第8話:伝説のステージ、大きな拍手
十一月も終わりに近づいた放課後。ファミレスのテーブルに、夏希、千夏、颯太、岬、律の五人が集まっていた。飲み物の氷がかすかに溶ける音だけが響く。
「……でさ、呼び出して何の話?」夏希がポテトをつまみながら首をかしげる。
律が咳払いをして、隣に座る男に目を向けた。
「美凛浜BREEZEの店長の藤堂玲央さんから、オファーなんだ」
落ち着いた黒いジャケットの玲央が手を挙げる。鋭い目元に、どこかいたずらっぽい笑みが浮かんでいた。
「よう、久しぶり。動画も文化祭も見させてもらったよ。女子高生ツインギター“赤と青”——だっけ?」
「えっ……!」夏希と千夏は同時に声を漏らした。
「うちのハコで、一度やってみないか?」
唐突な誘いに、二人の心臓が跳ねる。
「わ、私たちが……ライブハウスで?」千夏の声が震えた。
「ちょ、ちょっと待って、そんな本格的なの無理じゃ……」夏希も目を見開く。
颯太が興奮気味に身を乗り出した。
「マジかよ! 玲央さん、ホントに?」
「もちろんだ。律が熱く語ってくれてな。試す価値はあるだろう?」
夏希と千夏は顔を見合わせる。不安と期待がないまぜになり、言葉にならない。
(でも……やってみたい。千夏ちゃんと一緒に、もっと遠くまで)
(ナッキーが隣にいるなら……怖くない)
※
数日後。美凛浜BREEZEに足を踏み入れた瞬間、夏希と千夏は同時に息を呑んだ。
キャパ二百ほどの伝説的なライブハウス。壁には過去のバンドのポスターが並び、ステージにはスポットライトが二人を待ち受けている。入口には立て看板が出ていた。
《女子高生ギターユニット“赤と青”新曲発表!》
「う、うわ……名前出ちゃってるよ……」夏希は顔を赤らめた。
「私たち、本当にやるんだね……」千夏も小さくつぶやく。
リハーサル。まずは『赤と青』を合わせる。コードもリズムも、もう体に染み込んでいる。音が重なった瞬間、客席の空気がぐっと引き締まるのを感じた。
「問題なしだな」律がスティックを回し、颯太と岬も頷く。
次に、千夏が「秘密にしてきた新曲」を試すことになった。実は楽器隊の三人は、夏希が千夏に、千夏が夏希に向けて曲を作っていたことを知っていた。
「……どんなラブレターだよ、二人とも」律が呆れたように笑う。
夏希と千夏だけが、互いの“秘密”をまだ知らなかった。
※
やがて照明が落ち、ステージにスポットが当たる。観客はすでに満員。温かく盛大な拍手が二人を迎える。
夏希がマイクを握った。
「こんばんは、“赤と青”です! まずは、私たちの最初の曲、『赤と青』から!」
ギターの音が鳴り響き、客席から手拍子が起こる。緊張で震えていた声が、やがて自信に変わっていった。
曲が終わると、大きな拍手が沸き起こる。夏希は深呼吸して、観客を見渡した。
「……ついこの前の夏に、私たちはユニットを組みました。大事なパートナー、千夏ちゃんと一緒に——お揃いで曲を書いたんです。聴いてください、新曲『アオノナツ』!」
千夏は思わず息を呑んだ。
(え……アオノナツ? 私のことだ……!)
