第6話 あたりまえじゃないこと。(最終話)
弟が予言した通り、その夜のうちにルーが家に来た。
なんだか物凄く怒った顔をしている。
「いやあ、これはご無沙汰しました、お義兄様」
相変わらずしれっと弟が握手なんか求めながら応対しているのを、ビアンカはロビーの応対室の柱の陰から見ていた。
「今日はどうされましたか?」
黙って出てきたから怒っているのかしら?置いてきたお手紙は読んでくれたのかしら?
「…ビアンカを、迎えに来た」
そう言っているルーは仕事に行った時の格好のままだ。着替えないで来たのかしら?
珍しく髪とタイがぐちゃぐちゃだわ。いつも、完璧で、しゅっとしているのに。
「おやおや、姉は、貴族の政略結婚ならそうあるべき、という、あたりまえの常識を受け入れて、3年子ができなかったから出戻ったらしいですよ?」
「せ?…私たちの結婚は、政略結婚じゃない」
「ええ?じゃあ、なんだったんですか?」
たいして驚いてもいない口調で弟が聞き返している。
「わ…私が、望んで…ビアンカと婚約したいと…親に頼んだんだ」
「へえええ。お義兄様、まだ8歳やそこらだったでしょう?」
「ああ、そうだ。お…おかしいか?あのままお茶会なんかが頻繁に続いたら、みんなビアンカの可愛さに気が付いてしまうだろう。だから…」
顔色一つ変えずにお茶を飲みだした弟と対照的に、ルーの顔が耳まで真っ赤になっている。いつものよどみのない話し方ではなく、なんだかしどろもどろ?
「姉の社交界デビューのドレスは良く似合って可愛らしかったですよねえ。あれは心配ですわな」
「そうだ。天使かと思った。案の定、いろんな男がビアンカを狙ってきた。だから…」
「ああ!そうか!だから急いで結婚したわけですね?」
「そ…そうだ」
「でも、3年間、子供を作らなかった」
「そ、そうだ。君は知っていたか?女性の出産は20歳以降の方が安全らしい。だから、私はビアンカが…」
「姉のことが心配過ぎて、子供を作らなかった、と?」
「そ…そうだ」
(あ、あら…まあ…)
弟がカップをソーサーに戻して、テーブルに置くと、ルーに身を乗り出して話した。
「それは?どうしてですか?」
「そ…そんなのビアンカを愛しているからに決まっているだろう?あたりまえだ!」
「ほう」
弟が笑いながらソファーにもたれ掛かる。
「だ、そうですよ、姉様。どうしますか?」
柱の陰から顔を出すと、ルーがぎょっとした顔をした。まさか、こんな近くに私がいるとは思わなかったのだろう。急に立ち上がって近寄ってきたルーから逃れるように弟の側に寄る。
ルーの顔色がさっと青ざめた。
「なぜだ?ビアンカ?」
差し出された両手。ルーの指先が震えている。泣きそうな顔のルードルフを初めて見た気がする。いや…ひょっとしたら、泣いている?あの…ルーが?いつも自信満々の、あのルーが??プライド高い、あのルーが???
「手紙は読んでくださった?私はあたりまえのことをしただけです。いつもあなたは私に、あたりまえだっておっしゃるでしょう?もう、そのセリフ、聞きたくないんですの」
「…どうしたら…どうしたら戻ってきてくれるんだ?ビアンカ」
「もう二度と私に、あたりまえ、って言わないのなら考えますわ」
膝から崩れたルードルフが、跪いて涙目で私を見上げている。
いやだ…かわいい。
私今なら、弟が先生を壁に押し付けてキスしていたのが理解できそう。ちょっとゾクゾクする。
「言わない。一生言わない!だから、私と帰ろう、ビアンカ」
「どうしようかしら?あなたは私のこと、愛してる?」
「あ……愛している」
「本当に?」
「あ……愛してるよ」
私たちのやり取りを眺めている弟の楽しげな視線に気が付く。
黙ってルーに手を差し出すと、恭しく大事そうに私の手を取って何度もキスを落としてくる。
か…かわいい!
神妙な顔をしようとしてたけど、どうしても口角が上がってしまうのが止められない。
…これってちょっと癖になりそうね。
私の住んでいるところでは、朝晩秋風が吹く様になりました。昼間はまだ暑いですけどね。
今朝も素敵な秋空です。雲は筋雲。田んぼの真ん中にある神社の銀杏が薄っすらと黄色く色ついてきました。
夏が終われば秋が来る。そんなあたりまえのこと。
そんなあたりまえのことも、ありがたいですね。
季節の変わり目です。皆様もお体お大事に。
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