第2話 それも、あたりまえのこと。
一つ年下の弟のカミルと同じ家庭教師の先生に見ていただいている。先生は元々は侯爵家の御令嬢だったが、16歳でお嫁に行って、3年子供ができなかったので、離縁されたらしい。修道院に行くか、とんでもない年上の男の人に嫁ぐか…。侯爵家の御令嬢だった方でも、そうそう選択肢はないらしい。先生は貴族籍を抜けて、食べるために家庭教師になった。今は住み込みで私たちのお勉強を見てくださっている。
「テレージア先生!」
私はこの時間は弟の部屋にいる先生に、出来上がった刺繍を見てもらおうと勢いよくドアを開けた。
「…え?」
驚いたことに…弟に壁際に押さえ込まれて、先生と弟がキスをしていた。それは、私とルーがするような、手やほっぺやおでこにするキスじゃなくて…もっと、本格的な…
私は思わずまじまじと…食い入るように見つめてしまった。
「ドア、締めてよ」
弟に冷ややかに声を掛けられて、慌ててドアを閉めた。先生が髪を直している。
「僕はテレージア先生と結婚するつもりだから。まだ誰にも言わないでよ」
「え?だって…カミルはまだ15歳じゃない。先生はもう20歳よ?しかも、一度結婚されていらっしゃるのよ?」
「は?だから何なんだよ?」
先生はうつむいていて表情はわからない。
カミルが怒っているのが分かった。けれど…
「そ、それに…キスとか…」
「は?好きな女がすぐそこにいるんだもの、キスぐらいしたくなってあたりまえだろう?」
「……」
そ…そういうものなんだ。あたりまえ、なんだ…。
私の知っているルーがよく言う“あたりまえ”とは種類が違うのかしら?
「なんだよ、姉様、くくっ、まだルードルフ様にキスもしてもらっていないのかい?」
「……そっ…」
反論したいが出来ずにいる私を、鼻で笑った弟が、部屋から追い出しにかかった。
「いい?姉様、僕は本気だから。誰かに言ったら、一生姉様と口きかないよ?」
耳元でそんなことを小声で言いながら、カミルが部屋から私を締めだした。
好きな女がすぐそこにいたら…キスしたくなってあたりまえ、なのか。
私にとってはいろいろ衝撃的だったが、一番気になったのはカミルの言葉だ。
あたりまえ、なんだ。
ルードルフはあたりまえ、って言うのが口癖みたいだけど、ああいう…本格的な…くちびる同士の…キスは…してもらったことがない。なんだか、地味に傷ついた。
つまり…ルーのすぐそばにいると思っていた私は、好きな女、じゃないんだ。
そういうこと?
***
16歳になったので、社交界に出る。
ドレスはルーが贈ってくれた。白地にブルーの刺繍が入った可愛らしいデザイン。
侍女に着付けをしてもらっていると、早々に迎えに来てくれたルーがドアを開けて眺めている。侍女は大騒ぎだ、ルーはとても侍女の皆さん方に人気がある。銀髪にサファイアブルーの瞳。身長も随分と高くなった。今日着ているべージュ色のジャケットにグリーンのタイの正装もとてもよく似合っている。ポケットにはこの前私が刺繍をしたチーフが入っている。
「かわいいドレスをありがとう。ルー」
そう言うと、いつもの調子でルーが言う。
「婚約者にドレスを贈るのは、あたりまえのことだよ」
ルーがあんまり化粧は濃くするなっていうので、薄めの化粧に薄めの口紅。
薄い茶色の髪は侍女がハーフアップに結ってくれた。ルーがドレスと一緒に贈ってくれたサファイア付きの髪飾りもかわいい。
自分で言うのもなんだが、このドレスはとても私に似合っていると思う。それに、このドレスを着た私は私史上一番ぐらいに可愛いと思う。
だから…そこはせめて…かわいいよって言ってほしかったなあ。そんな風に思う。
そう思いながら、じいいいいっとルードルフの唇を眺める。
(私も欲しいなあ…あたりまえのキス)
ルーにエスコートしてもらって馬車に乗り込む。お隣に座ったルーは、何も言わないし、キスもくれない。手はつないでいるけど。
ずっと外を眺めている。
ルーにとってはエスコートしてくれるのも、並んで座るのも婚約者だからあたりまえ、なんだろうな。それは…家同士で決めた婚約者だから仕方なくなんだ。好き、とは違うものね?




