4章5話 自分を象るメロディー
雉木さんの怒号が響く。
アキラに『虹花』と呼ばれたことが、彼の逆鱗に触れた。
ほんの一部、雉木さんの意識と同調したからわかる。
雉木さんにとって、ウララさんは特別で、与えられた名前も特別なんだ。
だからこそ、ウララさんの命を奪ったアキラには呼ばれたくなかった。
恐らく、そんな感情だろう。
アキラがウララさんを殺したなんて、信じられないけど、アキラ本人も認めたのだから、本当のことなのだろう。
こんな状況にも関わらず、何故か私は落ち着きを取り戻していた。
思考がようやく回り始めた感覚だ。
正直、ずっとパニック状態だったが、雉木さんが取り乱してくれたお陰で、頭がクリアになった。
少し今日のことを整理する。
恐らく今日ずっと行動を共にしていた犬飼は、雉木さんかムジナが化けたものだったのだろう。
相変わらず、私は見抜けていなかった。
それから、しばらく犬飼と猿飛が家にいなかったのは、雉木さんの策略だろう。
近くに二人がいると計画に支障をきたすから。
それとも、2人を巻き込みたくなかったのか?
なんとなく、そんな気もするけど、今はこの状況を打開するのが先決だ。
アキラも私も霊力の使いすぎで、満身創痍。
雉木さんは狂ってはいるが、まだ話せる。7年も計画を立てていたんだ。
この際、全部聞いてやる。
その間に逃げ出す方法を考える。
思考がまとまり、方針も決まった。仕掛けるか。
私は一度深呼吸をし、雉木さんを見つめる。
「それで?この7年、あなたは何をしてきたんです?どうせ死ぬなら、それぐらい教えてくださいよ。」
私は冷静に言ってみせる。
怒りで目の色を変えていた雉木さんは、私の声かけにより、切り替えるようにいつもの優しい表情に戻る。
アキラは黙って歯を食いしばっている。雉木さんの様子に一番戸惑っているだろう。
「……っ。な……半蔵。」
アキラから声が漏れた。一度虹花と呼ぼうとして、言い直す。
雉木さんは気に留めることなく、私に向き直る。
「いいでしょう。話を続けます。」
「……あなたの復讐、聞かせてください。」
私は真剣な眼差しで言った。
雉木さんは微笑むと、ゆっくりと口を開いた。
「私はあの日、全てがどうでも良くなったんです。一族も、宮ノ森も、役割も、全部。ウララ様がいない世界なんて、私にはなんの意味もない。でも憎い。宮ノ森も、アキラも殺せない。古から続く契約によって。だから、霊能協会を頼りました。そして、全てを燃やしてあげたんです。」
淡々と語られた事実。残っていた幻術の余波が襲ってきて、炎の中狂気に笑う雉木さんの姿が見えた。
アキラはその言葉に酷く動揺し、固定されている木の板が倒れそうなほど、動いて見せた。
「……そんな!?7年前のあの日、霊能協会が俺たちを襲ったのは、お前が仕組んだことだったのか!?」
「そうですよ。別に未練なんてないでしょう?あなたも、あの家を良くは思っていなかった。だから、全部滅べばよかったんですけどね。……あなたも皐月も、海斗も、いえ、猿飛も生き残った。」
「……っ」
アキラは雉木さんの言葉に押し黙る。勢いよく抗議したものの、アキラも宮ノ森にはいい印象がなかったらしい。
私も正直、雉木さんの過去を見る限り、良くは思えない。
それでも7年前の事件が、雉木さんの手引きによるものだったなんて。
よく話を聞いていれば、わかったことかもしれない。
もう少し、私がちゃんと話を聞いていれば、こんなことになる前に雉木さんを止められたのかもしれない。
考えるだけ無駄かもしれないけど、考えずにはいられない。
「でもだからって、あそこまで……」
アキラは顔を伏せる。記憶が戻った今、過去の凄惨な光景が思い出されているのかもしれない。
雉木さんは動じることなく続けた。
「たしかに、私欲で私は動きました。でも本当に間違ったことだったでしょうか?」
「……なに?」
「あなたはその力を暴走させ、ウララ様を殺した。……10年前の神威美琴同様、あなたは異形化し、大切なお方を殺した。……私はそれを報告しただけ。」
恐らく雉木さんの仮説だろう。あの日、本当は、なにがあったかは分からない。
だが、猿飛の報告と現場の状況から、そんなふうに考えることはできるだろう。
今日のように、アキラは歩の感情ひ囚われ、お姉さんを殺した。
雉木さんはそう思っている。
実際7年前までは、人が異形化するなんて信じられていなかった。
リアラさんと雉木さんの話をまとめると、ウララさんの件というより、アキラが異形化したことは、人が異形化した初めてのケースとして処理された。
混乱が起きた霊能協会は宮ノ森家を危険な一族として判断し、全員殺すことにした。
だが、事実として語られたのは『ウララさんが人間では初めて異形化し、霊能協会がこれを討伐した』というもの。本来の断片的な話だったわけだ。
雉木さんの話は筋が通っているし、当事者でしか分からない話だ。
雉木さんの言葉を聞き終えると、アキラは小さく言葉を紡ぎ始めた。
