第35話・うさぎの声
* * *
(すごく嫌な予感がするよ……ねぇ、気を付けて……エリー……!)
頭の中に急に声が聴こえ、エリアーナはアーモンド型の目を見開いた。
慌てて足元に置いた鞄に視線を落とす。けれど四角い革鞄はじっと沈黙を保ったまま。
「…………ルル?」
今までどうしていたの、なぜ来てくれなかったの。
問い掛けたい言葉は山ほどあるのに、残念ながらここは放課後の生徒会室。
「エリー、今何か?」
「いえ……なんでもありません」
夕陽が差し込む広々とした部屋には、生徒会長ジルベール、副会長のレオン、書記のウォルバート。
そこへ訪れたエリアーナとアンは円卓に並んで座り、所在なげに視線を泳がせた。
「そうか。では君たちも、彼女の言動にはついていけないと言うのだな?」
ジルベールの言葉に、がたん、と椅子を鳴らしてアンが立ち上がる。今にも机を叩きそうな勢いに、和やかだった空気が一変した。
「ジルベール様っ、聞いてください! アネットはエリーに『もうすぐ死ぬ』なんて……っ。 編入直後で精神不安定だからって、そんな妄言は酷すぎます! いくら生徒会の頼みでも、私たち、これ以上は……っ」
「アネットは君にも同じ事を言ったそうだな、レオン?」
「……え?」
ジルベールの咳払いに、レオンがうわの空だった顔を上げた。
「私たちはアネットを未来予知能力者なのかと疑ったんです。でも学園長先生は否定されました。せいぜい風魔法持ちの兆候が出ている程度だと仰って」
書き物をしていた書記のウォルバートが、淡々と付け加える。
「アネット・モローの単なる嫌がらせでは? 元の学校でも問題を起こしていたそうですし。口が悪い、態度も最悪。今朝も授業中に同級生を泣かせたと訴えがあったばかりです」
ジルベールは額に手をやり、困ったように息を吐いた。
「このまま続くようなら、生徒会としても相応の対処を考えねばなるまい。場合によっては学園長に仰ぐのも一案だが……レオン、どう思う?」
問われたレオンは、しばし沈黙したのち「……ああ、はい」と短く答える。
「アネットの妄言の話をしていたのだ。君とエリーもその妄言の被害者だろう。最近の君はどうにも沈んで見えるが、アネットが関わっているのか?」
「いえ。個人的な理由で考え込んでいただけです。アネットは無関係、それに……私は落ち込んでなどいませんよ」
そのとき、ふと憂いを帯びた青い瞳がエリアーナを捉えた。
レオンは涼やかな目元を緩め、微笑みを浮かべる。
顔を合わせるのは書庫室の一件以来。
その微笑みが自分だけに向けられたと気づき、エリアーナは慌てて目を逸らした、
『一目で惚れた……それが俺の真実』
あの熱を帯びた言葉が、耳の奥に過ぎる。
学園中の女生徒に恐ろしく人気があるレオンが、何故エリアーナに目をつけたのかは知らない。冗談でも本気でも、額にキスをされて意識しないはずがない。
だがそのせいで──。
──旦那様を、傷つけてしまった。
レオンにはきちんと話さなきゃ……私、結婚してるって。
それが、《私の真実》だって。
「レオン、君がそう言うなら良い。だが……」
ジルベールは整った眉を寄せ、考え込むように円卓に頬杖をついた。
するとウォルバートが手を挙げて口を挟む。
「レオン先輩は、アネットにずいぶん気に入られてるようですよ。僕もこの耳で聞きました、『このままじゃ彼が命を落とすから、自分が阻止する』と。ならいっそレオン先輩が直接諭したらどうです? その妄言はやめろと」
ふむ、と鼻を鳴らしたジルベールは苦笑混じりの微笑みを浮かべ、レオンを見遣った。
「気は進まぬだろうが……頼めるか?」
「私が話したところで、アネットの妄言がおさまるとは思いません。ですが、もしアネットが本当に私を救うつもりで動いているのなら、その理由が知りたい。エリーと私が命を失うと言った根拠を」
蒼い瞳が、真っ直ぐにエリアーナを射抜く。
「知りたいと思わないか? エリー」
いきなり会話を振られた。
答えようにも、混乱して喉元が詰まってしまう。
「それは思います、が……」
「なら決まりだ」
「ちょっと──」
言葉を遮るように、レオンは柔らかな笑みを浮かべる。
「週末明けの放課後、時間はあるだろう? アネットに事情を聴こう。……ふたりで」
「えっ……?!」
思わず声が裏返った。
正直、アネットにはこれ以上関わりたくなかった。だからこそ、生徒会室に相談に来たのに。
しかもレオンと二人だなんて、完全に想定外だ。
──旦那様はまた学園に赴かれる。レオンと一緒にいるところを、また見られたら?!
アレクシスにもう余計な心配をかけたくない。
ジルベールだって、アネットとは関わりたくないという気持ちを汲んでくれるはず……!
「なるほど、それは良いな!」
ジルベールは軽やかに拳を打ち合わせ、愉快そうに笑みを浮かべる。
エリアーナの抗議と期待の声は、そこでかき消された。
「レオンもエリーがいれば心強いだろう。じゃあ二人とも、頼んだよ!」
レオンを見れば、してやったりの表情を浮かべている。
背に重石を積まれたようで息苦しい。
エリアーナはそっと鞄へ視線を落とした。
──ねぇ、ルルっ。
そこにいるんでしょう? いるなら……返事をして。
声を聴かせて? お願い……!
心の中で必死に繰り返す。
けれど革鞄の中のうさぎはだんまりを続けたまま、ぴくりとも動かないのだった。
ここまでお読みくださり、有難うございました……!
本作はコンテスト用のため、ここで一旦、更新ストップとなります。
(余裕があればあと数話更新するかもしれません)
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