相食む狂獣
「あいたたた……、まだ少し頭がクラクラするよ」
「あら、それは御免なさい。強くし過ぎたかしら?」
「いや、君と戦った傷じゃなくて……、ほら」
「ああ、そういうこと。それなら私も痛かったわ。本当に痛かったわね。それはもう、頭が割れるかと思ったくらいなんだけど、そこのところはどうお考えなのかしら? ねえ、そこのオジ様?」
「…………」
金髪を指で弄りながら棘のある声をリーンハルトに向けるも、彼は深緋の声にピクリとも反応せず、沈黙を守ったまま神様の用意した椅子に鎮座している。
「いや、すいません。私の愚かなパートナーが失礼しました。代わりにといっては何ですが謝罪しますよ、四谷深緋さん、それにネロ君でしたか」
「え、ああ、うん……」
「……あなたは?」
「申し遅れました。私はこの愚鈍なリーンハルトのパートナー、人造端末第三番、メフィストと申します。以後よろしくお願いしますね」
「…………満月、同調解除」
何を思ったか、満月との同調を解除し元の姿に戻る深緋。言われるがまま解除した満月は彼女の隣に立ち、苦笑しながら深緋を見下ろしていた。
「『私』が四谷深緋よ。メフィストさん」
その言葉を聞き、呆気にとられたような顔をしたメフィストは直ぐにその意味を理解したようで微笑みを浮かべる。
「それは重ねて失礼しました。では今度こそよろしく、深緋さん」
「ええ、よろしく」
宙を彷徨う深緋の手を優しく握り挨拶を交わし終えるとメフィストは残る二人に視線を向ける。
「久しぶりだね、メフィスト」
「ええ、イア、お久しぶりです。それに第四番、いや満月でしたか。あなたに直に会うのは初めてですが――、自己紹介は必要ですか?」
「いや、必要ないさ三番。お互い情報は脳に(ココ)に入ってるだろ?」
「はは、違いありません。で――」
メフィストは碧い眼をちらりとこちらに向け、恐らくはずっと抱いていたであろう疑問を口にする。
「天原君はどうしてそんなに遠くにいるんですか?」
「き、気にすんなァァ!! そこのオッサンが怖くて近づけねえだけだから!! ホント、それだけだから!! ネ、ネロ、イア!! オマエらもこっちゃ来い!!」
俺の現在地は神様、イア、ネロ、深緋、満月、リーンハルト、メフィストが円状に集まっている地点からやや離れた、自宅に最も近い門の傍。
逃げ出す準備は万全だ。
「頼人……」
「……僕、前脚折れてるんだけど」
哀れみの表情を浮かべるイアとは違い、怪訝な顔をしながらも椅子から降り器用にこちらに歩いてきたネロを腕で抱える。
あー、何か安心するわ、こういう生命の温かさ。
「頼人―、神様がさっきから話を始められなくて泣きそうだから早く来てよー!!」
「お断りだ、バカヤロー!! そんな、危険しか感じられねえ場所にノコノコ行けるか!! 行った瞬間に逝っちまうよ!!」
「……頼人、苦しいんだけど」
そう言いながらも満更でもなさそうなネロを抱きしめながら、尚も地雷原から遠ざかる。イアを連れていけないのは残念だが、何をするにしても犠牲は付き物なのだ。
「――頼人さん」
と、そこでこの騒ぎを聞いたことで現状を把握したらしい深緋が俺に声をかける。
にっこりと。
身の毛もよだつ様な笑みを浮かべながら。
「いいからさっさとお座りなさいな」
「はい」
訂正。
かけられたのは声ではなく脅しでした。
地雷原から逃げきったと思ったら、その先でナパーム弾が降ってくるとは思わなかったよ、チクショー!!
