消えた。それは最初から消されていた
コツン、コツン。コツン、コツン。二人分の靴音が暗い下り階段を下りる。その音が響くたびに、何かいるのではと、少女たちはお互いに強く手をつなぎ、ビクビクと辺りを見回す。
どうしてもう夜になりかけているこんな時間に来てしまったのか。二人は少しだけ後悔した。が、ずっと探していた場所にやっとこれたのだ、ここで引き返すという選択肢は二人にはない。
長い階段を終え、二人は無残にひしゃげた扉を見てゴクリと息を呑んだ。長い時が経っても錆び一つ付いていない頑丈そうな扉がここまで無残な姿になるのか。すると、先ほどまで隣にいたはずの彼女が興味深そうに扉へと手を伸ばす姿が少女の視界が捉えた。
「えっ、ちょ、なにしてんの!? 危ないよ!」
咄嗟に彼女の手を引いた少女。おかげで、伸ばされていた手は寸でのところで扉へと触れることは無かった。すると、扉へと向いていた彼女は振り向き口を尖らせる。
「そんな顔してもダメ。その扉に変なものでも付いてたらどうするの。手がドロドロに溶けちゃったりするかもしれないんだよ?」
「うーん。いやぁ、それはわかってるんだけど……でも、やっとここまで来たんだよ? ずっと、探してた、オカルトマニアの聖地! 三十年前、凶悪な犯罪者や精神疾患者だけを集めて隔離した伝説の孤島!」
そう言った彼女はキラキラとした眼差しで少女へと笑顔を見せた。少女は何も言えない。
彼女の言う通りだ。ずっと探し続けていた。地図と歴史から消し去られた忌まわしき孤島。それを何年もかけてやっと見つけたのだ。それが、今目の前にある。その為なら、危険かもしれないとわかっていても、行きたい。
「……でも、そうだとしても、素手で触るのは良くないよ。だって、ここは、あの有名な自分の娘を怪物に変えた科学者の家だよ?」
「そうだよね……そんでもって、ここに自分の娘を閉じ込めて、人を食べさせたって話だしね」
シュンとする彼女の手を握った少女はそっと微笑む。いつもは強気で不思議なことが大好きな彼女の暗い表情は見たくない。
怖いという気持ちを彼女の為だと必死に言い聞かせ、少女は大きく息を吐き出す。
「そんな顔しないでよ。とにかく、もう少し色々回るしかないよね……まって、貴女、私が帰ろうって言いださないようにするためにそんな顔したでしょ?」
「……そんなことないよ」
ギュッと握られた手に力が籠められる。ため息をつけば、彼女は許して貰ったと判断したのだろう。パッと表情を明るくさせると、扉を見つめる。
そして、彼女は呟く。
「怪物となってしまった少女――月橋桜咲はどんな生活をして……いたんだろう」
「……? ちょっと、どうかしたの?」
急に黙ってしまう彼女の背中をつつく。だが、彼女はまるで石像にでもなってしまったかのように微動だにしない。いつもの怖がらせるための悪戯だと思ったが……どこか様子がおかしい。
一瞬、あの扉の向こうに閉じ込められ怪物へと変えられた月橋桜咲の幽霊が取り憑いたのではと、考えてしまう。だが、そんな非科学的なことがあるわけない、くだらないとその考えを蹴り飛ばそうとしたその時――
「案外、その考えは当たっているかもしれないわね」
「え……?」
目の前の彼女からは想像できないほど落ち着いていて凛とした声が響く。声質は彼女のままだが、いつもの快活さは影を潜めている。
ジワリと紙にコーヒーでも零したように黒いシミのような不安が少女の胸の中で広がって来る。あれは、彼女なのだろうか。
「久々に人が来たから誰かと思ったら、こんなに若くて可愛らしい女の子が二人。よく、この場所を見つけたわね。でも、貴女たちの話を聞いていると、随分と話の内容が変わっているのね。前の人は、月橋桜咲は怪物を食べて怪物になってしまったっていうなんともくだらない話だったかしら」
「……っ」
「ねぇ、貴女たちはどうやって、ここの話を聞いて、この場所を見つけたの? どうやって来たの?」
「え、あ……その……っ」
冷たいとも何とも言えない温度を感じさせない無機質な声。それを聞いているだけで息が苦しくなる。まるで、自分の心臓を鷲掴みにされているような、そんな圧迫感で苦しさと痛みが沸き上がる。
何か言わなければ、そう思ってはいても口から言葉は出てこない。
すると、目の前の彼女はクスクスと笑う。それだけで、心臓が痛みを訴え、背筋に氷でも入れられたかのような冷たさが走る。
「ふふふ、そんなに怯えなくても私は取って食べたりしないわ。で、誰から聞いたの? オカルト仲間?」
「あ、その……同じ、オカルト……仲間の、人に聞いて……そこからは、いろんなところで情報を集めて……」
たどたどしく答える。目の前の彼女はクスリと笑う。自分の寿命が彼女の言動一つ一つによって削り取られているかのような気分だ。
冷汗が背中を伝う。呼吸はどうにか落ち着いてきたが、依然として心臓は激しく脈を打っている。
「ふーん。本当に、人間って愚かな生き物ね」
「え……?」
「だって、嘘の噂に怯えて、バカなことにノコノコとこんな場所まで来ちゃうんだから」
そう言って振り向いた彼女は――別人だった。
姿かたちはそのまま。だが、纏う雰囲気、目つき、小さな動きなどが違う。幼いころからずっと彼女を見ていた少女だからわかる。ひゅっと、思わず口から変な息が飛び出す。
目の前の彼女はおそらく、月橋桜咲だ。話に聞いていた彼女のイメージがそのまま飛び出したかのようなそれに納得せざる負えない。
「ねぇ、貴女は知りたくない? 本当のお話」
「な、なにを……本当の、話……?」
「そう。本当のお話」
首を傾げると、月橋桜咲はクスリと微笑む。その微笑み方はまるで、出来の悪い教え子でも見ているかのようだ。
その時、ギィィ、という音を少女は聞いたような気がした。が、その音の正体を探ろうとは思えなかった。
なぜなら、目の前の彼女から視線を逸らしたら最後、そのまま死ぬような確信にも似た何かを感じとったから。
「……ッ」
こうしている間にも、引きずるような擦れるような金属の悲鳴のような物はゆっくりと近づいてきている。だが、動けない。いや、もうここに来た時点で“詰み”だったのかもしれない。
どこからか、鉄のニオイが漂ってくる。それは、自分の背後からきていることにすぐ気付く。ああ、ここで終わってしまうのか。
そんな確信。目の前の月橋桜咲は楽しそうに、ニヤリと薄ら笑いを浮かべる
「幸運ね貴女。知りたかったでしょう?」
低く囁くような唸り声が耳を撫でていく。
「誰が、人を食べたのか」
その声が床を跳ねた時、視界の端に真っ赤なリボンがうつる。が、少女はそれ以上何かを考える前に、意識を深い、深い、闇の底へと沈めていくのだった。
これにて「貴女ならどんなリボンも似合うわ」完結です。
読んでくださった皆様、ありがとうございました。




