第十三話
拠点に戻った秀頼たちは帰り道で寝落ちしてしまったエレノアをベッドに移し、それぞれ役割を決め、作業に移っていた。
ロクサーヌとアラフネは狩りに。ジーナはアルファ、フルビア、ストラを連れて増えた人数分のベッドやサイズの関係で洞窟に入れないアラフネ用の簡易小屋の為の素材を集めに森へと向かった。
残る秀頼とディータとチンクは今日採取してきた物の分類、イクスは護衛として残った。
「森の民かぁ……紹介できるほどよく知ってるわけでも無いんだけどな」
洞窟外の炊事場で、脱穀したきびを壺に移しながら秀頼が呟く。
「エレノアの話ですか?」とイクス。
帰りの道中、エレノアから聞いた彼女の目的。それは伝説と称される森の民に会う事だった。吟遊詩人の彼女は森の民の生活を詩にしたいらしい。
「ああ。最奥聖域までは案内はできるが、結界内には入れないし外縁で待ってたとしても都合良く森の民が出て来るとも思えない。正直、無駄だと思うんだけどな」
「放っておけば良いのでは?」
「いや、せっかく知り合えたんだから無碍にするのはな……この世界の事ととか色々聞きたいし」
「確かに、セレスフィアは森の事しか知りませんでしたしね。そう考えるとエレノアは情報源としては有用かもしれませんね」
イクスの冷たい物言いに秀頼は苦笑を浮かべる。彼女たちは基本的にエレノアを良く思っていない様だった。
「よし、取り合えず今日はこのきびを炊いてみよう。そっちはどうだ?」
きびを壺に移した秀頼は、他の子たちの様子を見る。
「この行者にんにくは洗えばそのまま料理に使えそうです。この赤い粒は、胡椒かもしれないので明日天日干ししてみると良いかもしれません。木の実の類は後日まとめて確認します。こちらの豆類は醤油や味噌の研究に回させてください」
フルビアが指さしながら説明する。彼女はどうもこの手のことが好きらしい。
脇のチンクは、片っ端から口にして、すぐに食べられる物とそうでない物をより分けていた。
「ネギとニラ、にんじんとタイムはこのままでも大丈夫。芋は筋張ってて、芋と言うより菊芋っぽい。そのまま食べるのはやめた方が良いと思う」
チンクもフルビアの真似をしてしかめつらしく説明するが、小さな子が姉の真似をしてる様にしか見えなかった。
秀頼がそんなチンクの頭をなでていると、狩り組と資材集め組が戻ってきた。
資材は木や石、蔦など指定した物通りだったが、狩り組は少し変わった生き物を連れて来ていた。見た目は羊に似ているが角は額から一本生えてるのみ。サイズは牛ほどもあった。
「乳が取れるかもしれないので生け捕りしてきました」とロクサーヌ。
「他にも鹿を一頭、兎を三羽。それとクロウベアを一頭」
言いながらアラフネが背中から器用に獲物を下ろす。
「マスター。クロウベアは食料ではなく、素材にしてください」
「素材? バージョンアップの?」
「はい。私だけ家に入れないのは寂しいので」
「なるほど……まぁ、そうだな。一人だけ仲間外れは嫌だよな」
運搬力や移動速度を考えると、アラフネの人型への移行は少し惜しい。これから始まる畑の開墾や濾過槽づくりにも考えるとなおの事だった。だが、秀頼はアラフネの希望を優先した。ぼっちの寂しさは誰よりも知ってる秀頼だったので。
「じゃあすぐやろう」
言って秀頼はスキルを発動した。
アラフネとクロウベアが光り、次の瞬間、アラフネだけが元の姿のまま現れた。
「あれ? 失敗した?」
以前にもバージョンアップに失敗したことがあったが、その時は素材も残った。だが、今回はクロウベアの素材は消えており、灰色の丸いスペアパーツが残るのみだった。
「いえ、失敗はしていません」
言いながらアラフネが蜘蛛型の下半身を脱ぐように出てきた。
「分離!?」
「はい。この下半身はいろいろ便利なので、脱着出来るようにしました」
