第五章 6)バルザの章6
大剣を背中に背負い、槍を携えたままのバルザは、武器を携帯したまま塔に入っていいのかと逆に問うた。
男はあっさりと頷いて、足下にお気をつけ下さいと言いながら先に進んでいった。
この男、妻をさらった組織の一員なのであろうか。
しかしさっきの馬車を運転していた若者の軽い雰囲気とは違い、思慮深げな雰囲気を漂わせている。
年齢は若者と同じであろうが、身なりも言葉遣いも丁寧で、それなりの教養を伺わせた。
どうしてこれほどの人物が身をやつし、悪に手を貸しているのだろうかと不思議に思うほどだ。
しかし人はちょっとしたきっかけだけで、悪に転落してしまう生き物なのだろう。
塔の中はまるで誘うような、怪しい香りで満ちていた。
その原因は花の香りだとすぐに気づいた。
塔の至る所に花が飾られているのだ。
階段には一段置きに花瓶があり、あるいはただ無造作に花束が置かれていたり、もしくは廊下に花弁が、秋の落ち葉のようにまかれていたりする。
花の香りは甘ったるく、バルザの頬や脇腹を優しく撫でるようであった。
まるで目に見えない大勢の女性が、近くを行ったり来たりしているかのようだ。
当然のこと、バルザは一度も足を踏み入れたことはないが、宮殿の奥の後宮はこのような香りがしているのかもしれないと思った。
しかし花が豪勢に飾られているわりには、塔の廊下や壁は冷たい石が露わなままで、後宮の雰囲気とは程遠く、ちぐはぐな感じもする。
もしかしてこの香りで五感を狂わして、不意打ちを狙っているのかもしれないとバルザは気を引き締める。
しかしこんな程度の子供騙しが彼に効くわけもない。
「この上の部屋で、塔の主がお待ちしています」
さっきまでずっと黙ったまま淡々と階段を上っていた男が、バルザのほうを振り返って言った。
「妻もここにいるのか?」
バルザは尋ねた。
「全ての質問には、この塔の主が答えるでしょう」
男はバルザを突き放すというよりも、彼自身もその答えを持っていないといった表情で答えてきた。




