鷽と猿の茶会
「それにしても吃驚したねー、禍渦が禍渦を壊すなんてことあるんだ」
「ああ、そうだな。俺も驚いてる」
結局、詳細は追って伝えるということで会議はその後すぐにお開きになったため、俺とイア、そしてネロはこうして帰宅した訳なのだが。
「でも、一番の驚きはオマエが俺ん家に上がり込んでるってことなんだが? 深緋ちゃんよ?」
ジロリと、我が家に侵入した二人の侵入者を睨む。
「あら、お邪魔だったかしら?」
「あっはっは、心配しなくてもそんなことはないさ、深緋。可愛い女が二人も自宅に来て、頼人はテンパってるだけだよ、きっと」
「ねえよ!! 訳わかんねえこと言ってねえで帰れや!!」
「え? お茶を御馳走してくれるなんて……悪いわ、そんなの」
「いやいや、ここは厚意に甘えようじゃないか」
「聞いてない!! 頼人、この二人、僕も吃驚するくらい人の話を聞いてないよ!!」
「何なんだチクショー!! 茶飲んだら帰れよ!? 絶対だぞ!? イア、ネロ、そこの二人が変なことしないか見張っててくれ!!」
「ら、らじゃー!!」
「わかった!!」
二人にそう言い残し、居間から台所へと移動する。
まったく。
まったく!!
ポットで湯を沸かしながら、胸の内に溜まるこの憤りをどうしてやろうかと考える。さっきはああ言ったが、彼女がここに来た理由は大体察しがついているのだ。
というかこのタイミングでここに来たのだからもう答えは一つ。
今日の会議のこと。それしかない。
彼女なりに考え、何か思うところがあったのだろうさ。何しろ、俺とリーンハルトとは違い、彼女だけが依頼内容が『待機』だったのだから。
あの後、神様は個々に依頼を出し、どういう風に事にあたれば良いかを説明した。
俺には異常禍渦との戦闘、および破壊を。
リーンハルトには精神異常を起こした人間の処理に加え、異常禍渦との戦闘を行う俺のサポートを。
そして先ほども言った通り深緋には待機を。
それぞれ命じたのである。
それに深緋は反発した。
まあ、それも仕方がないように思える。俺には妥当な判断だと思えたが、深緋にとったら自分だけのけ者にされたような気分だろうからな。その気持ちは分からないでもない。
何故、私だけ。
そう彼女が問うと神様は一言。
――深緋ちゃんにはこの任務、向いてませんから。
一蹴である。そしてその至極端的な言葉を槍のように放った本人はやることをやるとさっさとその姿をくらましてしまった。
それで鬱憤をぶつける相手を無くした深緋は、それを晴らそうと俺の家に付いて来た、と……。
「つーかこれ完全にとばっちりじゃねえか!!」
いま、気づいたわ。
あのクソ神様、今度会ったら絶対銃弾お見舞いしてやる。絶対にだ。
ああ、もう。深緋の苛立ちが伝線したようだ。舌打ちしながらもカップに湯を注ぎ、着々と茶会の準備を進めるのであった。
足音、そして鼻息荒く去っていく頼人さん。
あらあら、正直なところ本当にお茶を用意してくれるとは思わなかったんだけれど。折角だからゆっくりしていきましょうか。
「ねえ、イアちゃん、それにネロ君だったかしら? 頼人さんが帰って来るまで私がいつも満月としている遊びでもしない?」
「おっ、良いねえ。いつも深緋とばっかりだったから新鮮な気持ちでできそうだ」
「良いけど……、それどんなゲーム?」
「『イメージしりとり』、略して『イメとり』」
「ねえ、それどんなゲーム!?」
「普通のしりとりとは違って言葉から連想できる言葉を繋げていくゲームよ。ただし、形容詞、副詞もしくは性質、状態を現す言葉と人か物の名前を交互に言わなければならないの。例えばそうね……、すっぱい、林檎、赤い、ポスト、固い、石、冷たい……みたいにね。ちなみに同じ語句を言ったら負けよ」
