想いの終着点
「あれ、意外と空いてるね」
そう言って彼女が指差した先には、『待ち時間5分』と書かれた看板が立っていた。
これならすぐに乗れそうだ。
「人気ではあるけど、かなり大きいからね、回転率も高いみたいだ」
「ちょうど夕焼けが見れそうだね。 他の人は陽が沈んだ後に乗るつもりなのかな? 横浜の夜景もすっごく綺麗だろうし」
「次乗るとしたら冬がいいな~。 イルミネーションが凄く良さそう」
「さては誘ってるな?」
「明梨が良ければ行こうよ」
「バレたからって直球だね~。 デートのお誘いってことでいい?」
そう言って露骨ににやにやしてこちらを横目で見てくる。
本気にしてるんだか、からかってるんだか……。
ジョーク混じりの会話をしていると、すぐに僕らの番が回ってきた。
こうやって実際に乗るとなると、どうしても緊張してしまう。
「この観覧車に乗るのは初めてですか?」
「え、ええ」
次のゴンドラが来るまでの間に、横に立っていたスタッフが話しかけてきた。
突然のことに驚いてしまう。
「この観覧車は1周約15分となっております! この時間帯では、横浜の街並みに加えて美しい夕焼けが見ることができて、とてもロマンチックですよ! ……お二人は付き合っているんですか?」
「「っ!? いやっ……付き合ってないです…………」」
突然口から放たれた言葉が刺さり、2人して慌てて答える。
狙ってもないのに、声が重なる。
その様子が面白かったのか、スタッフは口元を緩め、ゆっくりと回ってきたゴンドラの扉を開く。
「それでは、最高のひと時をお過ごしくださいね!」
「あ、ありがとうございます……」
そう言って明梨を先に乗せ、僕が後から乗ろうとすると、
「…………頑張ってね……」
「……!?」
僕が乗る瞬間に小声でそう呟いた。
すぐに振り向くが、スタッフは何事もなかったかのように微笑んでいた。
「「…………」」
乗ってから数分経っても、僕らはまだ一言も喋ってなかった。
さっきのスタッフとの会話もあって、僕らの間にはどこか気まずい雰囲気が流れている。
なんか喋らないといけない気がしてならない。
こうして黙っているうちにもどんどん高度は上がっていく。
「……明梨って高いところ大丈夫なの?」
「……あ、うん……」
「そっか…………」
……結局こうなってしまう。
その後の会話が続かない。
1度意識してしまうと、こうも会話が難しくなってしまうのか……。
ふと目線を逃したくなって外を見ると、そこには夕日の淡い光を反射して輝く街並み。
その反対側を見ると、広大な海がその先まで続いていた。
「凄いな……」
僕は思わず感嘆の声を漏らす。
もう少し遅い時間に乗っていたら、夕焼けのかわりに夜景が観れただろうが、これはこれで十分すぎるほど幻想的な景色だ。
この景色を前にしたら黙っていることなんて気にならなくなってきた僕らは、その後も喋ることなく外を眺めていた。
「優……?」
「ん?」
「隣、いい?」
「あ、うん……」
名前を呼ばれて彼女の方を見ると、反対側に座っていた明梨が僕の隣に来ようとして僕に聞いた。
恥ずかしがっているのか、ちょっと下を向いているから必然的に上目遣いになる。
僕からしたら断る気もないし、そもそもそんな眼で見られたら断れるはずもなく、すぐに隣を空ける。
ゴンドラはもうそろそろ頂上に差し掛かるところだ。
「綺麗だね、夕日」
「だな。 来てよかったよ」
「私も今日、優を誘ってよかった。 行く場所とかは優に全部任せちゃったけどね」
「楽しかった?」
「うん。 本当に楽しかった」
そう言って彼女は笑う。
夕日をバックに微笑む彼女は今まで見たことがないくらい綺麗に見えた。
「そっか。 なら良かった」
たとえそれがお世辞であったとしても、そう言ってくれるだけで十分だった。
ただ、これで満足していてはいけないことを思い出す。
僕は、ここで変わるんじゃなかったのか。
想うのは簡単だが、それを実行するのが難しい。
そんなことはわかりきっていただろう。
ならば声に出せ。
変われ。
「あ、あのさ。 明梨」
「ん? どしたの? 優」
彼女の視線が僕を貫く。
途端に言葉が途切れ、思わず眼を逸らしてしまう。
何してるんだ。
言わなきゃ。
今伝えないでいつ伝えるんだ。
そうして、自分を再び奮い立たせて、彼女を見遣る。
「僕……は…………」
君のことが好きなんだ。
僕と付き合ってくれ。
ついにそう言おうとしたときだった。
彼女の立てた人差し指が僕の口に当たる。
まるで、全てが分かっているかのように笑顔で僕を見て、
「大丈夫。 後でゆっくり聞かせて?」
真意の読めない彼女の唐突な発言に、僕は思わず黙り込んでしまった。
気付けばもう一周してしまったみたいで、すぐに扉が開く。
「出口はあちらです」
淡々としたスタッフの対応に流されて出口に向かう。
どうやら、タイミングを逃してしまったのだろうか。
「あの…………明梨?」
彼女は出口を出るとすたすたと駅に向かって歩き始める。
声をかけたが、振り向いてくれない。
慌てて彼女の後を追う。
そのまま歩くこと約10分。
駅の改札近くまで来て、先を歩いていた彼女は足を止めた。
「さてと、優くん。 突然だけど、私の好きなところを5個くらい挙げてくれないかな?」
振り向いて聞いた彼女は恥ずかしげに、だけどどこか嬉しそうに微笑んでいた。
「いいの? 10個くらいは余裕で言えると思うよ?」
明梨の笑顔に安心した僕は、にやにやしながらもそう返す。
「……やっぱ今のなし。 優、何か私に言いたいことは?」
彼女は顔を赤くして少し俯く。
さっき言えなかった言葉が、今はさらりと出てきた。
「明梨のことが好きなんだ。 僕で良ければ、付き合ってくれ」
「…………」
黙り込む彼女。
そして、眼の端にじんわりと涙を浮かべつつも、明るい笑顔で言う。
「うん! 喜んで!」
言葉では表現し難い達成感と高揚感に包まれて、僕は思わず彼女を抱きしめた。
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