アラフネの機転に感心しつつ、秀頼は資源組の回収してきた素材で小屋を二つ建てた。一つは蜘蛛型の下半身を収納する小屋、もう一つは羊(?)用の小屋。
「よし、じゃあ夕食を作ろう」
◇◇◇
きびは土鍋で炊き、鹿肉は行者にんにくと一緒に炒めた。兎肉はタイムとニンジンを入れスープにした。
調理を担当したのはフルビアとディータ。一人暮らしで料理経験のある秀頼も最初は参加していたのだが、邪魔者扱いされ、足りない分の食器やコット作りに回った。
ゴーレムたちは秀頼の記憶と経験をベースにしているので問題無いが、エレノアは異世界人(厳密には秀頼たちが異世界人)と言う事もあり、念のためナイフとフォークも用意した。
「「「「「「「「「いただきます!」」」」」」」」」
唱和の後、秀頼はまずきびご飯に手を付けた。
見た目は黄色く、うるち米よりもち米に近い。味はほんのり甘みと、米と比べたら雑味が目立つ。だが、久々の穀物に涙がこぼれた。
「美味い……」
次に鹿肉と行者にんにくの炒め物。行者にんにくが単調なこれまでの肉料理を芳醇な高級料理の様に作り変えた。と言っても元の世界の生姜焼きにも劣る味付けではあったのだが、如何せん、この世界に来て食べられたものと言えば、どんぐりクッキーと魔獣の肉の塩焼きか塩煮か塩炒めだけだったのだ。一味増えるだけで感動するなというのは酷というものだ。
最後の兎のスープも素晴らしかった。基本は塩味なのだが、兎肉の出汁と爽やかなタイムの香りが絶妙なハーモニーを醸し出している。これまでお茶代わりに飲んでいた針葉樹の葉出汁とは雲泥の差があった。
「やっと……やっと食事っぽい物にありつけた……」
感動する秀頼の横で、エレノアが匙に掬ったきびご飯を不思議そうに眺めている。
「これは、何でしょうか?」
「オレの世界ではきびと呼ばれていた穀物だな。味や生産性は米や麦に劣るが、栄養価が高い」
「はぁ……」
エレノアはいまいち理解できないといった顔のまま、匙を口に運ぶ。
「!? 甘い……?」
「そうだな。少し甘みがある。米なんかと一緒だな」
「不思議な食感ですが、おいしいものですね」
「エレノアは、普段どんな物を食べてるんだ?」
「そうですね……ずっと旅をしているので、土地ごとの料理を食べてきましたが、基本は街や村で買ったパンと干し肉と日持ちのする野菜とかですね。道すがら取れる山菜なんかも食べてました」
「パン食か……パンは小麦?」
「小麦が殆どですが、土地によっては大麦やライ麦などのパンもありましたね」
「(なるほど……この世界にも麦は各種あるみたいだな……いずれパスタやうどんにも挑戦したいものだ)
ところで、米はあるのか?」
「米……南方を回ったときに食べました。確かにこのきびと似たような食感でしたね」
「米もあるか……どうやったら買えるのかな? 街や村に行けば買えるのか?」
「隣接するヨルタ王国では流通してないですね。あったとしてもかなり高くつくと思いますよ? 安く買いたいなら南方に買い付けに行くしかないと思います」
ううむ、と唸る秀頼。米は欲しいが遠国に向かうにはこの世界のことを知らなすぎる。そもそも、この世界の貨幣を持っていないし物価も分からない。
「いや、まぁ、今はいいや。どうせ金も無いし……あ、そう言えば、物を売るには街へ持っていけば良いのか? 肉や毛皮や魔核あたりは売れると思うんだが」
「それなら村の商店で買い取ってもらえると思いますよ? ただ、この近隣には村も街もありませんし、私が最後に立ち寄った村には、そもそも商店がありませんでした」
「その村は遠いのか?」
「そうですね。ここから東に140㌔と言ったところでしょうか。商店のある村はそこから更に20㌔ほどあったかと思います」
