トレーニング
「なぁ小野。」
「なに?」
小野との下校。昇降口。トレーニング二日目が終わり、明日は土曜日で休みのはずなのだが、トレーニングだとかでゆっくりできない。別にトレーニングがきついわけではない。だが・・・・・・。
「いい加減、何をやっているのか教えてくれよ。」
「・・・・・・、だめよ。」
これだ。俺はトレーニングが何の意味があるのか知らずに、ここ二日間、水の能力者である稲木が作った水に対して能力で引き寄せることばかりをしている。たまに雷の能力者である小野が真剣に水に対してバチバチさせているので、何かを測っていると思うのだが、まったくわからない。
「貴方が知ることではないわ。むしろ知ると己の限界と決めつけてしまう恐れがあるの。」
「自分の限界を知っておくのは大事だろ?」
「そうね。でも、能力と言うのは」
小野が言おうとしていた口を閉じる。
「うんうん、僕の言ったこと、分かっているらしいね」
「椎名先輩・・・・・・。」
小野の目線の先には僕という一人称だが、ツインテールの女の子がいた。三年生か。
小野と豊崎は身長が低い方だが、この女の子はそんな二人よりも小さかった。
「常に疑いな、『最弱』の僕よ。」
俺に向けて、びっと指をさす。
「先輩、最弱ですか?」
小野が不思議そうに尋ねる。
「こらこら、そういうのは自分で考えなさい。」
ぷんすかと小野に対して怒る女の子。再びこちらを見てくる。
「君たちは創造主。クリエイターだ。想像しな。でなきゃ、素晴らしい創造なんてできないよ。」
それだけ言って、とてとてと去っていった。意味が分からない。
「最弱、・・・・・・弱い?」
ぶつぶつと小野が呟く。
「なあ、あの先輩って?」
「三年生の椎名千代子。不思議な・・・・・・先輩よ。何らかの能力者だと思うのだけれど……。」
「あの先輩もトレーニングしたのか?」
「・・・・・・。」
小野がしばらく黙り込んでいたが、
「やってないわ……。何? トレーニングに不満がおあり?」
と、きつい言葉が返ってきた。
土曜日。近くの海辺でトレーニングを行う。田舎なので、休日といえどもそこらの海辺に人はいない。だが念のため人が来なさそうな穴場の海岸を使う。一応、小野が監視をしているらしいが。
「んじゃ、始める。」
水の能力者である稲木が水で形を作る。その形は、・・・・・・人かな?
「今日は何をするんだ?」
「実践。」
水がゆらりと動き、その手のようなものを振り下ろす。
「んなっ!?」
とっさに横に避ける。
「実践? 実践て何?」
「そのまま。ちなみに、当たると結構痛いらしい。」
水の攻撃をかわす。というか逃げる。
「逃げてはダメ。」
能力を使えってことか。振り返り、人型の水と向き合う。
能力を使えるようになってから、ただただぼーっとしていたわけではない。その応用を考えてみたんだ。
ただ遠くのものを引きつける能力だけど、これが俺の能力ってんのなら、こいつでやるしかねぇだろ!
水の攻撃をかわした後、拳を顔っぽいところにぶつける。
ただ殴るだけではない。相手の顔を能力で引きつけながら殴る。この引きつけた力の分、威力が増す。また、これで相手の体勢、タイミングをずらすことが出来ると考えた。
「痛って!」
というか、水が予想以上に痛かった。人と違って心は痛まないけど。あと、これは本来対人戦用に考えたものだ。
拳が人型の水の頭に入ると、バシャッと音を立てて崩れ落ちた。
「・・・・・・。」
稲木がちょっと不満そうだ。多分能力を使ったことを分かってないんじゃないだろうか。
「次。」
新たな人型が作り出される。
さっきとなんか違う?
あ、なんか水が中で動いている気がする。
「あの、これって。」
「触れると腫れる。」
恐ろしいことをさらりと言う子だ。
しかし、どうすれば。
さっきの奴でも、もう殴りたくなくて蹴りで行こうと思ったが、こいつはもう触れたくない。
なぜ俺の能力は引きつけるだけなんだ。どうせなら念力で対象物をいろいろ操作したかったぜ。
攻撃をかわしながら、攻撃を考える。
でもまあ仕方ねぇよな。こういう能力なんだよ。
すぐに弱気になった自分をふっきる。
引きつけた力を利用したい。
・・・・・・さっきと逆をするか。
相手の攻撃を読み、そいつに引きつける力を加え、相手のタイミングと勢いを狂わせる。
「ぐっ」
ミスを連発し、手とか腕とかを殴られ、というより打ち付けられて痛い。
相手の攻撃の速さを読み、引きつけを止めるタイミングを見極めなければならない。
相手の攻撃を受け流す。勢いをそのまま相手に返す。利用する。
成功した。やっとの思いで成功した。しかし、成功したはいいものの、あまり相手の体勢が崩れるわけでもなく、人型がぐらぐらと揺れるだけだった。
「いい。その感じ。」
稲木から褒め言葉を受ける。良かったっぽい。
「おなかすいたから休憩・・・・・・しよ。打ったところを冷やす。こっち来て。」
稲木の作り出した水で冷やしてもらうのではなく、海の水を稲木の能力で浮かして持ってくる。
「え、塩水は染みるんじゃ・・・・・・。」
「大丈夫。これは純粋な水。」
腕から手を水が包む。どうやらこれも稲木の能力か。
「こんなこともできるんだな。」
「最初からは出来ない。出来なかった。『そうぞう』すれば出来るようになる。」
稲木がランチボックスを開けて食べ始める。
「つまり、俺も引きつけるだけじゃなく、引き離すこともできるのか?」
「それはちょっと本質とは違う気がする。っと、これは言ってはいけなかった。」
稲木がサンドイッチを俺に突きつける。
「おお、ありがとう」
それを手で受け取ろうとすると、水が急に締め付けてくる感覚に襲われる。
「いでで」
「違う。・・・・・・あーん。」
稲木が表情を変えずにそんなことを言ってくる。いつも通りの眠そうな目。
しかしまあ、・・・・・・恥ずかしい。
「あーん。」
稲木がせかすように追い打ちをかける。
「あ、・・・・・・あーん。」
稲木は俺がサンドイッチを何口かで食べ終わるのを待ってから、自分もサンドイッチを食べる。自分が食べ終わると、
「あーん」
と、またやってきた。
「ま、また?」
「・・・・・・おにぎりがいい?」
稲木がきょとんとした感じで尋ねる。俺の意図は伝わらなかったようだ。この恥じらいのなさは幼なじみの豊崎に似ている気がする。
「いや、サンドイッチで・・・・・・。」
食べ終わって、波打ち際で稲木としばらくくつろいでいると、小野が様子を見に来た。
「美穂ちゃん・・・・・・、お昼食べるなら呼んでほしかったわ。」
小野ががっかりした表情を浮かべる。
俺もすっかり小野を忘れてしまっていた。ただ、あの場面を見られなくてよかったなと思った。