表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鷽から出たマコトの世界  作者: 久安 元
ハートブレイク・ハートブレイク
111/213

時よ、止まれ

 シムーン。

 血の海。

 赤い風。

 そして毒の風。

 呼称は様々だが、それぞれが齎すのが人の死であるということは共通している。竜巻という砂漠ではありふれた見た目とは裏腹にその内部は砂と塵で満たされ、ありとあらゆる生き物を吹き飛ばして殺す、――のではく窒息させる。

 竜巻に殺された。

 そう言えば一般的には竜巻が吹き飛ばしたものが頭に直撃して死んだ、あるいは自分自身が遥かへと吹き飛ばされるというイメージが強いだろう。

 だが、シムーンは違う。

 その災禍が通り過ぎた後に残るのは脳漿を垂れ流した死体でも、骨が折れた死体でも、ましてや体中の穴という穴から血液が流れ出たグロテスクな死体なんてものでもない。

 ただ――眠りに落ちるように死に堕ちる。

 それだけだ。

 シムーンに襲われた彼らの身体はどこも奪われてなどいない、肌がどす黒く変色するわけでもない。深い眠りに誘われ、楽しい夢を見ている間に魂だけを死神が持って行った、そんなイメージ。

 この世に残ったのは抜け殻の身体のみ。その身体も極度の乾燥によって非常に脆くなっており、掴まれればその部分は簡単に崩壊する。

 魂も、身体も確としてこの世に残らない。

 初めからいなかったかのような錯覚。

 誰かに偲ばれる間もなく、別れを告げる暇もなく存在そのものを消し去られる恐怖。

 そしていま、その恐怖の根源がゆっくりと、獲物をいたぶる獣のようにゆっくりと、私のいるこのサルハンの町を飲み込もうとしていた。

『何で急にあんなのが……ッ!! さっきまで何もなかったのに!!』

「決まって……いる!! 天庵……ッ!! あの大戯けめのせいだ!!」

 あれほどの歪みを溜め込んでいれば移動するだけで辺りに影響を及ぼすのは当たり前だ。そして今回のケースは人にではなく自然に対して作用したということ。

『リーンハルト、いまは兎に角ここを離れるべきだ!! 門まで逃げればどうにでもなる!!』

 メフィストの進言は至極最もなもの。あのような大災害を私の力でどうにかすることはできない。であれば尻尾を巻いて逃げ出すべき。

 そう、その通りだ。

 だが、私はそれを受け入れる訳にはいかない。

「駄目……だ……」

『どうして!? 簡易門を開くのだってあと二回くらいならまだ保つ筈だろう!?』

「見ろ……、メフィスト……」

 私の中にいる彼に眼下の町をよく見るように促す。町で悲鳴を上げ、逃げ惑う人々の姿を、表情をよく見ろと彼の名前を口にする。

「私が逃げれば……、彼らはどうなる? 私は将来……獲物になりえる、彼らを……見捨てて、逃げる訳には……いかん」

『君がいても同じだろう!? あんなものどうにもできないじゃないか!!』

「全ての人間は……無理でもある程度ならば……、門まで送れる。それに何より――」

 身を焼くような屈辱に歯を軋らせる。

「例えその意思が……なかろうと、あの……天庵などという輩に……、獲物を横取りされる……など見過ごせる……ものかッ!!」

『……………………』

 私の妄言にメフィストは何も言わない。じぃっと何事かを考え込むように黙り込む。

 きっと彼は不満なのだ。このまま私がここで駄々をこね続ければ彼とて危険なのだから。同調をしているといってもあのような大災害に巻き込まれれば無事では済むまい。深緋君ならばともかく私にそんな強度はないのだ。

 メフィストには禍渦討伐のために造られたという使命がある。こんなところで死ぬわけにはいかない。そう魂が訴えているのだろう。

 だからもしかしなくとも、ここで動けない私を見限って一人逃げるやもしれん。

 付き合っていられないと。

 死にたくば一人で死ねと。

 何しろ私は彼に嫌われているようだからな。十分にその可能性はあり得る。

『リーンハルト』

 そしてメフィストの考えは決まったようだ。

 たとえその決断が先のものであったとしても私は何も言うまい。元々私の我が儘で付き合わせてしまったのだ。

 見捨てられても、罵倒されても文句を言う権利などありはしない。

 そう考えていたからこそ、次に彼の口から飛び出した言葉は私にとって想定外のものだった。

『君は何のために戦っている?』

「……メフィスト、いったい何を……?」

 そんなもの貴様はもう知っているだろうに。

『良いから答えろ!!』

 真剣なその剣幕に押された私は渋々ながらも口を開く。

「……私のためだ。私が殺人鬼で在り続ける……ためだ」

『それだけじゃあないだろう?』

「…………日常を生きる……多くの人を守るため。しかしそれも……私がいずれ殺したいがためだ。決して善意からでは……ない」

 そうだ、これで良い。

 本心など漏らすものか。

 天原君に私の嘘を破り捨てられたあの日誓ったのだ。それでも私は殺人鬼であるという嘘を貫き通すと。

 それこそが私に残った最後の「個」。

 もう誰も殺したくない?

 一人でも多くの人を守りたい?

