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私の邪悪な魔法使いの友人  作者: ロキ
シーズン1 魔法使いの塔
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第八章 2)光の中の魔族

 プラーヌスの所有物であるこの塔は、隅から隅まで闇に包まれ、真昼であってもランタンなしでは歩けない場所がばかりだ。

 プラーヌスは魔法使いだから、闇と親近性が高くて、一般的には住み良いとされる住居空間、たとえば風通しが良くて日当たりの良いような部屋より、こういう住処が性に合うのかと私は思っていた。

 そういうわけで、プラーヌスの私室は真っ暗でジメジメとしていて、何とも居心地の悪い部屋なのではないかと予想していたのだ。


 しかし私のぼんやりとして予想は大きく外れた。

 部屋の中は蒼白い光で満たされていた。

 その光は少し眩しいくらいで、巨大な満月が三つも四つも並んでいているかのように明るかった。

 部屋の二方に巨大な窓があり、部屋はそのまま外部と通じているかのようで、美しい夜空が直接目に飛び込んでくる。

 はっきり言って、かなり居心地の良さそうな部屋なのだ。


 「一応、ここが僕の仕事場だ」


 プラーヌスが言った。「ここで魔界とコンタクトを取ったり、魔族と交渉している。いわば塔の中心部だ。」


 「どこからこの光が?」


 私は眩しさに目を細めながら尋ねた。「プラーヌスの部屋がこんなに明るいなんて意外だったよ」


 「温度のない光、魔法の光さ。魔族と交渉するには、魔法の言語を読んだり、書いたりしないといけない。それなりの光が必要なのさ」


 「魔法でこんなことが可能なら、塔の中全部をこの光で満たしてくれよ」


 「そうだな、考えておこう。とりあえず君の部屋にはこの光を分けてやってもいい」


 広い部屋で、窓も大きくて、開放的な雰囲気がある。

 とはいえ、天井はそれほど高くなく、剥き出しの石壁も他の部屋と変わりない。プラーヌスの仕事場と言っても、それほど特別な部屋という感じはしなかった。

 プラーヌスもそれを自覚しているのか、言い訳するように言ってきた。


 「他に良い部屋がなかったのさ。この二つの大きな窓が気に入ったから、この部屋にしたのだけど。塔の主である僕の部屋として相応しいとは思えない。一刻も早く、優秀な建築家や大工を雇わなければ。僕の部屋はもちろんのこと、塔の全部を改造する。そういう職人も、きっとルーテティアにいるだろう」


 部屋の中央部に、とてつもなく大きな鏡の板が置かれていた。

 それが異様で、ここが普通の部屋ではないことを印象付けてくる。

 しかし姿見の鏡ではない。

 この前でプラーヌスが今日の衣服をチェックしたりすることはないだろう。

 縦長の一般的な形ではなく、横幅が広い楕円形の鏡だ。

 鏡は斜め上を向いていて、その鏡を見るときは覗きこまなければ、自分の仰角の顔しか映らない。


 プラーヌスはその巨大な鏡の板の前に立ち止まった。


 「正式な契約を取り結ぶための準備は整った。もう一度、僕の呼びかけに応じて欲しい」


 彼はその鏡に向かってそう言った。すると、これまで何も映っていなかったその巨大な鏡が、ピカピカと点滅し始めた。

 プラーヌスの手招きに応じて、私は恐る恐るその鏡の前に立つ。

 魔法使いとの付き合いもそれなりに永くなった。この鏡がどのような役割を担っているのか、すぐにピンと来た。

 この前に旅で見たあの水晶球と同じようなものに違いない。どこか遠い異国と通信するための器具の一つだろう。あのときの水晶球には、様々な物が映っていた。


 「魔族が現れるぞ。奴らは本当に美しい」


 プラーヌスが私に言った。


 「魔族・・・」

 

 「魔界にいる魔族、見たことないだろ?」


 「あ、ああ」


 「ほら、来た」


 点滅していた光が消えた。それと同時に、部屋の中を満たしていた青白い光も消えてしまった。完璧な闇がプラーヌスの私室を包む。

 しかしそれは一瞬だった。

 その鏡の中から、違う種類の光が溢れ始める。

 私はあまりの眩しさに目を逸らしそうになるが、何とかしてその光の氾濫の中に視線を据える。

 確かに何者かが現れた。しかしそれが何なのか、私には眩し過ぎて見えない。


 「この塔を支配する魔族を呼んでくれ。正式に契約を結びたい。全ての用意が出来た」


 プラーヌスが鏡の中の光に向かって言った。

 私は目を細めながら、彼の横顔に目を移す。プラーヌスの横顔が、鏡の中の光を受けて橙色に輝いている。


 「隣の男は? 生け贄か?」


 どこからか声がした。

 とても低い、男性の声だ。鏡の中の何者かが、喋ったようだ。

 しかしまるで、耳の中で声を出されたかのように、直接的に頭の中に響いてくる。


 「違う、僕の親友さ。彼にも契約の様子を見せてあげるんだよ」


 「ああ、こいつがシャグランか」


 「そうさ。僕のガルディアンだ」


 プラーヌスが私に顔を向けて、光の中にいる何者かを紹介してくる。「彼とはとうの昔に、契約を済ませている」


 「ガルディアン?」


 「魔法使いは、魔族と契約を結ばなければ魔法を使うことは出来ない。その専属的な契約を結んだ魔族を、魔法使いたちはガルディアンと呼んでいる。このガルディアンは歴史的にも有名な魔族でね。彼と契約を結ぶのにどれだけ苦労したことか」


