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ルクソルド  作者: まこ
一部
12/12

九章

九章


遺言球を無事に手に居ててから暫く経ったある日のこと。

ルーディアナが待ち望んだ儀式の日が訪れた。事前に告げられた内容の通り貴族たちは謁見の間へと集まっている。皇女が遺言を公開する、と告げた日である。

皇族の名においての招聘とあらば参じないわけにもいかず、本意ではない貴族もいる。国王代理兼宰相のダリオもまた、表立っての言動や行動は起こさないものの機嫌が良いとは言えない態度で席に加わっている。それはそれとして、本来この国での儀式と言えば聖人と対象者、そして少しの上位貴族の身で行われるのが常なのだが今回は下級の貴族までも集められておりその異様さにざわめく貴族たちだったが、ぱん、と手を打つ音がしてはっと振り向けばそこには手を鳴らしたのであろう皇女と、いつの間に移動したのであろうダリオ宰相の姿。誰もが驚いた。やがてしぃん、と静まり返る。

いつの間にか玉座の前に存在していた皇女は宰相よりも奥に、騎士を一人、近衛を一人連れ玉座に座っていた。


「ご機嫌麗しゅうございますわ」


凛、とした声に貴族たちが再びざわめく。今まで皇女殿下は未成熟であることと持病を理由に公的な場所にほとんど顔を出さなかったようだが、今の彼女は健康そのものである。実情を知っている上流貴族たちは苦々しい顔をしたし、知らぬ下級貴族たちはぎょっとした風情で皇女をみる。


「私のこの姿に思うものも多いでしょうが、私がいうべきことも、なすべきことも一つ。先々代皇帝ルケティウス陛下の遺言球を公開いたします」

「………殿下」


上流貴族から出た、苦々しい、けれど落ち着いた声音にルーディアナは微笑んで見せる。病であると公には偽られ、またその振りを自分も利用していた。これは自分に分の悪いことだが、引くわけにはいかなかった。


「なんでしょう、アントネッリ卿」

「我々はルケティウス陛下が遺言球を遺されていたと聞き及んでいないのですが」

「そうでしょう、私しか知らぬことです」

「ほう、それは本当に先々代の遺言球なのですかな?よく似たお声の人物ではなく?」


なるほど。と、思う。

ここで疑念を僅かなりとも植え付ければ皇女の築こうとしているものは揺らぐだろう。

だが、それをやすやすとさせるわけにはいかない。あくまでも優雅に、確信の笑みで応える。


「勿論ですわ。尤も、割れば真実などわかりますが」

「し、しかし!」


割り込んできた声の方向をルーディアナが見れば壮年の男がいる。年甲斐もなく焦っている姿が滑稽でルーディアナは薄く笑んだ。彼もまたアントネッリ公爵に阿る貴族だ。


「しかし?」

「本当に、本当にそれは遺言球なのですか」

「ええ。ですから、中央神殿の神官長、シルヴェストロ様にお持ちいただきました」

「なん…」

「如何に此度の儀式が異例であれど、神殿の許可と聖人の参列があれば認められない、ということはありませんわね」


中央神殿長、更には神官を束ねる立場でもあるシルヴェストロ・ミトラス。若くして聖人の名を冠するものである。彼のものが正しく遺言球であるというのならば、否定できるものはそうはいない。逃れようのない人物を出され貴族達は押し黙るも、アントネッリ公爵だけは、涼しい顔をしている。食えないこと、とルーディアナは思うものの、それを表に出す愚は犯さない。


「…………枢機卿ではないのですな」

「神官長ではご不満でしたかしら?」

「いえ」

「では、シルヴェストロ神官長をお呼びして」

「は」


皇女が連れの騎士に告げると、ややあって広間と回廊とを繋げる扉から聖職者が入ってくる。当然、呼ばれたシルヴェストロである。正装した神官の登場にダリオ派の貴族たちはあからさまに不快を示し、中立派の貴族たちは戸惑う。ただ一かたまり、チェスティ公爵の周りだけが静まり返っていた。

