序章 淡き初恋に答え求めて
瞳に映る漆黒の翼は、ただただ、綺麗で、見惚れる。
月下に舞う黒天使は、宵闇に満ちる一筋の光。
繰り出される刀の煌めきは、目の前の異形の影を取り除いく。
私はただ、焦がれていた再会に手を伸ばす。
ただ、その手を伸ばす。届かないとわかっていても、私はまた貴方を想う。
それはきっと、君がまた私の闇を振り払ってくれると縋っているからだ。
あの時のように、暗闇で見えなくなった私の心を照らしてくれるって信じているからだ。
あの時と変わらないまま、失くしたものは無くしたまま、また私はここに来た。
君と再会するために。
───────でも君は、凍てつく氷のように、心を閉ざしてしまったんだね。
◆◇◆
小さい時、私は両親に懐かなかったと言う。今はめっちゃ仲良いし、大好きだけど、大方予想はつく。
孤児院で育った当時六歳の私を、養子として今の両親は引き取ってくれた。嬉しかった反面、また捨てられるんだろうなという感情も確かにあったし、どこか大人への冷めた想いがあったと思う。
それに何よりどうやって、甘えたらいいか分からなかった。そんなことは覚えている。
そんな幼き日の記憶。十年前、私はとある豪邸に両親と祖父と共に呼ばれていた。
「今日は大事なお話があってね、退屈かもしれないけど待っててもらえるかな?」
「……うん。私の事は気にしないで。」
「鈴華、その代わり終わったら沢山遊ぼうな!だからちょっとだけ待っててな」
困ったような、気を遣うような雰囲気が当時の両親にはあった。
暖かくて優しいお母さんに、楽しくて元気になれるお父さん。
二人を困らせたくなかったけど、本当はもっと甘えたかったと思う。
「すまんな、鈴華ちゃん。おじいちゃんのせいでな。だが、香さんも、颯も嘘はつかない。終わったら、いーぱい遊んでもらうといい。」
祖父は優しく微笑むと、私の頭をそっと撫でる。私は照れながらそっと視線を外す。
祖父と両親は私から離れがたそうにしていたが、客室に訪れた糸目で黒髪の優しそうな男の人に、呼び出されるとその場を後にする。
私も行きたい、行かないで。そんな言葉を口にできず、私は静かにその背中を見送った。
独りで退屈になった私は、しばらくの間は部屋でゆっくりしていたが、時間が経つにつれて退屈になっていく。
そんな時、窓へと視線が向いた。窓の外から見える見事な庭園。手入れの行き届いた紅葉の数々が視界に入った。部屋は二階だったが、遠くからでも見事な景色だった。
「ちょっとぐらい、いいよね。」
私はその庭園を近くで見たいと思い、駆け出していた。
一階に降り、大きな窓から見える庭園に魅せられる。もっと近くで見たい。走り回ったらきっと楽しい、そんな想いが溢れ出る。
ジッと部屋の中で過ごしていたせいか、体を動かしたくてウズウズしていたんだと思う。気がつけば私は外へと飛び出していた。
外に出ると、新鮮な空気と色鮮やかな紅葉に気分が上がる。
踊るように舞うように夢中で走り続けていた。
お母さんとお父さんにも、見せてあげたいな。喜んでくれるな。
そうだ、お母さんとお父さん。もう戻らなきゃ。
随分走り続けていたことを思い出し、ようやく立ち止まる。
「……あれ、ここ、どこ?」
振り返ると、かなり歩いていたらしく、さっきまでいた豪邸は見えなくなっていた。
「どうやって戻るんだろう……」
不安が募る。さっきまで美しく見えていた木々が怪しく揺らめく。
見知らぬ森の奥地で私一人だけ。
全身に冷や汗が走る。
疎外感。誰も近くにいない寂しさ。知ってる感覚だった。
可愛げのなかった私は周りの子よりも、引き取られるのが遅かった。
みんな次々に引き取られていく中、私だけが取り残されていく。
夢中で走り出したけど、家は見つからない。
誰も助けてなんかくれない。
私はいつも独りだ。
そんな黒い感情で埋め尽くされる中、背後の気配に気がついた。
『いっショ……に……いコウ?』
「え?」
『同ジ……ダよ?』
私の視界に入ったのは黒い影。姿は見ることはできず、ただ恐ろしいという感情が先行した。
言葉も濁っていて上手く聞き取れない。
その黒い何かは必死に何かを訴え私に近づいてくる。
「嫌!いやあっ!!!!!来ないで!」
『ニガサナイ』
