第1話 あたりまえのこと。
この国では貴族令嬢は16歳までに婚約者を決めて、18歳には嫁に行き、20歳ごろに第一子を産む。それがいわゆる、あたりまえ、のことらしい。
誰もかれもそんなにちょうどよく子ができるものかは私にはわからないが、嫁いでから3年子ができないと離縁されてしまうので、貴族の女性は大変だと思う。
御多分に洩れず、私、今16歳のライマー伯爵家のビアンカも婚約者がいる。2つ年上のヴェルナー伯爵家のルードルフ。もう長いこと婚約者だ。どのくらい長いかというと、かれこれ10年の付き合いになる。
***
私は小さかったのであまり覚えていないが、着飾ってお出かけしたのは薄っすら覚えている。ルードルフが言うことには、王子のご学友を選ぶお茶会で伯爵家以上の殿下と年の近い令息・令嬢が集められたらしい。
そこでルードルフは殿下の側近の一人に選ばれ、その翌日にはどうしたことか私はそのルードルフの婚約者に決まったらしい。
私が6歳の時に婚約者になった8歳のルードルフ。
私には婚約も、結婚の意味だってよく分からない年齢だ。
お互いの両親に、二人で遊んでいなさい、と言われたので、彼の屋敷の中庭を案内してもらった。
「ほら、手」
て?
ルードルフが私に手を差し出す。
「僕が案内するんだから、手をつなぐって言ってるんだ。あたりまえだろう?」
「……」
あたりまえ、なんだ。うん、一つ違いの弟ともよく手をつないで散歩するものね。
ルードルフと手をつないで、庭を見て回った。うちの屋敷とは趣の違う、可愛らしい庭だった。私はルードルフに引っ張られるように歩き回った。
半歩ほど先を耳を真っ赤にしてずんずん進んでいく私の婚約者の後姿を覚えている。
彼の領地にお呼ばれして馬に乗せてもらっていた。あたりまえのように二人乗りだ。私だって馬に乗れるのに…とは言わなかった。私を抱えるようにして手綱を握るルーは12歳になった。春から貴族用の学院の中等部に行くことになっている。
「全寮だからな。毎月のお茶会は無しだ。そのかわり、ビーは僕に毎週手紙をよこしてね。婚約者なんだからあたりまえだよね?」
「え?はい」
…そうか、あたりまえ、なんだ。
私は毎週手紙を書いた。返事は来たり来なかったりした。王子殿下と同級生で、しかも側近なんだもの、忙しいんだろうなあ。そう思った。
ルーは王都のお土産を持って夏休みには帰ってきた。これもあたりまえ、なんだろう。そう思った。婚約者に対して、礼を欠かない姿勢、が正しい貴族令息の姿だ、みたいなことをルーが言っていたから。
私は毎週手紙を書いた。だんだんと返事が来なくなったけれど、ルーに手紙を書くのは嫌じゃなかった。今家庭教師に習っていることとか、庭のライラックが咲きだしたとか、読んだ本が面白かったとか…。風邪ひいていない?とか。
私も12歳になったが、学院には行かず、そのまま家庭教師に勉強や礼儀作法を習っていた。
高等部になったら通おうと思っていたんだけど、どうもルーが反対らしい。私もどうしても、何が何でも行きたい、というほどでもなかったので高等部も行かなかった。そのかわり新しい家庭教師がついた。
私が16歳になった夏に、夏休みで帰ってきたルーに、プレゼントを貰った。
ジュエリーケースを開けると、ルーの瞳の色のサファイアがはめ込まれた可愛らしい指輪が入っていた。
「婚約指輪だから。無くすなよ?」
そう言って私の薬指にはめてくれた。ルーの指には私の瞳の色のエメラルドがはめ込んであるおそろいの指輪。
「ルー、ありがとう」
「ば…バカか、婚約者なんだからあたりまえだろう」
いつものように中庭をルーと手をつないで歩きながら、私は左手を陽にかざしてみる。サファイアが光を反射して、とてもきれいだ。
すごくうれしい。