「160㌔か……ちょっと買い出しと言って出かけられる距離じゃないな。とりあえずはここの拡充を考えた方が良いかもしれない」
そう呟き、秀頼は食事を再開した。
食べながらゴーレムたちの反応を見ると、チンクを除いた新人たちは割と淡々と、イクスたちは少し嬉しそうな笑みを浮かべ食事をとっている。
姉組は秀頼と同じく粗末な食事で過ごしてきたので、多少なりとも感慨があるのだろう。因みにチンクは満面の笑顔で料理をパクついていた。
◇◇◇
食後、外の調理場で秀頼とアルファとストラで洗い物をしていた。
「流石に口に合わなかったかな」
少し残念そうにエレノアの残した食事を簡易コンポスターに仕舞ながら秀頼がつぶやいた。
「マスターは気にしすぎ。彼女は体調が悪いと言っていた」
食器を洗いながらストラが返す。
「ストラの言うとおりだね。あの目の下の隈はとても健康な人間のものとは思えないよ」
ストラの洗った食器の水けを払いながらアルファも同調する。
「やっぱあれはメイクじゃないのか」
「メイクだと思ったんですか?」とアルファ。
「異世界だからな。日本の常識で考えるのはやめた方が良いと思ってるんだ」
「確かにそれはそうですが、彼女、見るからに体調悪そうでしたよ?」
ロクサーヌが羊(?)の小屋から出てきながら答えた。
「あ、羊(?)は落ち着いたか?」
ロクサーヌは小屋に入れられ落ち着かなかった羊(?)の様子を見ていたのだ。
「はい。丘に生えてた柔らかい草と水桶を用意したら落ち着きました」
「わざわざ取りに行ってくれたのか? ありがとう、手間をかけさせる」
「私なら一っ飛びですから」
言って糸目を曲げてほほ笑むロクサーヌ。
「しかし、柔らかい草か……腹が減ってたのかな?」
「いえ、踏み整えて寝床を作ってました。休める場所が欲しかっただけかもしれません。あの羊(?)結構図太いですよ」
言いながら水桶からひしゃくで手を洗うロクサーヌ。
「まぁ、そんな気はしてた。アラフネに連れられて動じて無かったからな」
たぶん、ふてぶてしい動物なのだろう、と納得する秀頼。
「エレノアは、明日には最奥聖域に向かいたいと言ってましたが、止めた方が良いかもしれませんね」
「具合悪そうだからか?」
「それもそうですが、森の民が最奥聖域から出て来るとは思えません。時間の無駄だと思います。それに、マスターは私たちを護衛に付けるつもりでしょう?」
「ああ、明日は君とジーナに案内を頼もうと思ってた。嫌なのか?」
「いえ、案内だけなら構いませんが、恐らく彼女は結界外縁に数日留まると思います。その間付きっきりと言うのはマスターの作業に支障が出ませんか?」
秀頼は明日から濾過槽作りや畑の開墾を考えていた。やりたいこと、やらなきゃいけないことは山ほどあった。ロクサーヌはそのことを言ってるのだろう。
「まぁ、それは仕方ないよ。せっかく知り合えたこの世界の人間だ。無碍にはしたくない」
「そうですか。因みに私とジーナなのは何故ですか?」
「二人とも、もうクロウベアには負けないだろ? あとロクサーヌは何かあったときの伝令を頼みたい」
「なるほど、承知致しました」
言ってロクサーヌは洞窟へと戻って行った。
見送る秀頼の元にアルファが洗い終わった食器を持って近寄ってきた。
「ロクサーヌ姐さん、機嫌悪そうでしたね」
「え? そう?」
ゴーレムたちは基本感情表現が少ない。秀頼にはそんなゴーレムたちの感情の機微など読めなかった。
「はい。飛べるから外回りが多いのは分かりますが、マスターといる時間が少ないのは不満だと思います」
「そ、そうか?」
恋愛はおろか、交友関係も殆ど経験が無い秀頼には理解できないのは無理なからん話だが
「マスターはノンデリ」
と言うストラの一言に落ち込まないではいられない秀頼だった。