仕方なく、本当に仕方なくそろそろと用意された席へと戻る。無論、ネロは抱えたままだ。
「…………」
相変わらずリーンハルトは黙ったまま。それが余計に彼の不気味さを際立たせる。
というか、前に会ったときより生気がないように見えるのは俺だけだろうか? 喋らないというよりは喋れないといった方が正しいようにすら感じられる。
「神様やっとみんな席についたよ」
『……誰も聞いてくれない。ワタシの話なんて誰も……』
神様は何事かブツブツ呟きながらチラチラとこちらを見てくる。どうやら誰か励ましの言葉を口にするとでも思っているらしいが……、はは、この面子でそんな期待をする方が間違ってると思うぞ?
「それじゃあ、解散ね。満月帰りましょう」
『ああッ!? 優しい言葉をかけるどころか帰る気ですか、深緋ちゃん!? 頼人くんは頼人くんでこれ幸いと帰ろうとしないでくださいよ!!』
チィ……、バレたか……。
『まったく……、良いですか? 事は君たちが思っているよりずっと深刻なんですからね?』
パチンと。
神様が指を弾くと俺たちの目の前に世界地図が映し出される。所々赤く染まっている部分や、その中に黒い点があるが、それ以外は学校の地図帳とかに載っている世界地図そのもの。
「満月」
「ああ、そうか。ちょっと待ってな」
満月は目の見えない深緋の為に再び同調し、彼女もその光景を目にする。
「ふうん……。ねえ神様? この真っ赤な塊は何なのかしら? 誰かの血?」
「オマエの発想はなんかいつもそっち寄りだな……」
「いやいや、天原君。実は私も同じでして……」
「マジか」
「僕は生肉に見える」
「私もお肉!! 頼人は?」
「何だこの即興ロールシャッハテスト……、紅生姜の残り汁」
「ぶぅッ!!」
「何だ、文句あんのかコノヤロー」
「いや、だって頼人さん……紅生姜って……」
「良いだろ、別に!? 鍋の黒ずみ取るのによく使うんだよ!!」
「ああ、そういえばよくやってるねえ」
「あら、そうなの?」
「うん。たまに重曹でまな板も洗ってる」
「「『へぇぇええ~』」」
「おい、俺ん家の台所情報はどうでも良いだろ。さっさと話続けろよ。この赤いのは何なんだ?」
『え、ああ、そうでしたねー。(……紅生姜か……、今度試してみよう……)、さてこの赤い塊。お気づきの方が殆どだと思いますが――、禍渦の影響範囲です』
「「「「「ですよねー」」」」」
つーか、それしかないだろう。
『濃い部分は禍渦の影響が強い部分、薄い部分は単に余波程度の区域となります。あ、ちなみに表と裏合わせた図になってますから、そのつもりで』
「合わせたって、地形一緒なのかよ?」
『ええ。言ってませんでしたっけ』
言ってませんでしたよ、うっかりさんめ。
しかし、そう言われて地図を見ると、成程、確かに赤いシミには濃い部分と薄い部分があるようで、よく見ると黒い小さな点が幾つも蠢いているのがわかる。どうやらこれが禍渦のおおまかな位置のようだ。
赤いシミの濃い部分はユーラシア大陸東部と、日本全域。また、アフリカ大陸南部、北西部、北アメリカ大陸は北東部、南アメリカ大陸は南部全域、後は太平洋上に少々といったところか。
無事なのはオーストラリア大陸周辺。この辺りはいまのところ余波しか受けていないようだ。
『そして胡麻みたいな黒いのが未だ世界に跋扈する禍渦たちになります。ここまでで質問は?』
「……いいかしら」
『はい、深緋ちゃん』
「あなた、ここに連れてくる前に確かこう言ったわよね。『禍渦が減ってきている』って。――これで減ったと言えるの?」
確かにな。この映像を見る限り、禍渦はまだまだ世界中にうじゃうじゃいやがる。
その数は明らかに三桁を超えており、深緋の言うように到底減っているとは思えない。
『ま、これだけ見ればそう思いますかねー。でもワタシが神を始めた頃に比べればかなり減ったんですよ? そして減り過ぎている』