 歴史的に有名な魔族? 私はその言葉に興味を惹かれ、改めて目を凝らしてみる。

 しかし突き刺さるような光が見えるだけで、それ以外には何も見えない。


 「プラーヌス、この光が魔族なのかい? 僕にはそれ以外、他に何も見えないけど」


 「いや、違う。それは魔族の一部に過ぎない。いつか馴れたら、君もその実体の美しさを目にすることが出来るだろう。しかし声は聞こえているね?」


 「あ、ああ。それははっきりと」


 「当然、魔族は僕たちの言語を話せるわけがない。魔法のプログラムで、僕たちの言語でもコミュニケーション出来るようにしたのさ。しかしこの光はどうしようもない。だからと言って、君が馴れるまで待っていられない。契約を先に進める」


 プラーヌスはそう言って、私から視線を逸らす。


 「ところで我がガルディアン、どうして君が僕の前に現れたのだ? 別に君を呼んだつもりはないが」


 プラーヌスが鏡に向かって言った。


 「塔を支配する魔族は今、私の足元にひれ伏している」


 魔族の声が聞こえてきた。


 「君の足元だって?」


 プラーヌスが不快そうに言った。いや、少し動揺していると言ったほうが正確かもしれない。


 「そうだ」


 「では塔を支配している魔族は、君の支配下に置かれることになるのか」


 「さすがプラーヌス、物分りが良い。これから、こいつと交渉するのは私を通じてでしか許されない。


 「君が何もかも一元管理するわけか。もし僕が、それを断ったら?」


 「永遠に、この塔の魔族との契約を妨害し続けてやろう」


 「なるほど」


 「お前は受け入れるしかない」


 「わかった。しかし僕が用意した契約書と、その契約の実質が少し異なってしまうけれど?」


 「お前と塔の支配者との契約内容よりも、私との契約が優先される。それもまた契約に書かれていたはずであるが」


 「そうだね。それも受け入れる。君が介入するとはいえ、当然、この塔は僕の塔になるんだね?」


 「もちろんだ。地上でのお前の権利を、私が侵害することは出来ない」


 「ならば、何も言うことはない。全て、君の言うとおりにしよう」


 「当然だ」


 どういう状況なのかイマイチ理解出来なかったが、プラーヌスの少し予期していなかったことが起きていることは見て取れた。

 プラーヌスが会話の主導権を握られている。魔族の言うがままに、ただただ頷くだけという状態。

 あのプラーヌスが、だ。

 どうやら力関係は、相手のほうが上のようだ。私はその事実に驚かざるを得なかった。プラーヌスにも頭が上がらない相手がいたのだ。


 「では、さっさと契約を済ませよう。何より僕が欲しいのは、地上における塔の主たる権利。この塔を自分のものにして、確固たる地盤を作る。それが第一優先」


 「その目的を、お前は達しようとしている。契約は大詰めまで来た。最後の儀式に望むがいい」


 部屋を満たしていた眩しい光が消えた。どうやら先程の魔族がどこかに立ち去ったようだ。プラーヌスの部屋はまたもや闇に包まれる。


 「君に、格好悪いところを見せてしまったようだ」


 プラーヌスが少し心苦しそうに言った。


 「い、いや」


 「我がガルディアンは、かなりの曲者なのだ。僕の最高の味方にして、最大の敵でもある。奴との契約内容を改めなければ、もうすぐ僕は死ぬ」


 「え?」


 「しかしその話はいずれまた。改めて契約を始める。塔を支配する魔族よ、もう一度僕の前に現れよ」


 プラーヌスがそう言うと、再び鏡の中から光が溢れ出てきた。私は眩しさで、すぐに目を伏せる。

 さっきとは別の何かが、鏡の中に現れたようだ。

 いまいち状況が飲み込めていない私でも、その微妙な変化を感じ取ることが出来た。おそらくこれが塔を支配する魔族。

 依然として眩し過ぎて、私の目では何も捉えることは出来なかった。しかしその光の色、その強さも、これまでまでと一変した。


 「新しい塔の主よ。私をいつまで待たせる気なのだ」


 そのような声が、私の脳の中に響き渡ってくる。

 その声も、明らかに別の声だ。


 「すまないね、塔を支配する魔族殿。我がガルディアンの思わぬ介入があった。しかし正式な契約を結ぶ準備は完了した。その儀式に移ろう」


 「よし。では、まず書類を提出してくれ」


 「用意してある。これだ」


 プラーヌスが羊皮紙の束を手に取った。


 「口頭でそれを読み上げて欲しい」


 プラーヌスはその言葉に頷きはしなかったが、彼にしては珍しくとても素直な態度で、羊皮紙に書かれている言葉を読み上げ始めた。


 それは私にまるで理解出来ない言葉だった。いわゆる魔法言語というものだろう。

 この言葉に習得して、魔族と意思疎通が出来る者が魔法使いになることが出来るのだ。

 優秀な魔法使いであるプラーヌスは、その言葉に熟達しているに違いない。