 そんな私の身勝手な真実など嘘に染まってしまえ。私のような汚れた人間の真実など何の価値もない。

 どんな綺麗事を並べても、始まりは私が復讐のために力を欲したからだ。

 だから私は――。

『知って「いましたよ」、リーンハルト』

 私の答えを聞いたメフィストは私の思考を遮るように自らの意を示す。

 私に向けられたことのない、鳥肌が立つような口調で。



 ああ、やはり君はそんな嘘で己の心を覆い隠すのか。

 殺人鬼だから。

 その一言で君は君の中にあるたくさんの想いを殺そうとする。

 すべては自分のためにしていることだと、他人を慮ってのことではないとありとあらゆる想いを押し潰そうとする。

 精神汚染者を殺すのも。

 殺人鬼を名乗るのも。

 あのとき力を得たいと思ったのも。

 その全ては自分の都合で望んだことだと血の涙を流して喚き散らす、愚かで、哀しく、そして優しい道化。

 そうだろうとも。

 君が言うように突き詰めれば人は自分のためにしか行動しない。それは君が私に語った人としてあるべき姿だ。私欲を一切持たず、心の底から他人のために行動できる人間など人間ではない。

 ああ、確かにそうだろうとも。

 君はいま自分の都合で人を殺している。そこに異論はない。

 でも。

 でもだよ、リーンハルト。

 たとえ自分のためだろうと。自分の都合のためだろうと。

 君が誰かを想っていたことも本当のことだろう?

 人は自分のために他者を助ける。

 しかし自分のことだけ考えていては他者を助けることなど出来ない。

 他者の立場に立ち。

 他者の心を想い。

 他者のために行動して初めてそれは助けとなり、自分本位の手助けなど有難迷惑でしかないからだ。

 君の中から色々な人間を見て私はそれを学んだ。だからリーンハルト、私は知っているんだ。

 君が多くの人のためを想って精神汚染者を殺しているのも。

 殺した魔物、人間の無念を想って殺人鬼を名乗っているのも。

 殺された妻子、リーザとカティを想って私と契約したことも。

 そしてその全ての想いが紛れもなく本物だということも。

『知っていましたよ、リーンハルト』

「……何?」

『貴方の想いの表も裏も。本当は何がしたくて何がしたくないのかを』

「……………………」

『それに私が何を認めたくなかったのかを』

 同調状態では彼の想いが私に伝わると同時に、私の想いも彼へと流れ込む。

 私は認めたくなかった。

 このような些細なことで心を揺れ動かす人間の命の方が、これまでに見た誰よりも美しい輝きを放っていたことを。

 自分自身の在り方に自問自答し、誰かのための煩悶し、日々心を摩耗させる脆弱な人間が、これほどまでに美しい命の灯を宿すことなどあるものかと、認めたくなかったのだ。

 しかし実際は違った。

 彼が殺してきた幾百のどの命よりも、いま消えそうなほど小さく揺れる彼の命の灯は力強く、儚く、温かい。

 未来を夢見る命も美しく華々しいけれど、過去を顧み、苦悩する命こそ最も美しい。私はそう思う。

 だからこそ貴方に敬意を表そう。

『私はもっと貴方の命が輝く様を見ていたい』

 死ぬな、とは言わない。

 だって終わりのない命など蝋細工に過ぎないから。

『考えて、考えて、考え抜いて、貴方が納得する答えを得るそのときまで隣にいたい』

 死んでほしくはない。

 だって彼が死ねばこの輝きを二度見ることができなくなってしまうから。

『だから貴方にこの言葉を捧げましょう』

 貴方の苦悩が消えるまで。

 私が個というものを得るまで。

『時よ、とまれ。貴方の命の輝きは美しい』

 悪魔と罵られる私がこう言うのは立場が逆で、些か滑稽だが構わない。

 いまこの瞬間より私の身体も魂も、全てはリーンハルト、貴方のものだ。貴方が望むことを実現し、貴方が拒むものを跳ね除けよう。

「…………メフィスト、貴様の言いたいことは……わかった。良いだろう。この私の命が尽きるまで……貴様は私の、私だけの悪魔だ。いずれ灰と化し……、無様に散るだろうその様を……見届けるが良い」

 彼はそう言って苦笑し、首肯する。

 確かに私もおかしくて吹き出してしまいそうだよ、リーンハルト。こんなにも矛盾した者同士が、捻くれ者同士がパートナーとなるなんてね。

『わかりました。愚かで、尊き我が契約者。手始めにいまの貴方の願いを叶えます。しっかりとその眼で見ていてください。本来は貴方が使う力なのですから』

 私は息を吐く。

 彼の命の残量は問題ない。

 そして目の前に迫る脅威も同調率が大幅に上がったいまの私たちであれば何の問題もない。

同位アフィニティ

 何百という命を奪おうという大災害如き、指の一振りで消し去ってやろう。

 ――さあ道化が従えた、光を愛せざる悪魔の顕現だ。


 あっという間に月曜日!! どうも、久安です。


 二人の心がやっとこさ通じ合った回。サクサク書けました。もうなんか溜まってたものを全部吐き出したみたいな。個人的にこれまで書いた中でも好きなシーンBEST5に入りそうな予感。


 次回で『ハートブレイク』は幕。次章の構成を確認しながら最終話のチェックをしている状態です。

 ので!! すいません、やっぱり一日猶予をください!!(土下座)

 次回更新は3月13日 7時です。ごめんなさい!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