「ひっ……!?」
その黒い影は、とてつもなく強い力で私の腕を掴む。
その手から黒い影が侵食し、私の体を黒く染めていく。
「嫌だ!嫌だ!やめて!!」
怖い。怖い怖い。
子供ながらに思った。このままだと、もう戻れなくなると。
だから心の底から叫んだ。
「助けて!!!!!!!」
「いいよ。助けてあげる。」
刹那。眩い閃光が視界を包む。私は衝撃で体を地面に転がす。
顔を上げると、目の前から黒い影は消え去り、代わりに一人の少年が立っていた。
藍色の和服に、銀髪の美しい長髪。何より背中から生える漆黒の翼に目がいった。
「あなたは……だれ?」
「君が天空 鈴華?俺は『光』。光るって書いて、アキラだよ。君を助けに来た。」
「え、なんで、私の名前知ってるの?さっきのは何?あ、あとその羽何?」
混乱するように助けてくれた少年を質問攻めにする。何が起きているのが理解ができなかったからだ。
「鈴華は質問が多いね。まずはこういう時、ありがとうが、先だよ?」
「え、あ、うん。ありがとう。」
尻もちを着く私を少年は優しく立ち上がらせてくれる。
穏やかな笑顔。そして、深紅の眼差し。
少し怖い感じもするけど、何故だかこの人と話していると穏やかになっていく。
「さっきのは『異形』。世界にいっぱいいる怖い奴。」
「異形……?」
少年は私の手を優しく握ると、歩きながら説明を始める。
「聞いたことない?千年前に霊能者たちと妖の祖先達が協力して退治したって。」
「それって、おとぎ話でしょ?絵本で見たよ?」
私はどこへ連れていかれるのか不安になり、手を離す。それに話も意味がわからず、受け入れることができなかった。
「うーん?普通の人にはそうやって教えるのかな。でも鈴華は御三家だよね?同じ匂いする。」
「何の話?」
困ったように話すアキラ。やはり少年の話は少し難しい。私が理解に苦しんでいると、切り替えるように話題を変える。
「あれ、違ったか。まあいいや。お母さんとお父さん心配してたよ。戻ろう?」
そうだ。お父さんとお母さん。待っててって言われたのに、出てきちゃった。がっかりするだろうか。一人で待つこともできないなんて最悪だ。
「二人とも心配なんてしてないよ。……悪い子だし、可愛くないもん。」
「え?めっちゃ可愛いと思うけどな。それに、本当にすごい心配してたよ?」
アキラは真っ直ぐ思ったことを伝えてくれる。可愛いなんて言われてことなかったから、少し恥ずかしくなる。
「そ、そういうことじゃないの!わかんないでしょ!……私も二人のことそんなに好きじゃないし、いいの!」
どうせ心配なんてしてない。また捨てられるぐらいなら、期待なんかしない方がいい。本当は暖かくて大好きだって、言いたいけど、拒絶されるのが怖い。
「そうかなあ?」
「もういいでしょ!……それより、さっきのどうやったの。教えて。」
「え?戦いたいの?」
「いっぱいいるんでしょ。倒せるようにならないと一人で生きていけない。」
「ふーん?一人で?なんで?」
「なんでも!怖い思いしたくないの!」
「うーん。よく分かんないけど、お姉ちゃん言ってたよ。自分のために強くなろうとしても、限界があるって。誰かのために戦う方が百倍強いんだよ!」
「誰かの……ために?よくわかんない。それが戦う方法?」
誰かのことなんて考えたこともなかった。自分一人のことしか頭になかった。
「そうだよ!俺もお姉ちゃんのためなら強くなれる!他のみんなの為にも、君みたいに力がない人のためにも、俺たちが戦う!鈴華が守りたいのは誰?大好きな人はいない?」
思い浮かんだのは、お父さんとお母さんだった。悪い事をしたという罪悪感よりも、早く会いたいという気持ち。捨てられたくない、もっと愛されたいと思う気持ち。
満たされていた日々の思い出。
そういったものが思い浮かんだ。
お父さんやお母さんが心配してくれるなんて、思いもしていなかった。本当に少年の言う通り心配してくれたのだろうか。
だとしたら、二人は本当に私の事好きなのだろうか。
わたしはどうしたらいいんだろうか。
ふと、視線に気が付き顔を上げると、アキラは私の顔を覗き込みながら、嬉しそうに話し始める。
