第7話:十一月十一日、ピックの秘密
文化祭が終わって数日。廊下を歩く夏希に、クラスメイトの男子が冷やかす声をかけてきた。
「おーい赤木、今度の誕生日は十一月十一日だろ? ポッキーの日じゃん!」
「誰かから竹刀でももらうんじゃね?」
笑い声に、夏希は手を振ってごまかす。
「やめてって! そんなんじゃないし!」
(……ほんと、からかわれるの苦手。千夏ちゃんに聞かれたら恥ずかしいな)
文化祭のステージで「赤と青」として正式に名乗りを上げたばかり。学校中で二人の名前がささやかれるようになった。誕生日すら、こうしてネタにされる。
一方、千夏は隣のクラスでノートに視線を落としていた。
(十一月十一日……夏希の誕生日。何をあげたら喜んでくれるだろう)
ペン先で描いていたのは、小さな三角形。赤いピック型のモチーフ。文化祭のステージでギターを弾く夏希の姿が、鮮やかに蘇る。
(歌じゃなくても、形に残るものを……でも、“ありがとう”や“好き”なんて言えない。だったら、この形で気持ちを託せばいい)
※
十一月十一日。校舎の窓から差し込む光が夕焼けに変わるころ、夏希は部室に呼び出された。
「千夏ちゃん? 何だろ」
ドアを開けると、千夏が一人、ギターケースを横に置いて立っていた。
「ナッキー。……お誕生日、おめでとう」
差し出された小さな箱。夏希はきょとんとした顔で受け取った。
「え、くれるの?」
「うん。……開けてみて」
蓋を開けると、中には赤いハート型ピックのペンダント。小さなチェーンが光を反射して、宝石よりもきらめいて見えた。
「……これ」夏希の声が震える。
「文化祭の時、すごく頑張ってたから。その記念に……っていうのもあるし」
千夏は視線を落とした。耳まで赤い。
(この形なら……伝わるはず)
夏希は唇を噛んで、ペンダントを握りしめた。
(これって……どうしよう、胸がいっぱいだ)
「ありがと。……大事にする」
二人の間に沈黙が落ちる。だけど、その沈黙は決して気まずいものじゃなかった。
※
ギターを取り出して、夏希が話を切り出す。
「ねぇ、千夏ちゃん。次の曲、どうしよ?」
「うーん……」
千夏はペンダントを見つめながら言った。
「いま思ってることを、そのまま歌にするのはどうかな」
「思ってること?」
「うん。言葉じゃ伝えきれないから……。歌にすれば、きっと全部出せる気がする」
(ナッキーへの気持ちも、私の迷いも……全部)
夏希は思わず笑った。
「そっか。じゃあさ、私も千夏ちゃんへの思いを歌に込める!」
(本当は“好き”って言いたいけど……まだ怖い。でも、歌なら言える)
「もちろん、私も。ナッキーへの気持ちを歌にしてみたい」
千夏の声は小さかったが、しっかりと震えを帯びていた。
二人の目が合った瞬間、空気が一気に熱を帯びる。
※
窓の外はもう真っ暗。校舎の明かりが差し込む部室で、二人は顔を赤らめて笑った。
「ありがと、千夏ちゃん。本当に……嬉しい」
「……うん。大事にしてね」
寸止めの距離。互いに胸の奥で溢れんばかりの想いを抱えながらも、それを口にはしない。
だけどもう、二人にはわかっていた。これからは——歌を通して心を交わすのだと。
ペンダントが小さく揺れ、赤い光が二人の間に浮かんだ。
まるで“赤と青”を結ぶ絆そのもののように。