 彼はその耳慣れぬ言葉で、契約書を淡々と読み上げていく。


 魔法使いの塔、ここは様々な言語が飛び交う場所のようだ。

 最も一般的に使われている言葉は、ゲオルゲ族の言語だし、それ以外にも私の知らない言語で会話が為されている。

 まあ、最近はそれらの言葉にも多少は慣れてきて、彼の言っているニュアンスのようなものが掴めるようになってきた。

 所詮、人間同士なのだ。通訳のアビュがいなくても、手振りや表情で理解可能である。


 しかしプラーヌスの発しているこの魔法言語は、本当に訳のわからない言葉だった。

 ずっと同じ言葉を繰り返しているだけにも聞こえるし、私をおちょくるため、適当なデタラメを話しているようにも聞こえる。

 その言葉に、何かルールがあるようには思えなかった。

 それなのにプラーヌスは、ひたすらその訳のわからない言葉を唱え続けていた。


 いつまで経ってもそれは終わる気配を見せない。

 どっちかと言えば忍耐強い私が飽きてしまうほどの長さだった。これだけの時間があれば、軽い朝食どころか夕食ですら食べ終えられるくらいの時間。

 魔族との契約は面白いから見に来いと言われたのに、プラーヌスは大嘘つきである。

 はっきり言って、私は退屈していた。もう少し気が強ければ、悪いけどプラーヌス、僕は寝床に戻るよ。そういって立ち去っていただろう。

 眠っているところをたたき起こされたから、欠伸が出て仕方ない。しかし厳粛な儀式でそれは禁物。私は何とか、それを噛み殺していた。


 しかし突然、その退屈と眠気が吹き飛んでいったのだ。

 ふとその光の中、魔族の姿が私にも見えるようになったから。

 その眩しさにようやく目が馴れてきたせいなのか、それとも私と魔族との間の波長のようなものが合ったせいなのか、氾濫する光の奥に、その実態を垣間見ることが出来た。


 本当にそれは美しい姿をしていた。

 あまりに美し過ぎて、私の貧弱なボキャブラリーや描写力で、それを伝えることは出来そうにない。

 痩型のスラリとした長身の人間のように見える。

 とても大きな翼が、背中にあるのかもしれない。

 伝説のあの翼人、その姿に近い。もしかして翼人の伝説は魔族に由来しているのか? ふとそんなことを思った。


 人のような形をしているが、光のシルエットしか見えなかった。

 その魔族に、私たちと同じような目や鼻や口があるのかわからない。

 とはいえ、とても優美で、思慮深くて、しかしどこか享楽的な、そんな表情が予感される。


 しかし少し時間が経つと、まるで雲のようにその形が微妙に変化していて、さっきまで見ていた形とはまるで違うものになっていた。

 翼を持ったスラリとした人間のような姿から、野原を風のように駆ける、猫科の引き締まった四肢のように見えてくる。

 あるいは花。繊細で微細な、細やかな装飾のきらめきにも。

 私はただ陶然として、その光に見惚れていた。


 眩しい一色の光だったものが、ときには黄土色、ときには褐色、黄緑色、萌黄色、紫色、群青色、浅黄色にと滑らかに変わっていく。

 その光の中に引き込まれ、光が切り替わったいく度に、自分の中の何かも切り替わっていくような不思議な感覚に包まれる。

 さっきまでの退屈はどこかに消え去っていった。いつのまにか私は、その美の中に完全に引き込まれていったと言っていいだろう。


 そのときプラーヌスの声が聞こえた。


 「契約書は以上だ。問題はありやなしや?」


 「ない。ではお前は契約の印として、私に何を手渡す?」


 「僕の左手の薬指。その機能を譲る」


 「了承する。契約は相成った」


 プラーヌスは自分の左の薬指を見つめ、満足そうに頷いた。


 「よし、契約同意に感謝する。今夜から僕が、この塔の正当なる支配者だ。塔の魔力を、僕以外の魔法使いに貸し与えることを許さない」


 プラーヌスの声は高揚していた。喜びでうわずって、子供のように弾んでいる。

 いや、喜びだけじゃない。彼は感激のあまり、涙ぐんでいるようであった。

 プラーヌスが泣いているなんて。私は驚いて彼の横顔を見つめる。


 「やったぞ、シャグラン、遂にこの塔は完全に僕のものになった」


 彼が横目で私に語り掛ける。


 「あ、ああ、良かったね」


 怒り以外の感情を、これほどあらわにしているプラーヌスを見るのは初めてだったので、戸惑いのほうが大きかった。

 何か見てはいけないものを見てしまったような感じ。

 しかし友人が素直に喜んでいるのを見るのは悪いものではない。

 きっと友情というのものは、そのような感情を一緒に共有することをいうのだろう。


 私は彼が差し出してきた手を握る。

 成功を祝う握手だ。


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