「ね、本当はお母さんもお父さんも大好きでしょ。それに沢山好きって思われてるってわかってる。鈴華は心配しなくても、誰かのために戦えるようになるよ」
少年が微笑むと、何故か勇気が湧いてくる。まるで暗闇に光が刺したような太陽の光だ。
暗い闇の中で見えづらくなっていた私の心が、照らされた気がする。
それに、 さっきまで恐ろしかった森が、綺麗な紅葉に戻って見えた。
きっとそれは彼の言葉が私の心の中を見透かしていたからだと思う。
少しだけ勇気を出して信じてみたいと思った。
そしてなにより、私にもできることがあるなら、必要とされるなら、強くなりたいと思った。目の前の少年のように誰かを助けられる人になりたいと思った。
お父さんとお母さんに大好きって言ってもらえるような、そんな人になりたいと思った。
「……帰る。家まで守って。」
私はそっぽ向いて手を差し出す。
「うん!いいよ!一緒に帰ろ!」
少年は優しく微笑むと、手を取ってくれる。
その後二人の元に戻ると、いっぱい怒られて、いっぱいギュってされた。
ああ、本当に心配してくれてたんだ。そんな風にようやく思えた。
それから、アキラはどこかへ消えて会うことはできなくなった。
何度も会いたいと願ったけど、会えなかった。ちょっとしか話してないけど、多分、初恋だったんだと思う。
これが私、天空鈴華と光の出会いと、ほんの少しの思い出。私に素直になるきっかけをくれて、夢を与えてくれて、そんな初恋の人。
◆◇◆
あれから十年。
夜の暗い森の中。久しぶりにやってきたこの土地で、また私は異形に襲われていた。
また味わう命を失う恐怖。懐かしい土地ではあるけど、私を助けてくれる人は誰もいない。
全力で逃げ続けていたが、足がもつれて転んでしまう。
いつもそうだ。震えて怯えることしか出来ない私。何年経っても、本質は変わらない。
こんな所で死ぬのか、私。まだ何もできていないのに。やりたいこと沢山あったのに。いつもお父さんとお母さんに心配かけて。
誰か、助けて。そう願うことしか出来なかった。
だけど、そんなとき、また『彼』が私を助けてくれた。
月下に舞い降りた漆黒の天使。月夜に照らされながら、舞うように刀を振るう。
異形は見る影もなくなり、その場に倒れ黒き影は消失していく。
ここに来たら、会えるかもと思っていたけど、本当に再会できるなんて夢にも思っていなかった。
でも、再会した彼は酷く冷たく私を見下ろしていた。状況は理解できなかったけど、目の前の青年が初恋の人だって、すぐに理解した。
訳もわからず、私は話しかけていた。
「アキラ……?あなた、アキラなの?」
「……誰だ。お前。」
振り返った青年は冷たく吐き捨てる。
光の灯さない紫紺の瞳。長く伸びた白銀の髪。綺麗な藍色の和服。そして漆黒の翼。
瞳の色は違うけど、間違いなくアキラだった。
でもアキラは私を覚えていない。私にとって特別な思い出でも、彼にとってはそうじゃなかったのかもしれない。
アキラは威圧するように、鋭い刃を私の首元に立てる。
「え?」
「なぜ俺を知ってる?お前、御三家の生き残りか?それとも協会の差し金か?」
「何の話……?お、覚えてないの?私、鈴華だよ?わたし、あなたにずっと、ずっと会いたくて!!!……それ降ろしてよ、怖いよ、アキラ。」
私は怯えながら、アキラに訴えかける。この程度のことで、諦められる訳はない。ずっと会いたかったんだから。また夢に迷ってる私の前に現れてくれたんだから。
何があったのか知らないけど、とっても優しくてあったかい人だって、私は知ってるから。
「……あの屋敷の後継か。」
アキラは納得してみせると、翼を羽ばたかせどこかへと飛んでいく。
「ま、まって、待ってよ!!!!」
手を伸ばして呼び続けるが、私の声は届くことはなかった。
そこにはただ舞い落ちる羽根が、降り注ぐだけだった。
まだちゃんと、お礼言えてないじゃない。今日のことも、あの日のことも。
沢山話したかったのに。
ずっと会いたかった初恋の人は十年の間に、大きく変わったらしい。最悪の再会だった。
でも、変わっていないのは、私だけなのかもしれない。夢を失って、また縋るようにこんなところに来たんだから。
あんなに明るかった太陽の光は見る影もなく───────月夜が照らす光は悲しく見えた。