ルーディアナはよく通る雲雀のような声でシルヴェストロをねぎらう。その姿は傅かれることに慣れた支配者の姿であった。


「お召しにより参上いたしました」

「感謝します」

「神殿は此度の儀を正式なものとして認め、執行いたします」

無駄なことは何も言わず、シルヴェストロは無造作にも思える手つきで遺言球を手に取る。儀式であろうとこれは個人の遺言を閉じ込めたものだ。公開することに華やかさも演出もいらない。

ただ、割ればそれは絶大な威力を発揮する。そう知っているからこそ、神官長は静かに手に持っていた球体を周囲がよく見えるよう掲げる。それは確かに、国章が刻まれルケティウス皇帝の紋章が刻まれた遺言球であることを周囲に知らしめる行為で。新たなる国主を皇女と認めぬ輩はあからさまに動揺が走った。


「あれは」

「確かに、先々代皇帝の」

「けれど何故今さら」

「そうだ今さらなんだというのだ」

「だが……」


ルーディアナは喋らない。ただ、辺りに視線をやるだけではあるが彼女のその行為に誰もが口をつぐむ。

ざわつく声を沈黙させルーディアナはその口唇を開く。その様は支配するのに慣れたものの姿で、王に足る威厳を持つ皇女に中立派は思わずといったように溜息を洩らし、反対派も黙らざるを得ない。


「今、この時に遺言球を割ることはルケティウス皇帝との約定でした」

「それこそ疑わしい!」

「第一、殿下はお身体が悪いのではなかったのですかな」

「それなのに本日はお元気なようで」

「まさか、我らを謀っていたと?」

「…………誰が」


口々に攻め立てる貴族たちの言葉の海に一つ言葉を落とすことでルーディアナはさざめく波を鎮める。けれど静まり返った水面に波を立てるのは、今度はルーディアナからだった。ふわりとさざ波のように笑んで、愛らしく首をかしげて見せる。けれどその瞳は凍てついた夜を思わせる色を含んでいた。


「誰が私が病弱だと云ったのです」

「誰が、などと…」

「それは私自身ですか。それとも」

「体調を理由に退席したことがおありでしょう」

「私から何も申しておりません。叔父上のご判断によるものです」

「確かに言ってはおらぬでしょう。けれども、現に体調を崩されている姿をお見かけしたものも多い」

「あれは病がもとではありません」

「ではなんと」

「さて、それは貴殿らの方がよく知っているのではないですか」

「…………戯言を!」

「戯言かどうか。心に恥じるものを持たぬものならば何も思うところなどないはずです」

「なんと」

「皇族に直接下賤な言葉を投げる価値のある疑問があるのならばすべて今、この場で申しなさい」


暗に体調不良は貴族の所業であろうと仄めかすルーディアナに反対派は押し黙る。皇女が体調を崩す理由に心当たりは皇女反対派の誰にも確かにあった。

誰もが一度は暗殺を企て、あるいは暗殺の計画を耳にしている。むしろ、死ぬべきところで死なぬ皇女を恐ろしくさえ思っていたのだ、不審には思うまい。現に皇女が体調を崩す時は貴族たちが暗殺という手段を用いた時と重なっている。言い返す言葉は反対派には用意できなかった。中立派も、反対派のその態度に思うものがあるらしく彼等に対し軽蔑を注ぐ。

そしてなにより、ダリオ宰相自身が何も言わないのである。反対派とて神輿が動かないの出れば騒ぎ立てることもできないのである。


「ありませんか」

「………………」


沈黙を返す貴族たちを睥睨し、アントネッリ公爵へとルーディアナは視線を向ける。彼は年老いた皺の海に表情を隠し、露わにすることなく静かに佇んでいる。意義は無いとみて視線を外し、眼前の神官長へとルーディアナは言葉をかける。


