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鷽から出たマコトの世界  作者: 久安 元
ハートブレイク・ハートブレイク
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112/213

殺人鬼の終着点

『ここは……、そうか同位というのは……このような感覚なのか』

 人の体の中から外を見るというのは存外面白いものだ。前方しか見えない普段とは違い、後ろにも目がついているような感覚。これが、メフィストがいつも見ている光景なのかと感歎の意を隠し得ない。

「リーンハルト、聞こえていますか?」

『ああ、聞こえている。それに……ちゃんと見えてもいる』

「良かった。上手くできるか自信がなかったので」

『…………』

「冗談ですよ。見えている、聞こえているのなら問題なしです。では、私の力をより深く理解していただきましょう。まずリーンハルト、貴方は私の力をどのように認識していますか?」

『? 物体を、空間を超えて……移動させる力だろう?』

「間違ってはいませんがそれは私の力の本質ではありません。空間を把握し、指定し、制御する。それが私の力」

 そう言い、メフィストは両手を広げ、目を閉じる。

「ですから対象が不動のもので、一度見て空間を把握さえしていれば実物を見る必要はなく」

 これまで慣れ親しんできた、簡易門を行使する感覚が私を襲う。身体を鑢で直に削られているようなこの痛み。だが以前に比べてその痛みは格段に少ない。

 同調率が上がった影響か、それともメフィストが痛みを和らげてくれているのか。

「こうして容易に簡易門を展開できるのです」

 私も目を閉じ、意識を集中させると脳裏に俯瞰するような形でサルハンの町が浮かぶ。そしてその、私の意識の中に現れた町は二重の簡易門によって覆われていた。

「また慣れればより短時間での展開も可能です。さっきも言いましたが空間内における物質の移動は力のほんの一部。他にも色々できるんですが、いまは一つ一つ説明している暇がありません。ですから――、いまは貴方が必要とする力を使いましょう」

 空気が変わる。メフィストの体内で渦巻く力が唸りを上げる。

「簡易門・分陰凍結フォルスゲート・フェルマータ

『これは……?』

 何か大きな力が行使されたのは感覚でわかった。だが、メフィストが何をしたのかまでは理解が追い付かない。

「わかりますか? 一つ目の簡易門と二つ目の簡易門の間の空間を停止させました。間といっても数ミリ程度の隙間ですが、これで十分保つでしょう」

『停止させた……だと?』

 自身が想像した結果よりも遥かに大きな力に思わず声が上ずる。その反応がおかしかったのかメフィストは軽く笑い声を上げながら口を開いた。

「はい。違う言い方をすれば簡易門を境にして私たちのいる「内」とシムーンが発生した「外」を隔絶したということになります。停止させた空間がある以上、外からこちらに対しての影響を受けることは一切ありません。またこちらから外に干渉することもできませんが、この状況を打破するには最も適した手段かと。……? どうしました、リーンハルト?」

『いや……、貴様の、いやメフィストの力が……余りにも強大……だったのでな。驚いただけだ』

 彼は空間を制御といったが、これは最早制御ではなく支配。いくら小さい町だとはいえ、四方二百里を超える大きさだ。それを全て包み込み且つ支配するなど人の理解の範疇を超えている。

『それはそうと……メフィスト、一つ聞きたい』

「はい、何ですか?」

『これだけ強力な……力を使ったのだ。命の消費も……相当なはずだが私は……どうして生きている?』

 一番の疑問はそこだ。

 天原君が言うには同位状態で能力を使ったとしても使われるのはあくまで人間の精神力であるらしく、詰まる所いまメフィストが使った力も私の命を源としている筈。にも関わらず私の体調は同位前と比べてやや疲労感が増した程度。どう考えても道理に合わない。