イントロ。夏希は千夏を振り返り、小さく囁いた。
「Dのメジャーでついてきて! コーラス、任せた!」
「……っ!」千夏の指が自然に動く。心臓の鼓動と一緒に。
夏希の歌が始まった。
♪
【アオノナツ】作詞・作曲:赤木夏希 編曲:赤と青
眩しい空に こだまするリズム
風に揺れる髪 二人のシグナル
迷い事なんて 波に溶かして
ここから始まる 私のメロディ
隣で笑う その横顔が
繰り返す日々を 虹色に変える
ありがとう なんて言えないけど
胸のビートが 全部語ってる
好きだよ ただそれだけで
アオノナツが 輝きになる
すれ違う道 また出会うように
流れ星ひとつ 背中を照らす
寄り添うような ハーモニーなら
あなたと響いて 強くなれる
つまづいた夜も 涙の朝も
振り向けば そこに光があった
ありがとう 声にできなくても
ひとつの歌で 届いてほしい
好きだよ こぼれた想い
アオノナツが きっと抱きしめる
まだ見ぬ景色 夢の途中で
あなたの声が 私を呼んだ
トラベリング・ソウル 羽ばたくように
未来へ繋ぐ 二人のハート
一人じゃ届かない旋律も
二人なら 空を染めていける
ありがとう なんて照れるけど
そばにいるだけで 満ちてゆく
好きだよ いつまでも
アオノナツが 永遠に変える
ありがとう 響き渡る空
好きだよ 揺れる海の色
そばにいてくれてよかった
アオノナツが 歌になる
アオノナツが 夢になる
ずっと 私たちのハーモニー
♪
千夏は声を重ねながら、涙がにじみそうになるのをこらえた。
(ナッキー……私に歌ってる。全部、私に向けて)
曲が終わると、客席から歓声と拍手が鳴りやまなかった。夏希は汗を拭いながら千夏を見つめる。
「千夏ちゃん、次は——」
「私の番だよ」千夏がマイクを握り返した。
「……ナッキーの歌を聴いて驚いた。私も、同じ夏を曲にしてきたの。忘れられない、忘れたくない夏だから。聴いてください、『アカノナツ』」
イントロ前に夏希へ目配せする。
「Emのアルペジオで入って。ハモリ、お願い」
「……っ、任せて!」夏希の胸が高鳴る。
千夏の声が、会場を包んだ。
♪
【アカノナツ】作詞・作曲:青柳千夏 編曲:赤と青
夕焼けの色に 染まる校庭
泣き笑いの声が まだ響いてる
あなたの背中を 見つめてたとき
言えなかったことが 胸に残った
誰かのために 夢を追う姿
あの日の私を 動かしてくれた
ありがとう 伝えたいけど
言葉にすると こぼれてしまう
好きだよ 眩しいくらい
アカノナツが 燃えるように
傷つくたびに 強くなれるって
そんなことばかり 信じてたけど
寄り添ってくれた 優しい歌が
今もこの胸を 温めてる
挫けそうな日も 空を見上げたら
赤く燃える雲に 勇気をもらった
ありがとう 届かなくても
奏でたリズムに 込めてきたんだ
好きだよ ずっと前から
アカノナツが 心を照らす
遠く離れても 変わらないもの
未来へ繋がる 音のしるし
あなたと出会えた その奇跡こそ
私のすべてを 包んでいる
いつか二人で 歩き出す道を
夕陽がきっと 導いてくれる
ありがとう 声にしなくても
ひとつの歌で 結ばれている
好きだよ あの夏のまま
赤の季節が 永遠になる
ありがとう 今もここにある
好きだよ 歌に変わる想い
そばにいてくれて よかった
アカノナツが 未来を灯す
アカノナツが 二人を灯す
心に燃える ハーモニー
♪
夏希はギターを弾きながら涙をこらえられなかった。
(千夏ちゃん……やっぱり同じ気持ちだったんだ)
曲が終わると、観客は一瞬静まり返り——そして割れるような拍手が響いた。
玲央が腕を組んで笑う。
「想像以上だな。若さって、強いよなぁ」
舞台袖では沙耶先生が涙を拭っていた。
「やりたいこと、見つかって良かった」
夏希は胸に手を当てた。
(千夏ちゃん。歌で、こんなに伝わるんだ。これからも——ずっと一緒に)
千夏も同じ想いで、夏希を見つめ返す。
(ナッキーの歌、全部私に向けてる。……私も応えるよ、歌で)
二人の心は、音でつながっていた。
観客の拍手はまだ止まらない。伝説のライブハウスが、二人の“赤と青”で満たされていた。




