛してるよ、さあボクの胸に飛び込んで追いで」

「兄さまぁ〜」

 夏凛は時雨の幻影に駆け寄り、あっさりと抱きしめ押し倒した――。


 ――夏凛が現実の世界に戻ると彼の目の前には絵画あり、その中に堕天使とファウストの魂だけが入って行くのを見た。

 賭けに負けたのだ。

 夏凛は直ぐに絵画を壊してしまおうとして大鎌を構え絵画に斬りかかったが、大鎌の刃は絵画との距離を数ミリにして止まった。絵画には結界が張られていて手も足もでなかった。

「クソッ、どうなってんだ!?」

 戸惑う夏凛の目の前で、信じられないことが起こった。突然、抜け殻であった筈のファウストが動き出し、夏凛を押しのけて呪文の詠唱をはじめたのだ。

 ファウストの魂は、まだ、この世界にあったのだ。

 事前にファウストの身体の中には人工魂を入れてあった。そして、天使と絵の中に入って行ったのはその魂だった。

 そのことに気付いた堕天使は狂気の形相でファウストを殺そうと絵画から出ようとしたが、それはあと一歩の所で失敗した。ファウストの術が完成したのだ。

 絵画に封印を架け終えたファウストは、それが最後の力だったらしく地面に背中からバタンと倒れ気を失った。

「やっと仕事終わったぁ〜、でもこれからもう一つの仕事だよぉ〜っ!!」

 夏凛もまた、そう叫ぶと地面に背中からバタンと倒れて気を失った。

 天高く輝く太陽の光は、静かな寝息を立てる夏凛をいつまでも優しく照らしていた――。


 絵画はその後、帝都政府の管理の元に帝都のどこかに厳重に保管されているという。

 保管されている絵画には凄い形相をした天使が描かれ、その絵からは何かを握り締めようとする右手だけが外の世界に出ているというが、これはあくまで噂であり、真実とどうかまでは定かではない――。


 堕天使の肖像(完)

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