「ああ、それなら簡単です。同位前の同調率は十二.二パーセント。いま現在の同調率は五十.四パーセント。もうわかるでしょう?」

 互いに相手を理解しあったことで同調率が一気に跳ね上がったらしい。そしてそのおかげで消費量が大幅に抑えられたということか。

 これまで一切心を開かなかったメフィストが、私を認めた。ただそれだけのことがこんなにも大きな変化を起こすとは……、心というものは本当に不可解なものだ。

「ただ、それでも貴方が未だ不適合者であることは変わりません。現在の命の残量では同調状態においてもまともに動くことはできず、また同調を解けば衰弱状態に陥る可能性が高い」

 申し訳なさそうにメフィストはそう呟くが、こうして生きていること自体奇跡のようなものなのだ。文句などない。

『何……、その程度は予測……していた。お前のせいでは……ない』

「ですが、このままでは貴方が神、いえ椎那に切り捨てられません。ですからシムーンが通過した後、私はあの男と交渉しようと思うのです」

『交渉……だと?』

「はい、私たちを造るほどの技術を持っているのです。貴方の命の残量をどうにかすることも、――もしかしたらできるかもしれません」

 そんなことを言い出すとは……、さっきから予想外の連続だ。思わず苦笑しそうになるが事態は決して良いものではない。

 そもそもあの男と交渉のテーブルにつくことなど出来るのだろうか?

『あの男にすれば……、私にもう……利用価値などない。無駄……だろう』

「しかし、何もやらないよりマシです。言ったでしょう? 私はまだ貴方の命の輝きを見ていたいのですよ」

『そう……か。ならば好きに……すると良い。私としても答えを……見せてやると……言った以上、何とかして……やりたいとは思うのだが……どうしても身体が……言うことを聞かんのだ』

「わかっています。貴方はできること、私が彼と交渉している間死なないことだけを考えてください。それだけで私には十分ですから」

『…………』

「リーンハルト?」

『口調もそうだが……、メフィスト、お前は……変わったな』

「はは、そうですか? もしそう思うのなら貴方が変わり、それにつられて私も変わったからなのでしょう」

『……っふ、かもしれんな』

 いまや竜巻の引き起こす轟音など何も聞こえない静かなサルハンの塔の中で、私とメフィストは互いに心を開き、笑いあう。

 ああ、こんな簡単なことなのに随分と時間がかかってしまった。力を欲し、お前を与えられたあの日から初めて、こんなにも心安らいだ時間を得たよ。

 リーザ、カティ。

 そして私が殺した数多の亡霊たち。

 済まない、しかし許してくれ。

 罪に塗れたこの私が現世から隔絶されたこの刹那の世界で僅かな救いを得たことを。



 斯くして脅威は去った。

 異常禍渦の出現により発生したシムーンはサルハンを通過し、ほどなく消滅。メフィストの協力もあり、どうやら死傷者を出すことなく事を終えることができたようだ。

「まったく……、私の悪魔は……とんでもない……奴だ……」

 一人冷たい壁に背を預けながらそんなことを口にするが、言葉を返す者はここにはいない。

 この町を覆う簡易門を解いた後、私とメフィストの同調はほつれた。これは私が同調状態の維持に必要なエネルギーを供給できなくなったことに起因するらしく、これも不適合者故の不都合とのことだ。

 メフィストは直ぐに椎那と交渉するため携帯を用い連絡を取ろうとしたのだが、待てど暮らせど繋がらなかった。そうして次第に弱っていく私の身を案じた彼は近場の門から直接御社へと向かったのだ。

 私を残して行くことに若干の躊躇いをみせたメフィストだったが、華奢な彼の身体では私を運ぶことはできず、また再び同調するだけの体力も残っていない。

「椎那が見つからなかった場合はクダンに頼んで貴方を御社まで運んで貰えるよう頼んでみます。直ぐに戻りますから何があっても無茶はせず、ここで待っていてください」

 まったく態度が軟化しても生意気なのは変わらないな。いい歳をした中年にいう言葉ではないぞ。それに無茶をしようにも腕も足も動かんのだ。この状態でどう無茶をしろというのか。