「そうかもな。そうだったかもしれない。……でも姉さんはそんな、弱い人じゃなかったぞ。……たしかに、俺はあの日、自分の不甲斐なさや新への劣等感、姉さんやお前に助けられたことに情けなさを感じていたさ。それがトリガーになって、異形化したし、お前の言ってることは概ねあってるよ。」
「───────ならば、」
食い気味に割って入る雉木さんだったが、アキラはさらに続けた。
「でもだからこそ、最後まで聞けよ。」
「……なに?」
アキラは雉木さんを真っ直ぐ見つめた。雉木さんは怪訝そうな顔をしつつも、話を聞く姿勢となる。アキラにも言い分があるのだろう。
「あの日、俺が異形化し、今日みたく、沢山異形が生まれたさ。だから、姉さんは俺の悪意を肩代わりしようとした。その結果、異形に呑まれた。だから、死を望んだんだ。俺に殺して欲しいって。」
「……なっ」
アキラの言葉に一歩後ずさる雉木さん。私は境界でのハジメさんの言葉を思い出していた。
『異形や先祖返りによる暴走を、自分に取り込んで抑えようとはするな。
そんなことをすれば悪意は許容を超え、自らを異形化させる。』
そういうことだったのか。ウララさんは、アキラの力を抑えようとした。
その結果、やってはいけないことをした。
その力は許容を超え自らを異形化した。
これがあの日の真相。
アキラがウララさんを、殺すしかないところまで追い込まれた事実。
そういうことをする人だ。
私が見た雉木さんの記憶乃ウララさんは、そういう人だった。
何一つ知らない他人のことなのに、涙が出てくる。
どうにかできる術を、今の私なら持っている。
そのもどかしさが、やるせなさを加速させた。
だが、アキラは真っ直ぐ、雉木さんを見つめ、話を続けた。
その言葉には確かな決意が滲み出ていた。
「あの時の俺が弱かったことも、俺のせいだったことも、認める。もっと力があれば、俺に余裕があれば、あんなことにはならなかったさ。俺を恨む、姉さんの仇を打つ、あぁ、結構だ。───────だから、やるなら、俺にやれって言ってるんだ。他の人を巻き込むな。契約が邪魔なら、解除してやる。それでいいだろ。……だから、関係ない人を巻き込むな。正々堂々、俺のとこに来いって言ってるんだ。」
アキラから放たれた正論。
全ての事実を受け止め、向き合うことを決めた言葉だった。
だが、その言葉はあまりにも残酷だった。
7年、復讐に身を捧げてきた男への言葉にしては、酷い言葉だった。
「クックックッ。……何を今更。もう手遅れなんだよ。7年、7年ですよ。この日のために私は準備してきた!……正々堂々、来い?ふざけるなよ。お前は、記憶を失っただろうが!!!!いいよ、いいですよ!言ってやるよ!俺がこれまで、何をしてきたか!」
「雉木さ───────」
雉木さんの中の何かかが、切れたような気がした。狂ったように表情を歪ませ、ここで止めないと、本当に止まらなくなると私は思った。
でも、誰でもない私の言葉は雉木さんに届くことはなかった。
雉木さんは私の呼び掛けに反応することなく、話し始めた。
まずい。
雉木さんはこのままだと、壊れてしまう。
もう壊れているのかもしれないけど、手遅れになる。そんな気がしてならなかった。
私は急いで縄を解こうと、動き始めるが、ビクともしない。
クソ。
雉木さんは構うことなく、七年の計画を話し始めた。
「まずひとつ、記憶を失ったアキラは契約の外にいた。殺そうと思えば、いつでも殺せたさ。でも、それじゃあ面白くない。全て理解して死んでもらわないとな。なにより、許せるわけがない。何もかもを忘れて死ぬなんて。この私が許さない。だから、いかなる驚異からもお守りし、役割を与え、生きる意味を与えた。それから、時間をかけてゆっくり、記憶を呼び起こそうとした。ムジナの幻術を使ってな。だが、結果、起きたのは、黒天使とか言う曖昧な存在となって徘徊するだけの無能っぽり。だから、直接お前の記憶を呼び起こさせるイベントが必要だった。
そのために2つ目。天空鈴華を所属していたアイドルグループから孤立させ、ストーカーに襲わせた。簡単だったぞ?あなたは嫌われていたからなあ。ムジナの変化と幻術使えば、ちょろいもんだった。鈴華のことは、アキラから聞いていたからな。きっと、いい刺激になると思ったさ。
それから3つ目。旧宮ノ森家に来るよう、天空の祖父に働きかけ、神威美琴の力を増幅させて、10年前の再現。あれは、傑作だった。気持ちいいぐらいに10年前と同じ展開。気を失ったカイトはアキラを呼び出した。それからというもの、アキラは鈴華を無意識に常に守るようになった。
それから4つ目。学園の生徒たちの悪意を増幅させて、事件を次々起こした。首藤チグサの件、大鳳妃奈の件。学園生活を通して、お前ら二人の関係は進展して行った。もともと想いあっていたもんな、これも簡単。大切な人を、思い出を、作ってやったんだ。感謝してくださいね?