「あ、なんだ。深緋や満月がいつもやってる割には普通なんだ」
「アンタはアタシらを何だと思ってるんだい、一番?」
「一番じゃなくてイアだってば!!」
「まあまあ、兎に角始めましょう。ネロ君もやるでしょう?」
「……暇だからね。付きあうよ」
よろしい。付きあいの良い男の子はモテるわよ。知らないけど。
「じゃあ、言いだしっぺの私から。わからないことがあればその都度聞いて頂戴」
「わかった」
こほんと咳をして始まりの言葉を口にする。
「ロリータコンプレックス」
「また、例と全然違うの来たねぇ!!」
絶叫するイアちゃん。
うん、やっぱりこの子は感情豊かでからかい甲斐があるわ。
「もう……、しょうがないからもっと初心者向けなものから始めてあげるわ」
「おお、大人になったねえ深緋。縹んときなんか『エフェボフィリア』から始めた癖に」
「嫌だ、言わないでよ満月。少しとはいえ恥ずかしいじゃない」
「あっはっは」
「うふふふ」
「「…………」」
あら、どうしたのかしら? 二人が何やら黙ってしまったのだけれど?
「イア、僕たちはとんでもないゲームに参加してしまったみたいだ」
「どうする止める?」
「いや、それは付きあうと言った約束を破る行為になる。頼人に知られたら怒られるよ? 最悪追い出されるかも……」
「まさかぁ…………、うん、ごめんありそう、それ」
「だから僕らは進まなきゃいけないのさ。誰よりも僕ら自身の為に」
何か格好良いことを言ってるようだが、率直に言えばそんな壮大な覚悟をゲームに持ち込まれても困る。生死を懸けたゲームという訳でもあるまいし。
「ほら、深緋ばっちこーい!!」
「こ、こーい!!」
「ネロ君……、恥ずかしいならやらなければ良いでしょうに……。まあ、良いわ。最初は『赤い』。次はイアちゃんよ」
「……んー、『血』」
「一番も何かとグロいな。んー、『液体』。ほいネロ坊」
「ネロ坊って……。『缶コーヒー』」
「じゅるり……」
「イアちゃん涎は仕舞いなさいな、はしたない。……『苦い』」
「ううっ、苦いのは嫌いだよ……、『薬』」
「あっはっは、一番はお子さんだねえ。『危ない』」
『つーかこれ完全にとばっちりじゃねえか!!』
「何、いまの!?」
「きっと頼人さんの心の叫びよ、気にしないでいいわ」
どうやら自分が貧乏くじを引いたことに漸く気づいたようね。
うふふ、気づいたところでもう遅いわ。色々と。
「気にしなくて良いって言われてもね……。ええと『頼人』。今更だけどさ、深緋は頼人に何か用があったのかい?」
「頼人さんに傷ついた心を癒してもらおうと思ったのよ。…………………………『火薬臭い』」
「……随分と時間がかかったね」
「あら、そう? おかしなことを言うわね、ネロ君は」
そろそろだろうから、ちょっと時間調整しただけよ。
満月に笑いかけ、罠を仕掛けるように指示する。まあ、罠というか単なる悪戯なんだけれどね。上手くいけば面白いけれど、上手くいかなくても別に良い程度の。
「はぁ……仕方ないね」
「仕方ない? ……ああ、そういうことか。まったく下らないことを考えるね、人間は」
どうやらネロ君は私たち、もとい私の目論見に気づいたようね。
「ええと『頼人』はダメだから……、『銃』!!」
「『細くて長い』」
「『脚』」
「『フェティシズム』」
「え、『頼人』? ――アイタッ!?」
「脚フェチで悪かったな、コラ」
台所からカップと菓子を盆に載せて現れた頼人さんがイアちゃんの後頭部を踏みつける。
