第27話・甘い誘惑(2)
レオンは穏やかに頬を緩めた。
呼ばれた自分は、学園長の部屋から出てきた彼女を校門まで案内した。
緊張していたエリー・ロワイエはもう忘れただろう──学園に来て、彼女が初めて笑った時のことを。
カチコチに固まったその緊張をほどこうと、レオンが《幻の蝶フレイア》を出現させたことも。
──微笑んだ顔が可愛い。いや、あれは尊かった。すぐに転ぶし、頑張っているが救いようのないドジだ。そういうのが全部、いちいち可愛い。
──あの澄ました顔を、もう一度揺らしてみたい。それだけだ。
レオンの心の内を知らぬエリアーナは、あからさまに拒絶する。
「やめて……。みんなにそんな冗談を言って揶揄っているんでしょう? 私の反応を見て、面白がっているんでしょう……!」
レオンは、きょとんと目を丸くする。
「そんな事をして何になる? 第一、時間の無駄だろう」
「あなたは自分に自惚れていて、女の子にわざと気を持たせて愉しんでいるだけ……。でなきゃ、《《こんな私》》が声をかけられるはずがないもの」
──本気で言っている? 自分が可愛いって知らないのか? 眼鏡かけてても髪引っ詰めてても、メチャクチャ可愛いってことに気付いていないのか……!
出会った時のエリアーナの風貌は今とは違っていた。
上質なワンピースを纏い、美しい髪を半上げにした後頭部には清楚なリボンが揺れていた。可憐なその姿は、一目見れば良家の子女だとわかるほどに。
「仕方ないな……」息を吐き、彼女の頑なさに「わかった」と小さく笑う。
「わかってくれたなら……眼鏡と髪留めを返してくれるわね?」
エリアーナはほっとして、頬の緊張を緩める。
だがレオンの胸の内はエリアーナの理解とは程遠いものだった。
「……俺が本気だってことを、態度で示そうか?」
ぐい、と腰元を引き寄せられる。驚いて顔を上げれば──エリアーナの額に、レオンの柔らかな唇がそっとふれていた。
「!?」
鼓動が脈打ち、息が詰まった。
額に落ちた柔らかな感触と、すぐそばで吐息が掠める距離感に、背中がびくんと跳ねる。瞬間、体温が上がった気がした。
「髪留めと眼鏡は、いつか……ちゃんと返すから」
*
アレクシスは怪訝な面差しで目を眇め、レオン・ナイトレイの姿絵を見返した。
ジルベール会長の思惑通りに「(もともと無いのだから)探しても絶対に見つからぬ」本を彼が諦めていなければ、レオンはまだ書庫室にいるはずだ。
久々に訪れた母校の風景を懐かしみながら、書庫室へと向かう。
放課後の回廊は人気がなく、閑散としている。
本当はエリアーナに、すぐ事情を問いたかった。けれど、学園の校内は妻に詰問をする場ではないと心得ていた。
──話し合いは、屋敷に戻ってからだ。
そう思った矢先、見覚えのある後ろ姿に遭遇する。
「……エリー?」
後頭部に小さくまとめた灰紫の髪。隣を歩くのは、エリアーナと一緒にいた赤毛の女生徒だ。
彼女らも書庫室に向かうようで──。
目的の場所は同じだが、気付かれぬよう距離を取りながら歩いた。
書庫室に入ると、赤髪の女生徒が二階に駆け上がって行く。残されたエリアーナは本棚に沿って歩き、何かを探しているように見えた。
──俺もレオンを探さねば。奴の顔を見ておきたい。
「……ン?」
不意に現れた一人の青年が、エリアーナを追って本棚の影に消えた。強い違和感と理由もわからぬ苛立ちが喉元まで迫り上がる。
胸騒ぎに導かれるように、アレクシスも後を追った。
その先で──予感が現実に変わることも知らずに。