最後に5つ目。リアラ・K・フラワーガーデンの利用。随分前から、黒天使を調べていたみたいだからな。ムジナを使いリアラを追い詰め、後に引けなくしてやった。ああ、そうそう。霊能協会から祓魔師連盟に報告させたのも俺の手引きだ。それが一番、リアラが焦ったみたいだったな。御三家と関わったことで、カイトの意識はアキラに近づき、狙い通り、リアラと新、シロは対立し、兄弟喧嘩を演出できた。そして、記憶の扉は開いた。
どうです?全て計画通り。オレの作ったシナリオの上で、お前たちは青春を楽しみ、恋にカマかけ、復讐を加速させた。
案の定、天空鈴華との日々によって、海道カイトは宮ノ森光となり、今俺の手中にある。もう、止められないんだよ。7年、オレはこの日を待ち望んでいたんだ。殺す、殺す、殺す。アキラの前で鈴華を殺す!!!!」
語られた七年の計画。
すべて、全て計画?
この人がやってきたことは、すべて、この日のため?
わたしがこの土地で過ごした全て、アイドルという夢を無くした全て。
全部、この人の仕業だったの?
「そん……な……全部、アキラの記憶を、呼び起こすために……?アキラを苦しめる、その為だけに……私を利用……したの?」
私の中で動揺が収まらなかった。
学園での事件は大鳳さんがすべて繋がっていると、言っていたから、覚悟は出来ていた。
でも、初めから、全てがこの人の計画だったなんて。
頭の中の整理がつかない。
でも、何故か。
私の中で悲しみが膨れ上がった。
目の前の復讐に取り憑かれた男が哀れでしかない。
何もかも持っていなかった男は、一人の女性と出会い、沢山の感情を知った。
それなのに、全てを失った。
雉木さんは───────壊すことしか知らないんだ。
どうしたらいいか、分からないんだ。
もう、これしか、ないんだ。
私は瞳に涙を浮かべて、微笑んだ。
「雉木さんに比べたら、小さな喪失だったけど、私も世界に裏切られた人だから。ううん。私だけじゃない。アキラも、猿飛も、犬飼も。他にもみんな。みんな、同じなんだよ。───────わたしはあなたを救いたい。」
心の内側から溢れた想い。
やり方を間違えた。
それだけ。
この人もみんなと同じ。
私と同じ。
痛みを抱えて、生きてきた強い人。
世界に裏切られて、絶望した可哀想な人。
まだ、助かる。
手を差し伸べられる。
私だから、できる事がある。
全部意味があって、ここまで生きて良かったと、思えるから。
「そんな目で俺を見るな!!!!」
刹那。雉木さんは飛び上がり、腰から短剣を取り出し、私に襲いかかる。
「鈴華っ!!!!!」
アキラの叫び声が響き渡る。
私は反射で目を閉じる。
諦めない。
絶対、助ける。
「いい加減にしなさいよっ!!!!」
「───────え?」
聞き馴染みのある声に私は目を開けた。
そこには緑のオーラを纏う茶髪の女性がいて、雉木の顔面を殴りつけていた。
雉木さんは不意打ちで転がり、地面に倒れる。
茶髪の女性は地面に着地し、その隣に右目を隠した長髪の男性も降り立つ。
犬飼と猿飛だ。
そして、アキラの元へ眼鏡をかけた茶髪の男性が現れ、容易く縄を解く。
拓ちゃん先生まで。
「行ってこい。カイト。いや、アキラ。」
「はい!!!」
縄が解かれたアキラは、霊力を溢れさせ、黒い翼と深紅の瞳、銀髪の長髪姿へと切り替わる。
そして、天を舞い私の縄を解き、私を抱き上げて降り立った。私を丁寧に下ろす。
「決着をつけよう。虹花。鈴華は殺させない。」
「俺からも話があるっす。」
「話したいことしかないわよ。頭冷やしたいなら、いくらでも殴ってあげる。」
「ウララのことは俺も残念に思うよ。でも、お前は間違ってる。」
「立ってください。雉木さん。───────絶対、一緒に帰るんですから。」
雉木さんは私たちを睨みながら、ゆっくり立ち上がる。
睦美ちゃんは雉木さんを守るように、私たちに威嚇し、見たことない黒髪の女性の姿となって立ちはだかる。
白い着物を纏った美しい女性。
私たちは戦闘態勢になる。
全員霊力を纏い、最後の戦いの幕が開こうとしていた。