ナイスタイミング、頼人さん。そしてイアちゃん。あなたたちなら期待に答えてくれると思ったわ。
というか頼人さん好きねえ、あなた。
「ったく、人がいねえ隙に好き放題言いやがって……」
「ち、違うよう!! 別に頼人の悪口言ってた訳じゃあ……」
「んなこと分かってるよ。どうせコイツにノせられたんだろうが? ネロもいるのに簡単に引っ掛かりやがって……」
「はは、面目ないね」
どちらかと言うとネロ君がいたからこそイアちゃんは嵌められたんだけどね。まあ、それは黙っておくことにしましょう。
「さ、丁度ゲームも終わったわ。頼人さん、心の準備は良いかしら? 当然、分かってると思うけれどここからが本題よ?」
「安心しろ、茶の準備と一緒にしてきたからな。とっとと話せ。そんで帰れ」
「あらあら、辛辣ね」
手探りでカップを探し当て口に含む。
あ、美味しい。ほんのり甘くて優しい感じ。
「これは紅茶……よね?」
「おう、お隣さんからの貰いもんだ。美味いか?」
「……ええ、とても」
「うん、そうか。なら今度そう伝えとく」
どちらかと言うと紅茶本来の美味しさじゃあなくて淹れ方のおかげのような気がするわ。……これも言わないけれどね。
「さて、と。頼人さんは早く終わらせたいみたいだし手短にいきましょうか」
もう一口。
私は口に含み、喉を潤す。
そして恐らくは正面にいるであろう、頼人さんに向かって口を開いた。
「今回の話、頼人さんはどう思う?」
紅茶を口にした後、深緋はそう俺に問いかけた。
「あ? 今回の話ってどの話だ? オマエが仲間外れにされたことか? それとも狂った禍渦が現れたことか?」
「両方よ」
間髪いれずに深緋はそう答える。
「いえ、両方というのも違うかも。あの男の口から出た言葉全てが私は気にかかっているのよ、きっと」
「へえ? どんな風に?」
「端的に言うなら嘘をついている。そんな感じがしたわ」
「ふぅん……。だけどそれは誤解だぜ? 確かにアイツはいけ好かない野郎だけど、あのとき嘘は吐いてなかった――って深緋、オマエ俺の力知ってたっけ?」
俺の嘘を見抜く力のことを知らないのであればそこから説明しなければと思ったが、どうやらその必要はないらしい。
「ええ、それは神様から聞いているわ。ヴィンシブルで実際に会って話すまで半信半疑だったけどね。だからこそ、いま私はこの話をあなたにしているのよ」
「そうか、なら話は早い。つー訳で深緋、今回はオマエの勘違いってことだな」
無論これまでの経験から、嘘の種類によっては百パーセント見抜ける訳ではないということはわかっているが、あれが嘘だったところでメリットが何もないことを考えると、大丈夫だろう。
「まあ、神様の件については実際私の勘だから、あなたにそう言われれば反論の余地はないわ。神様の件はね」
……一転して空気が重苦しくなった。
「ねえ、誰だいこのサングラスをかけたオールバックの人間は?」
「あれ? あれはねえ、タ○リだよ。フジのお昼の顔なんだって」
「いや、ちょっと待ちなよ一番。○モさん、こんなに太ってたかい?」
「そういえば……」
「コージ○って書いてあるけど……、うわっ、奥からいっぱいタモ○が出て来たよ!? イア、これ全部タ○リなのかい!?」
「私、こんな映画頼人に見せてもらったことあるような……」
イア、ネロ、満月は既に避難を完了させており、我関せずという顔でテレビに視線を向け、一切こっちを見ない。
オマエら静かだと思ったらコンチクショウ……。
「そんなに警戒しなくても大丈夫よ、頼人さんの見解を教えてほしいだけだから」
「あん?」
「どうして神様は異常禍渦の破壊から私を外したのか? 私はそれが知りたいのよ」
