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哲学と私 あるいは、チンポジ博士の講義  作者: チンポジ博士


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自由とは。

 自由とは何か。


 その問いを口にした瞬間、博士は待ってましたと言わんばかりに答えた。


「自分の収まりを、自分で選べることだ」


「いきなりチンポジですか」


「自由は、チンポジ哲学の得意分野だ」


「得意分野とかあるんですね」


「ある。本人にしかわからない。最適解は人によって違う。他人が決めると事故る。だが、他人へ押し付けても事故る」


「……自由っぽいですね」


「だから言っただろう」


 博士は紙ナプキンを一枚取り、短く書いた。


 自由=自分の収まりを自分で選べること


「右でもよい。左でもよい。上でもよい。下でもよい。固定してもよい。自由にしてもよい」


「最悪の自由論ですね」


「だが、わかる」


「わかるのが嫌です」


「自由とは、まず本人が選べることだ。本人の快不快は、本人にしかわからない。だから本人が選ぶ」


「そこまでは通ります」


「だが、ここで終わると自由ではなく、ただのわがままになる」


 博士はペン先で紙ナプキンを叩いた。


「自分の収まりを自分で選ぶのは自由だ。だが、他人の収まりまで支配するのは自由ではない」


「自分は右がいいから、全員右にしろ、はダメ」


「そうだ」


「自分は自由派だから、固定派は間違い、もダメ」


「そうだ」


「一人一派だから」


「その通り」


 博士は紙ナプキンに、二つの丸を描いた。


 丸と丸は、少しだけ重なっていた。


「自分の領域。他人の領域。共有領域。この三つを分ける必要がある」


「自分の領域では選べる」


「そうだ」


「他人の領域には踏み込めない」


「そうだ」


「共有領域では調整する」


「そうだ」


「自由って、かなり設計の話ですね」


「自由は領域設計だ」


 博士は淡々と言った。


「何を着るかは自由だ。だが、他人に同じ服を着せる自由はない」


「はい」


「何を信じるかは自由だ。だが、他人に同じ信仰を強制する自由はない」


「はい」


「何を言うかは自由だ。だが、相手には聞かない自由、反論する自由、関係を切る自由もある」


「急に重くなりました」


「自由は重い」


 博士は、紙ナプキンにもう一つ書いた。


 自由=選べること+結果を引き受けること


「自由とは、選べることだ。だが、選んだ結果を引き受けることでもある」


「結果ですか」


「そうだ。固定すれば安定するが、締め付けがあるかもしれない。自由にすれば解放感があるが、不安定になるかもしれない」


「また通る」


「何を食べるかは自由だ。だが、食べすぎれば太る。何を言うかは自由だ。だが、嫌われることもある。どこへ行くかは自由だ。だが、帰れるかどうかの確認も要る」


「選択だけ欲しい。結果は欲しくない。は通らない」


「それは自由ではなく、幼児的願望だ」


「厳しい」


「自由とは、失敗する自由も含む」


 私は少し黙った。


 自由という言葉は、もっと明るいものだと思っていた。


 好きなことをする。

 誰にも縛られない。

 自分らしく生きる。


 でも博士の言う自由は、もっと現実的だった。


 自分で選ぶ。

 自分の範囲を知る。

 他人の範囲に踏み込まない。

 結果を引き受ける。


「博士」


「何かね」


「自由って、思ったより不自由ですね」


「よく言われる」


「好きにしていいと思ったら、範囲と責任が出てくる」


「それがなければ、自由は他人を壊す」


「自由のために、他人を不自由にする」


「そうだ。それは共有世界では通らない」


 博士はコーヒーを一口飲んだ。


「ここでサルトルを借りよう」


「巨匠ですね」


「サルトルは、人間は自由の刑に処されている、と言った」


「刑ですか」


「選ばないことすら、選んだことになる。自由は祝福であると同時に、逃げられない負担でもある」


「何もしない、も選択」


「そうだ」


「黙る、も選択」


「そうだ」


「逃げる、も選択」


「そうだ」


「重いですね」


「だから自由は重い」


 博士は続けた。


「ただし、サルトルだけで押し切ると重すぎる。そこでカントも借りる」


「巨匠が工具みたいに出てきますね」


「哲学者は使ってよい」


「怒られそうです」


「カントにとって自由は、単なる好き勝手ではない。自分で自分に法を与えること、自律に近い」


「自律」


「欲望のままに動くことは、一見自由に見える。だが実際には、欲望に支配されているだけかもしれない」


「食べたいから全部食べる」


「胃に支配されている」


「怒ったから殴る」


「怒りに支配されている」


「言いたいから全部言う」


「衝動に支配されている」


「それは自由ではない?」


「かなり怪しい」


 博士は紙ナプキンにこう書いた。


 自由とは、衝動に押されることではなく、自分で選ぶこと。


「自由には、自律が要る」


「好き勝手より難しい」


「そうだ。だから自由は強いが、危ない」


「危ない?」


「自由という言葉は気持ちがいい。私は自由だ。縛られたくない。自分らしく生きたい。どれも響きがいい」


「はい」


「だが、そこに結果責任や他人の自由を入れると、急に重くなる」


「みんな軽い方だけ欲しがる」


「そうだ」


 博士は紙ナプキンをまとめた。


 そこには、今日の答えが並んでいた。


 自由とは、自分の収まりを自分で選べること。

 ただし、他人の収まりまで支配することではない。


 自由とは、選べること。

 ただし、選んだ結果を引き受けること。


 自由は、好き勝手ではない。

 自由には、自分の領域、他人の領域、共有領域の区別が要る。


 自由とは、制約ゼロではなく、選択可能な範囲を持つこと。

 そして、その範囲を他人と調整すること。


 欲望に流されることは、自由とは限らない。

 自由には、自律が要る。


「博士」


「何かね」


「自由って、結局かなり面倒ですね」


「そうだ」


「でも、なくても困る」


「非常に困る」


「自由がないと選べない」


「そうだ」


「自由が暴走すると他人を壊す」


「そうだ」


「だから自由は、範囲と責任と調整の問題になる」


「その通り」


「チンポジで言うなら」


 博士は静かに言った。


「自分の収まりは自分で選べ。ただし、他人の収まりまで支配するな」


「綺麗にまとめましたね」


「私は哲学者だからな」


「名前以外は」


「名前も哲学的だ」


「そこは自由に思っていてください」


「君にもそう言う自由がある」


「博士にも反論する自由がある」


「そして君には、それを聞き流す自由がある」


「自由って便利ですね」


「便利だが、乱用するな」


 博士は笑った。


 喫茶店を出ると、外はよく晴れていた。


 人が歩き、車が走り、店の前で誰かが電話をしていた。


 みんな、それぞれ何かを選んでいるように見えた。


 右へ行く。

 左へ行く。

 立ち止まる。

 話す。

 黙る。

 買う。

 買わない。

 会う。

 会わない。


 どれも小さな自由だった。


 そして、その全部に小さな結果がついている。


 自由とは、好き勝手のことではない。


 選べること。

 選んだ結果を引き受けること。

 自分の範囲を持つこと。

 他人の範囲を侵略しないこと。

 共有部分では調整すること。


 その日から私は、自由という言葉を少しだけ重く感じるようになった。


 ただし、それは悪い重さではなかった。


 自分で持つべき荷物の重さだった。

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