「では、続きを」

「はい」


掲げた球体から神官長が手を離すと球体がその場に留まる。通常ではありえない現象に遺言球の儀を知らぬ人々はさざめくが、知っている者たちは無言で見守った。

球体は、くるりくるりと回転を始めやがて神官長が小さく言葉を紡いだ時にぴしりと縦に亀裂が走る。紡がれ続ける言葉に亀裂も増してゆきいざ割れると云う時に紡がれ続けた言葉は止まり、回転も亀裂もぴたりと止まる。奇妙な静寂ののち、皇女の口唇が開かれる。


「――我は誓約者、約定を果たせしもの。約定に従い、疾く割れよ」


その声に応えるようにして、球体はついに大きく割れて中からは音が転がりでる。そうとしか云えぬ現象だった。

音は声となり、静かに場に満ちる。

声は、場を支配するに相応しい威厳を備えていた。


『………大義である。』


それは静かで、けれど晴れた日に鳴る雷のように強く苛烈な声だった。

ルケティウス皇帝そのものの声に、理解してはいたけれどもと場は再びざわめくが、ざわめきは一瞬でその後は一瞬たりとも逃してはならぬとでも言うように瞬く間に静まり返る。それを見越してかは知らぬが、かの皇帝の声は少しの間をおいてから告げられた。


『この声を聞くときは恐らくは皇位継承前のことと思う。貴殿らが誰を王と崇めるのかは私にはわからぬ。我が子、ダリオか。我が孫、ルーディアナか。けれどもただ一つ言うならば』


区切られた皇帝の言葉に応じるように皇女は瞳を伏せる。ダリオ宰相は只真っ直ぐに遺言球を見つめている。何も言わずとも、何も示さずとも自然と集まる周囲の視線に宰相とただ一人、アントネッリ公爵だけは皇女をみるでもなく球体を見据えている。それはどこか、いるはずのないルケティス皇帝をそこにいるかのように見据えているようでもある。彼はルケティウス皇帝の言葉を苦々しく感じているようでもあり、ただ聞き流しているだけにも思えた。


『ルーディアナ・ユノ・ルクスこそが輝きの眼を継ぐべき人間である』


呻きがそこかしこから漏れる。

輝きの眼は皇国の宝だ。それを継ぐならば、即ち皇位を継ぐも同義。

かの皇帝は誰が王として相応しき人間であるか宣言したようなものだった。

しかし、輝きの眼は皇帝の死後一度も公に出たことはない。であるならばこの遺言も無効かと誰しも僅かな期待を心に浮かべたところで皇帝の声が告げる。


『だからこそ、今。この時を以て私は彼女に瞳を授けよう』


ばかな、だとか言葉にならぬ呻きが漏れる。確かにかの皇帝は賢帝だった。けれども、時を越えることは誰にもできないし、彼はもうこの世に存在しない。そんなことはできるはずもない。それこそ、神か悪魔のなせる技だ。

そして、遺言球を記録した際にルーディアナが授かっていたのであれば、彼女が黙ったまま虐げられているはずがない。

しかし、告げられる言葉に呼応するように伏せられていたルーディアナの瞳が開かれる。

その時。

彼女の瞳は真っ直ぐに貴族たちを貫いた。

夜を閉じ込めたように誰よりも濃き藍色を宿している、瞳。

彼女の瞳はそのはずであった。

そう誰もが知っていた。けれども、今。

彼女の瞳はかの偉大なるルケティウス皇帝と同じ黄金の瞳であった。

誰も知らぬ三宝のうちが一つの宝。

それが彼女の瞳だとでもいうのだろうか。疑わしく、けれど本能で識っている色。その強き輝きこそが、この国に生きる者全員が、その輝きこそ国宝の一つであると識っていた。

知らずとも、魂が識っていた。

――今、時を越えて伝説は刻まれる。


「…………黄金の瞳は、私に授けられました」


輝く満月の光のような静けさで言葉が紡がれる。茶番であろうと、かつて彼女が事前に授かっていたのだとしても。それを論破出来るものは此処には居ない。

奇跡として目の前の光景を受け入れるすべしか、この場にいる人間には許されていなかった。


一部完結です。二部に関しては修正が完了次第順次アップの予定です。

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