「どうしても何もちゃんと言ってただろ。向いてねえって」
俺がそう言うと「あら、あなたもそんなこと言うの?」みたいな顔をする深緋。いや、怖い。怖いよ。
「怒んな、怒んな。嫌みでも何でもなく、そんな訳わかんねえもんに接近戦しかできねえオマエは向いてねえってアイツは言ったんだよ。禍渦が取り込まれたんだ。オマエだってそうならねえ保証はねえ。いくら瞬間回復があるからって死なねえってことでもねえんだろ?」
「え? ええ、まあそうだと思うけど」
思うって、オイ。
「それにただでさえバランス崩れてんのに他の禍渦壊す訳にもいかねえだろうが。だからいまは大人しくしてろって言いたかったんだろうさ。余計な心配しなくても『現状』待機なだけなんだからあの異常禍渦が何なのかわかりゃあ参戦させてくれるだろうよ。つーかオマエもそれくらい分かれ」
思わず一息に捲し立ててしまった。
いや、俺も年上として大人気ないとは思うけど何も理解せず、たらたらと不満を述べるコイツにちょっとイラッ☆ときてしまったのだ。
「…………」
俺の言葉を噛みしめているのか沈黙を守ったままの深緋。
あ、ヤバイ、これコイツ泣くんじゃねえ?
「「「頼人……」」」
うるせー、オマエらはテレビでも見てろや。
「……ふ」
ふ?
「ふふふふふふッ!!」
「こ、深緋……!?」
心底可笑しそうに口元を歪めて、涙すら流して笑い出す深緋。一体何が起こったのかわからない俺、そしてテレビの前の二人と一匹は怯えるばかり。
壊れた?
壊れちまったのか?
「なぁんだ。そうだったの。ああ、可笑しい。心配して損したわ」
「し、心配?」
心配って何のことでしょうか、深緋さん?
ようやく落ち着きを取り戻した深緋に怖々問いかけると、彼女は涙を拭いつつ答えを返す。
「いえね。恥ずかしい話だけど、もしかしたらこのまま私はお払い箱になるんじゃないのかと思っちゃったのよ」
そして眼と脚を再び奪われるのではないかと思ったのだと、それしか考えられなかったのだと深緋は言う。
ああ、そういえば神様は言っていたっけ。
――私は無償で君たちに何かしてあげた覚えはありませんよ?
言わば俺たちは弱みを握られ行動させられている訳だ。
俺は世界中の嘘と真実を知る機会を。
深緋は自由な身体を。
取り上げられると暗に脅されている。
だからこそ深緋は神様に疑念を抱き、不安を抱いたのだ。特に、目的を達成すればいいだけの俺とは違い、深緋は満月を一生手放せないだけの理由があるのだから。
「……ふん。だとしたら何も恥ずかしいことなんかねえ。俺も同じだからな」
自覚していないだけで、きっと俺も何処かで恐れている。
いつか、イアと別れさせられるんじゃないかということを。
カチンと。
同時に紅茶を飲み終え、カップをソーサーに置いた音が居間に響く。
それは俺と深緋の会話が終わりであることを告げていた。
夜の闇がより一層深みを増そうとするこの時分。
白い鷽と金の猿の会合はこれにて幕引きだ。
正月が近づいてきましたね。え? クリスマス? 何それ聞こえない。どうも、久安です。
今回はよっくんと深緋ちゃんの交流シーンでした。『ミミクリー』は全体を通してのターニングポイントであるとともに、よっくん、深緋ちゃん、リーンハルトの交流を深める章でもあります。更に言うならよっくんが深緋ちゃんに少し親近感を覚えたところで彼女は退場です。だって待機だもの。
ということで今回は能力も未だ碌に説明していないリーンハルトが準主役といえるでしょう。彼の今後に御期待くださいませ。
次回更新は12月22日 10時を予定しています。




