第五章 5)バルザの章5
馬車が突然激しく揺れ始めたので、ウトウトしていたバルザはその衝撃で目を覚ました。
目覚めてすぐに剣に手を掛け、周りを威嚇するよう睨み回す。
馬車の中だ。
誰もいない。
彼は緊張を解いて窓の外を見た。
どれくらい眠っていたのだろうか。
外は依然として夜で、その風景は特に変わっている様子もなく、それだけではどれくらい時間が経過したのか計ることは出来ない。
しかし馬車が激しく揺れていることに気づいて、初めてバルザはこれまで少しも揺れなかった異常さに思い至った。
そもそも馬車はこのように激しく揺れる乗り心地の悪い乗り物なのに、今までは空中を滑走しているかのようであった。
今ようやく、小石や窪みがある、現実のデコボコした道を進み出したかのようだ。
馬車はそれから上下動を繰り返しながらしばらく進み続け、時折激しく左右に揺れたりして、そしてやがて止まった。
馬車が止まったかと思うと、さっきの若い男ではなくて、その若い男よりもずっと身綺麗な男が馬車の扉を開け、丁寧な口調で外に出るようバルザに促してきた。
外に出ると目の前に塔があった。
巨大な塔だった。
夜の闇を切り裂きながら上方に突き立ち、すぐにその傷口を縫い合わせたかのように、塔が闇と闇の間をつなぎ合わせている。
バルザの住む、パルの都に建つ建物群とは違う様式だ。
バルザの住む都の多くの建物は、オレンジ色の外壁で、窓は大きく、降り注ぐ太陽の光との相性を考えて設計されているが、この塔は太陽ではなく、闇と共存することを前提に建てられているよう。
まるで冬の枯れた樹木のような印象。
あるいは痩せた野犬のあばら骨のよう。
だからと言ってその塔はみすぼらしいわけではない。怖いもの知らずのバルザを、威嚇する迫力に満ちていた。
バルザはその塔を見た瞬間から、塔から発せられる邪悪な雰囲気を感じていた。
このまま進めば、その先に決定的な破滅が待ち構えていることが予想出来る。
引き返すなら今この瞬間が最後の機会ではないか。
武人の勘がそう耳打ちしてくる。
しかし自分にそんな選択肢など存在していないこともバルザ自身が一番知っている。
たとえこの身と引き換えても、妻の命を助けなければならない。
それが騎士としての務めであり、愛する妻を守る夫としての当然の望みであるから。
馬車の扉を開けた男は、バルザを賓客でも扱うような態度で、塔の中へ案内しようとしている。
バルザはその男に導かれるまま、塔の中に入っていった。




