20.5・閑話休題・ギルドの仕事。
このギルドに入ってから、どれくらいの時間が経ったんだろう。図書館にある古い書物を眺めながら、ふとそんなことを考えてしまう。目の前に広がる文章の前では僕は若輩者だけれど、それでも一応、一人前にギルドの仕事をこなしている。そう思っている。憧れだったこのギルドに入れたことは、僕にとっては幸運以外の何物でも無かった。
僕には戦闘能力も、術式適性も無い。といってもこの世界では、ほとんどの人がそれに当てはまる。砂漠の中で金の粒を探すくらい、この能力を授かる人を探すのは難しい。特に術式適性に関しては。戦闘能力は自分自身の努力である程度何とかなるけれど、術式適性はその人自身が生まれ持った能力だから、後からどうこうすることは、基本的に不可能だ。
僕にはこれといった能力が無かった。だから家を継ぐか、商業ギルドで仕事を請け負うか、またはそれ以外の道を考えていた。けれど父と共に出掛けたギルドで見た光景が、僕の将来を決めた。ギルドに集まるのは、戦闘が出来る者だけじゃない。それを支える裏方もいる。彼らは花形である冒険者たちを笑顔で支え、そして情報を与え励まし、見送る。そんな彼らに、幼かった僕は魅了されてしまった。こんな僕でも、努力すればこのギルドに入れる権利があるのだと。
僕は誰かと話すのが好きだった。そりゃあ苦手な相手だっている。それから、己の趣味も相まって情報収集の類も得意だった。だから僕は誰よりも勉強し、その長所をひたすら伸ばしていった。家業を継いでくれると思っていた両親には悪いと思ったけれど、それでも、僕はこのギルドに入りたかったのだ。
このギルドには様々な冒険者や傭兵が集まる。何も知らない新人さんから、それこそ世界中に名の知れた有名人まで。この街に住まう、あの傭兵さんもその有名人のひとりだ。あの人は僕が生まれたときからもう既に傭兵として戦っていた。この街に住む子供…特に男の子は、彼に一度は憧れを抱いた。あの大きな剣ですべてを切り裂く、無口な傭兵。だから彼と初めて話す機会があったとき、僕は内心、飛び跳ねて喜んだものだった。
ああ、いけない。また考えに耽ってしまった。仕事が上手く進まないと、どうにも思考が脱線してしまう。様々な相手の情報を集めたり、対応をしてきたけれど、傭兵さんからの依頼は一筋縄ではいかないものが多い。けれどその情報を得られたときの達成感と多幸感は相当なものだ。何よりもやりがいを感じる。でも、いつもな滞りなく進む作業が、まったく進まない。僕は焦っていた。
今集めている情報は、少しずつ調べていくうちに、この街が出来始めた頃の時代にまで遡っていた。それこそこの街に関することであれば、図書館の古い資料で事足りる。けれど今回はほとんど人の手が入っていないような場所だ。これ以上詳しく調査するには、神殿が保管している歴史書にまで手を出さなければならなかった。
神殿の保管庫に入るには、特別な許可が必要だ。街の有力者…簡単に言えば僕の属するギルドマスターなどであれば、すぐに入ることが出来るだろう。でも僕はそのギルドの末端のひとりだ。そう簡単に入らせてはもらえない。神殿から許可をとり、なおかつ、その監視下で調査をせねばらならない。そんなことをするのは、このギルドに入ってから初めてのことだ。
今日も僕は許可が下りないか、神殿に伺いを立てに来ていた。やはり保管庫となると、かなり審査が厳しい。今回も駄目か。僕は誰もいない、だだっ広い図書館で、誰にも知られずに溜め息を吐いた。
「やあ」
「うえっ!?」
背中から話し掛けられたので、思わず変な声を上げてしまった。振り向いてみると、そこにはギルドマスターが立っていた。この人の顔を見るのは、僕がギルドに入団したときの挨拶や、緊急事態が起きたときくらいだ。いわば雲の上のような人が、どうしてこんな場所にいるんだろう。
「ギルドマスター?どうして…」
「僕もここに用があってね。どうやら君はここでの手続きに苦戦しているようだから、マスターとして助力しようと思っただけだよ」
そう語って、ギルドマスターが穏やかに微笑む。僕が保管庫へ入るための申請に手こずっていることは、定期報告で恐らくマスターも知っている。でもまさか直接本人がやって来るとは思わなかった。もしかしたら依頼主が、マスターの幼馴染だと言われている傭兵さんだからかもしれない。
「ありがとうございます…!」
僕はそう言って深々と頭を下げた。そんな僕を見て、構わないよとマスターが言ってから、近くの神官に話し掛けるためにそちらの方へ歩き始めた。思わぬ人の登場に驚きはしたけれど、そのおかげで調査が一歩前に進みそうだ。
「許可が出た。さあ、行こう」
しばらく神官と話していたギルドマスターが、僕の方に向かってそう告げる。マスターはこの街の有力者だから、どんな場所でもほぼほぼ申請なく通れてしまう。本当にこの方は凄い。改めてこの方の偉大さを感じながら、僕は開かれた保管庫へと足を運んだ。




