18.商業ギルドと噂。
ギルドの通りから少々歩いた先に、商業ギルドに属する者たちの店が連なる商店街に出た。冒険者などはだいたい朝方に用事を済ませてしまうので、今いるのはゆっくりと買い付けに来た商人や、ごく普通に生活する者たちだ。なので人の数は多くない。我の身体は他の者と比べて大きいため、混雑の中に飛び込むのは少々躊躇う。
リストをちらりと見てから、我は目的の店へと向かう。長らくこの街に住んでいるゆえに店はだいたい把握しているので、迷うことは無い。報酬を受け取るのは、順調に進んだ。そして三軒目で我は子供のために魔物除けの守護アイテムを購入した。街の外にはまだ出すつもりは無いので、嵩張らぬような小さな物にした。あのつぶらな瞳のような、アイスブルーの石がはまっている。それを無くさぬよう、我は懐にしまった。
とりあえず交換したいものはだいたい終えたので、整理も兼ねて我はいったん根城の宿屋に戻ることにした。そうしていれば、子供も学校を終えて帰ってくるだろう。
「あっ、おかりなさーい!」
玄関口に入ると、少女のいつもの溌溂とした声が響いた。いつもなら食堂でくるくると忙しくしているだろうに、今日の彼女は余裕があるように見えた。
「仕事は忙しくないのか?」
「はい、もうランチタイムは終わりましたので」
「もうそんな時間か」
そう素直に問い掛ければ、にこにこと笑いながら少女が返した。もうそんな時間か。時計を見やれば、彼女の言う通り、昼はとうに過ぎてしまっていた。どうやら店をあちこち周っているうちに、昼の時間を過ぎてしまっていたようだ。道理で腹が減るわけだ。
ここでは時間外でも食事がとれる。我はまず自室に戻り、アイテムをとりあえず置いておいた。整理は食後にすればいい。交換し忘れが無いかだけ確認してから、我は食堂に向かった。少女の言う通りランチタイムは終わっているので、人の影はまばらだ。いつものカウンターに座ると、少女がすっとランチメニューを出してきた。
「ランチタイムは終わったのではないか?」
「傭兵さんはうちの大事なお客様ですから。まだ材料も残ってますしね」
そう言って、にこりと少女が笑う。長らく世話になっていると、こうやって宿屋の方が気を利かせてくれることが少なくない。そのことに礼を言ってから、我は一番高い金額のメニューを注文した。気を利かせてくれた恩は返さねばならない。それを聞いた少女はありがとうございますと言ってから、軽やかな動きで奥のキッチンへと消えていった。
もう少しで学校が終わり、子供も帰ってくるはずだ。時折、寄り道をしてくるときもあるが、些細な時間差に過ぎない。そこまで遠出をしないよう、厳しく言い付けてあるので、街の隅で迷ったという過去も無い。そう考えていると、少女が食事を持って戻ってきた。
「お待たせいたしました!」
舞うような動きでありながら繊細に、食事が我の前に置かれる。兜の一部を外し、黙々と食事を始める。ここの食事はいつでも美味い。逆に我はこの店以外の食事をあまり知らない。街でここ以外に通っている店は、数軒しかない。親がいなかった我にとって、ここの店の食事が、家庭の味と言っても過言では無いのだ。
「そういえば、最近街でこんな噂があるんですよ」
傭兵さん、知ってます?そう聞かれ、我は手を止めて何のことだと聞き返した。
「みんなが眠るような深夜に、幽霊が出るんですって。街のあちこちを徘徊してるらしいですよ」
「幽霊だと?」
「はい」
我の問いに、少女がこくりと頷いた。ヒトも魔族も、死に絶えれば肉体は朽ち、そして魂は神官の祈りによって浄化され、空よりもさらに高い場所へと導かれるという。極まれに歪みに侵されたり、生前の強い残留思念があると、そこには行くことが出来ず彷徨うこともあるとも言われている。さすがに幽霊を相手にするのは我には無理だ。何よりそれは神官たちの領域だろう。何故そんなことを少女は我に話したのだろうか。この少女に限らず女性は噂話が好きだから、誰かに話したかったというのもあるのかもしれない。
「襲撃」が終わったら次は幽霊か。この街…否、世界全体は大小関わらず何らかの脅威が存在している。だがここまで騒ぎが続くのはどこかおかしい気もする。我はギルドに属さぬため、仕事が頻繁に来るという機会は滅多にない。だが最近は、個人の依頼やらギルドからの要請やらが続いている。何か良からぬことが起きるような、そんな危機感を覚えてしまう。
ただの噂話であって欲しいものだが、生憎この少女が話す噂話は、ほぼほぼ真実と言ってもいい。もしかしたら正体は幽霊ではないかもしれないが、何者かが、深夜に徘徊しているのは恐らく間違いないだろう。子供が夜中外出することは無いだろうが、念には念を入れておいた方がいいかもしれない。
さっき買った守護アイテムが、こんな風に役に立つ可能性が出て来るとは、想像もしなかった。街の警備は神殿側が行うだろうが、我も少しばかり動いてもいいかもしれない。生憎「仕事」は来ていないし、直された装備を試してみたいという、いささか邪な考えもある。とにかく、この昼食を食べながら、子供の帰りを待つとしよう。
あけましておめでとうございます。少しずつですがまた書いていく予定なので、本年もよろしくお願いいたします。