「減り過ぎ……とはどういうことでしょうか? 私たちは禍渦を壊す為に造られたのでは?」
『そうですよメフィスト。減ること自体は無論良いことです。最終目標の一つは禍渦を一つ残らず消すことですからねー。ですがペースが速すぎる。いくら悪性のものでも世界の一部を消滅させている訳ですから、世界そのものを壊さないよう慎重に事を進めねばなりません。下手をすれば、この世界そのものが消えてしまう可能性だってある。だからワタシも君たちにむやみやたらと依頼を出してはいないでしょう?』
まあ、それはそうだが……。
ならば何故、このような事態に陥っているのか。イェジバ村のときのように自壊する禍渦が他にもあったのかもしれないが、それだけで神様が危惧するほどのペースで消滅していっているとは思えない。
『これを』
考えが顔に出ていたのか、それとも初めからそのつもりだったのか。
神様は映像を切り換え、俺の疑問に対する答えを提示する。
『近頃ワタシは禍渦激減の原因を探っていましてねー。ついにそれが明らかになりました』
映し出されたのは、先ほどの世界地図の何処かを拡大したもの。そこには禍渦を示す黒点が二つ表示されていた。
『裏世界の地名を言ってもわからないでしょうから表世界の地名で説明しますが……これはボツワナ、オカヴァンゴ湿地の十一月二日午前二時、四十四分五十七秒の画像です。まあ、場所は何処でも良くて重要なのは……まあ、口で言うより見てもらった方が早いですかねー。――いまから再生しますから見ていて下さい』
そうして画像は動きだす。
一秒、二秒。
映像の中で過去の時計の針が進み始める。
初めこそ、何の変化もない。ただそこに禍渦が二つあるだけだ。
変化が起こったのは十秒ほど経ってから。
そしてその変化とは画面の外から新たに禍渦が一つ、この区域に侵入してきたということだ。
「え……?」
『驚くのはこの後ですよ』
その言葉に従い、俺たちは固唾を飲んで画面を見守る。更に五秒、時が進んだ頃だろうか。イアは再び驚愕の声を上げる。
「何……これ?」
衝撃を受けたのはイアだけではない。俺も深緋も、そして表情にこそ出さないがリーンハルトとメフィストもそれは同様。
そして今度は神様もそれを咎めない。
それは恐らく彼もこれが異常だと認めているから。
だって、そうだろう?
禍渦が禍渦を吸収しているなんてこと、誰が想像できたというのか。
外から侵入してきた禍渦は元からあった禍渦に接近、接触したと思うと、一回り大きな禍渦となった。
そして近くにあった禍渦を同じように取り込み、更にその身体を肥大化させたのだ。二つの禍渦を取り込んだ禍渦は再び動き出し、何処かへと消えていってしまった。
「……おい」
元の世界地図に戻った画面を未だ眺めながらイアと同じ言葉を呟く。
「何だ、これは?」
『見ての通りです。禍渦が禍渦を取り込み、大きくなった。これが禍渦激減の原因だとワタシは踏んでいます。詳しいことはわかりませんが――禍渦による共喰い』
確かにそう。
禍渦は通常の方法では破壊どころか傷一つつけられないのだから、そうとしか考えられない。
だが。
だとすればこの違和感は何だというのか。
『故に現時点を以て、ワタシの依頼内容を異常行動を行う禍渦の監視及び破壊へと変更します』
その答えを掴めないまま、俺を取り巻く現状は揺れ、そして動きだす。
――最悪の方向へと向かって。
チョコモナカジャンボおめでとうございます。でも個人的にはあいすまんじゅうが一番だと思うの。どうも久安です。
第四話が終了しましたが、喋り過ぎだぜ、皆。一同に会したのはこれが初めてだからはしゃぐのもわかるけれど……。リーンハルトの旦那を見習ってほしい、いやあのオッサンはオッサンでダメか……。
次回でミミクリーの導入部分が終了です。残る十一話分でまたガチャガチャします。……ごちゃごちゃしないように頑張ります。
次回は12月19日 10時更新予定です。




