21.親としての責任。
学校からの手紙を見て、我はこそりと溜め息を吐いた。まさかこんなことに対して溜め息を吐くことになろうとは。けれどこれは想像以上に深刻な問題だ。我はあの子供の親としての責務はまっとうするつもりだ。けれどそれとこれとは話が違う。将来についての相談であれば、いくらでも学校へ行くだろう。だが今回は、授業を受けている子供の姿を見守る、というものだ。
我の身体は大きく、そして顔のつくりも良いとは言い難い。鎧を身に纏っていないときは覆面のようなもので顔を隠してはいるが、そうしたとしても、他人に威圧感を与える風貌をしていると我は自覚している。慣れた人間ならまだしも、恐らく普通に生活している街の者に混ざれるとは到底思えない。
「仕事」や「襲撃」に関する大人数の行動であれば、他に誰がいようとも、特に気にはならない。しかし今回は「仕事」でも何でもない。ただただ、ごく普通の行動をせねばならないのだ。我はそのような日常に慣れていない。慣れようとも思わなかった。もう、慣れなくても良い立場にあったから。
「あら、貴方が迷っているなんて、珍しい」
我の異変に気付いたのか、女主人がそう声をかけて来た。今回はいつものカウンターではなく食堂の端の席に陣取っている。だからなおさら不思議に思ったのだろう。どうにもこの女主人には敵わない。何もかもを見透かされているようにさえ感じてしまう。まあこの場合、そう考えてしまうのは、我の精神状態にもよるのだろうが。
「これを」
我はそう答えてから、学校からの手紙を見せる。それに対し、女主人が驚いたように、まあ、と声を上げた。
「もうそんな時期なのですね」
にこにこと微笑みながら、女主人が手紙に目を通す。何人もの子供を育て、その成長を見送ってきた彼女にしてみれば、ごく普通の報せなのだろう。だからこそ、経験豊富な彼女に任せたいのだが。そんな我の思考を読み取るかのように、女主人が微笑んだ。
「もちろん、行くのでしょう?」
「うむ…」
先手を打たれてしまった。まあ、こうなるであろうことは予想出来ていた。だがそう簡単に良い返事を出すわけにはいかない。なのでどうにも曖昧に答えてしまった。
「貴方はあの子の保護者…親なのですよ。親としての責任を果たさないと。何より、あの子は貴方に来てもらいたいから、この手紙を渡したはず」
女主人が、さらに追い打ちをかけた。保護者だから。親だから。貴方に来てもらいたいから。その言葉が我の心を乱す。以前にもあの子供を悲しませるような行為を、我はしてしまったことがある。その度に、共に寂しい思いをした。だからそうならぬよう努力した。
「行ってあげて。あの子のためにも」
「……我で良いのだろうか」
「何を言ってるんですか。あの子の親は貴方ひとりだけです。私でもない。他の誰でもない。貴方なんです」
「我だけ…か」
ぽつりと零れたその言葉に、女主人が力強く首肯する。
「あの子から逃げては駄目。いつものように、あの子と向き合えば良いのです」
何だったら私が見張りますからね。ふふ、と笑ってから、女主人がそう続ける。いつものように、あの子供と向き合う。今まで我はどうやってあの子供と接していただろう。我はあの子に対して、積極的ではない。だが最低限の干渉は、親としてやっているつもりだ。あの子供に火の粉が降りかからぬよう、我はあれを見守る。ならば、そうすれば良いのだろう。実行できるかは、また別の話だが。
親というものは、なかなかに難しい生き物だ。そう感じた。我が子供のときは、そんなこと微塵も感じなかった。否、そう思えるほど、成長していなかった。あの頃の我は…我は、どうしていただろう。思い出そうとしたが、それが出来ない。まあはるか昔の出来事だから、そう簡単に思い出せないだけだろう。だが我は何かを忘れているような気がする。だがどうして急にそう考えたのだろう。分からない。ただただ心の底に、わずかなしこりが残っただけだった。それもきっと、子供が帰ってくれば忘れるだろう。我の幼い頃など、それくらいの、思い出しかない。




