自由意志とは。
自由意志とは何か。
その問いを出すと、博士は紙ナプキンに短く書いた。
自分のベスポジだと思っているものの由来を疑い、それでも引き受ける力。
「長いですね」
「長い」
「いつもより長いです」
「今回は少し遠い」
「チンポジ哲学から?」
「そうだ」
「どれくらい遠いんですか」
「帰り道で迷うくらいだ」
「それは遠いですね」
「だが最後は戻ってくる」
「本当ですか」
「本当だ」
博士はコーヒーを飲んだ。
「自由意志は、チンポジ哲学の中心から少し外れる」
「そうなんですか」
「そうだ」
「なぜですか」
「チンポジ哲学は、他人との境界に強い」
「はい」
「本人にしか分からない」
「はい」
「他人が勝手に決めるな」
「はい」
「外に出た行動は見る」
「はい」
「だが自由意志は、もっと内側の問いだ」
「内側」
博士は紙ナプキンに書いた。
私は本当に選んだのか。
「重いですね」
「重い」
「自分の問題なんですね」
「そうだ」
博士は続けた。
「君は今日、この喫茶店に来ることを選んだかね」
「選びました」
「本当に?」
「本当に」
「なぜ来た」
「博士に呼ばれたからです」
「呼ばれなければ?」
「来なかったかもしれません」
「つまり、私の影響がある」
「ありますね」
「朝起きた時間は?」
「関係ありますね」
「天気は?」
「ありますね」
「気分は?」
「あります」
「財布の中身は?」
「あります」
「喫茶店の場所は?」
「あります」
博士は紙ナプキンに書いた。
選択。
条件。
「自由意志は、条件の中で発生する」
「完全に自由ではない?」
「そうだ」
「でも、選んではいますよね」
「選んではいる」
「では自由意志はある?」
「そこが難しい」
博士は少し笑った。
「ここでスピノザを借りよう」
「スピノザ」
「人間は、自分が自由だと思っている」
「はい」
「だが、自分を動かしている原因を知らないことがある」
「怖いですね」
「かなり怖い」
博士は紙ナプキンに書いた。
私は選んだ。
だが、なぜ選んだかは分からない。
「これはありますね」
「ある」
「かなりある」
「かなりある」
博士は続けた。
「人は、自分が選んだ理由を後から作ることがある」
「後付けですか」
「そうだ」
「私は合理的に選んだ」
「はい」
「私は正しい判断をした」
「はい」
「私は自由に決めた」
「はい」
「だが実際には、習慣、恐怖、欲望、環境、体調、他人の言葉に動かされていることがある」
「嫌ですね」
「嫌だ」
博士は紙ナプキンに書いた。
自由意志とは、
原因のない選択ではない。
「原因があるなら、自由じゃないのでは?」
「そう言いたくなる」
「違うんですか」
「完全には違わない」
「歯切れが悪いですね」
「哲学だからな」
博士は言った。
「原因があるから自由ではない、と言い切ると、人間はただの機械になる」
「はい」
「原因がないから自由だ、と言い切ると、選択はただの偶然になる」
「はい」
「どちらも困る」
「たしかに」
博士は紙ナプキンに書いた。
原因だけなら機械。
原因なしなら偶然。
「では自由意志はどこにあるんですか」
「自分の条件を見たうえで、どう引き受けるかにある」
「引き受ける」
「そうだ」
博士はうなずいた。
「ここで、少しだけチンポジ哲学に戻る」
「戻れるんですか」
「少しだけな」
博士は紙ナプキンに書いた。
自分のベスポジだと思っていたものは、
本当に自分のものか。
「お」
「ここだ」
「チンポジ哲学っぽくなりました」
「少し近づいた」
博士は続けた。
「自分のベスポジは、本人にしか分からない」
「はい」
「だが、そのベスポジが完全な無から生まれたわけではない」
「はい」
「身体がある」
「はい」
「習慣がある」
「はい」
「過去がある」
「はい」
「環境がある」
「はい」
「誰かに言われ続けた言葉もある」
「はい」
「それでも本人は、そこに収まる」
「はい」
「では、それは自由か」
「難しいですね」
「難しい」
博士は紙ナプキンに書いた。
与えられた身体。
与えられた条件。
その中での収まり。
「本人にしか分からない」
「そうだ」
「でも、本人が自由に全部作ったわけではない」
「そうだ」
「では?」
「自由意志とは、条件のない自由ではない」
博士は静かに言った。
「条件の中で、自分の選択として引き受ける力だ」
「かなり大人ですね」
「自由はだいたい大人向けだ」
博士は続けた。
「カントなら、自律を重視する」
「自分で法を立てる」
「そうだ」
「ただ欲望に流されるのではなく、自分で考える」
「はい」
「スピノザなら、原因を理解することで自由に近づく」
「なるほど」
「サルトルなら、選ばないことも選択だと言うだろう」
「重いですね」
「かなり重い」
「ニーチェは?」
「その選択は本当に自分のものか、と疑う」
「刺しますね」
「必要だ」
博士は紙ナプキンに書いた。
私は選んだ。
だが、本当に私の選択か。
「これが自由意志ですか」
「かなり自由意志だ」
「自分で選んだと思っても、借り物かもしれない」
「そうだ」
「誰かに選ばされているかもしれない」
「そうだ」
「空気に選ばされているかもしれない」
「そうだ」
「欲望に選ばされているかもしれない」
「そうだ」
博士はうなずいた。
「だから自由意志は、選択の瞬間だけではなく、選択を点検する力でもある」
博士は今日の答えをまとめた。
自由意志とは、完全に条件のない選択ではない。
人間の選択には、身体、環境、習慣、欲望、恐怖、他人の言葉が関わっている。
原因があるから自由ではない、と言い切れば人間は機械になる。
原因がないから自由だ、と言い切れば選択は偶然になる。
自由意志とは、条件の中で選び、その選択を自分のものとして引き受ける力である。
また、自分の選択が本当に自分のものかを点検する力でもある。
「博士」
「何かね」
「チンポジで言うなら?」
博士は少しだけ考えた。
「自分のチンポジは、自分で選んだように感じる」
「はい」
「だが、身体の形、服、椅子、姿勢、湿度、歩き方に影響される」
「はい」
「完全な自由ではない」
「はい」
「しかし、だからといって他人が決めてよいわけでもない」
「なるほど」
「条件はある」
「はい」
「だが、収まりを引き受けるのは本人だ」
「選ばされていても?」
「選ばされていても」
「それが自由意志ですか」
「それが自由意志だ」
博士は紙ナプキンに書いた。
自由意志とは、
条件付きのベスポジ選択である。
「最初より分かりやすいですね」
「少し近づいたからな」
「でも、やっぱりチンポジ哲学からは遠い」
「遠い」
「認めるんですね」
「認める。哲学者だからな」
「名前以外は」
「その評価も、君が自由に選んだとは限らない」
「責任逃れですか」
「違う」
「では?」
「原因分析だ」
博士は笑った。