 そんな下らないことを考えていると階段を上がる誰かの足音が聞こえてきた。急ぐとは言っていたがここまで早いとは思わなんだ。

 そして足音は徐々に近づき、私の目の前で止まった。生憎といまは目も利かないので確認することはできないがきっとこれはメフィ――。

「お久しぶりです、神父様」

 ぞっと。その声に背筋が凍る。

 同時に響く銃声に身体が震える。

「がッ……あ……ッ!!」

 胸に穿たれた弾丸が、肉を食み、骨を破り、心臓を貫く。

 夥しい血が身体から流れ出るのを感じ、徐々に力が抜けていくのがわかる。

 先の禍渦と同じように。

 私の命が奪われていく。

 だがしかし、それはある意味で正しい。

 何故なら「彼」にとって私は禍渦のようなものなのだから。

「そう……か……、君……が……、私の……絶望……か……」

 モニールにとっての絶望がスィラージュに再会できないことだとすると、私の絶望は彼に殺されること。

 彼に私と同じ道を歩ませてしまうことだ。人としての道を捨て畜生の道を選ばせてしまったことが何よりも悲しく、辛い。

 どうすれば、どうすれば良い?

 必死にそれを回避する方法を探しているとその想いが通じたのか、動かない筈の右腕が僅かに動き、何か固いものに指先が触れる。

 これは……銃? ああ、そうかモニールを撃った銀銃か。

 そして指に触れたものが何か分かった途端、私の脳裏に救いの道が浮かび上がる。

 ソウダ。

 ココデ。

 私ガ。

 自ラ頭ヲ撃チ抜ケバ。

 彼ガ殺人者ニナルコトモ――。

「ふ……」

「……どうしたんです? 何か可笑しなことでもあったんですか?」

「いや……、我ながら……馬鹿なことを考えて……しまっただけ……だよ」

 決めたはずだ。私に救いなど要らないと。なのに私は弱いから危うくそれに縋ろうとするところだった。「彼を救うこと」を理由にして自分が救われようとした。

 彼を救うのは私の、殺人鬼の役目じゃない。

 それは誰か、彼に近しい者にしかできないこと。

 だから私はここで出番を終えよう。幕を迎えよう。

 この身に相応しい罰を受けて、鬼はただの屍と成り果てる。

 ただ一つ心残りがあるとすればそれは――。

「済ま……ない、メフィ――」

 謝罪の言葉も言えぬまま、二発目の銃弾が私の頭を撃ち抜く。切れ切れになる思考の中で私はただ一心に、矛盾していると理解しながらも願った。

 ――どうか、彼に救いを、と。


       ハートブレイク・ハートブレイク 幕

       フィアー・ウィッシュ・アンド・ディサイド へ続く


 はい、どうも久安です。


 ここまでご覧いただいた方ならお分かりかと思います。リーンさん退場です。正直最後まで悩みました。それこそ死ぬほど。

 他の方はどうかわかりませんが、私は話を書く際に大きな点と点を繋ぐように書いています。大きな点というのは話を進行させるうえで絶対必要な事項でそれを繋ぐ線はその他、あってもなくても良い贅肉部分と解釈していただければと思います。

 で、リーンハルトの死は前者であり、いわば当初から決まっていたことでした。しかし、いざ書いてみるとキャラクターに愛着がわき、今回苦悶するに至ったという次第であると。

 とまあ、駄文をつらつらと書き連ねましたが何が言いたいかというと、少しでも彼を覚えていていただければという、作者の我が儘なお願いという話です。

 以上、駄文でした。


 次回です。

 次章は『フィアー・ウィッシュ・アンド・ディサイド』。前回に引き続き表の話です。更新予定ですが3月15日 7時で問題ないかと。その次はちょっと延びるかもですが。


 では、今回はこの辺りで。

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