当たり前とは。
「博士」
「何かね」
「当たり前とは何ですか」
博士は紙ナプキンに短く書いた。
説明を省略できる状態。
「意外ですね」
「そうかね」
「もっと常識とか」
「違う」
「違うんですか」
「かなり違う」
博士はコーヒーを飲んだ。
「君は赤信号で止まるか」
「止まります」
「なぜ」
「危ないからです」
「説明できるな」
「できます」
「だが普段は?」
「あ」
「説明していない」
博士は紙ナプキンに書いた。
知っている。
だから省略する。
「なるほど」
「当たり前とは、説明が不要な状態だ」
博士は続けた。
「靴を履く」
「はい」
「箸を使う」
「はい」
「列に並ぶ」
「はい」
「毎回説明するか」
「しません」
「そうだ」
「当たり前ですね」
「当たり前だ」
「うまいこと言いましたね」
「偶然だ」
「でも博士」
「何かね」
「当たり前は正しいんですか」
「分からん」
「分からない?」
「当たり前と正しさは別だ」
博士は紙ナプキンに書いた。
当たり前。
正しい。
「分ける」
「またですか」
「何度でもだ」
「昔は当たり前だった」
「はい」
「今は違う」
「ありますね」
「逆もある」
「ありますね」
「つまり?」
「当たり前は変わる」
「そうだ」
「ここで諸行無常だ」
「便利ですね」
「便利だ」
博士は紙ナプキンに書いた。
昨日の当たり前。
今日の当たり前。
「違うことがありますね」
「かなりある」
「チンポジ哲学では?」
「来ましたね」
「君のベスポジは当たり前か」
「私には当たり前です」
「他人には?」
「あ」
「そうだ」
博士は紙ナプキンに書いた。
自分には当たり前。
他人には未知。
「強いですね」
「かなり強い」
「夫婦喧嘩の九割くらい終わりません?」
「たぶん終わる」
「私はこれが当たり前だ」
「はい」
「だからお前もそうしろ」
「飛躍です」
「そうだ」
「私はこれが普通だ」
「はい」
「だからお前もそうしろ」
「飛躍です」
「そうだ」
博士はうなずいた。
「当たり前は説明を省略する」
「はい」
「だが」
「はい」
「他人に強制する時は説明が必要だ」
「なるほど」
博士は今日の答えをまとめた。
当たり前とは、説明を省略できる状態である。
当たり前と正しさは違う。
当たり前は変化する。
自分の当たり前は、他人の当たり前ではない。
当たり前だから正しい、は導けない。
当たり前だから強制してよい、も導けない。
当たり前は便利である。
だが、他人に要求する時は説明しろ。
「博士」
「何かね」
「チンポジで言うなら?」
博士は少し考えた。
「君のベスポジは」
「はい」
「君には当たり前だ」
「はい」
「だが」
博士は最後に一文を書いた。
他人にとっては、初見である。
「かなり良いですね」
「私は哲学者だからな」
「名前以外は」
「その評価も、君には当たり前らしいな」
博士は笑った。




