権力とは。
権力とは何か。
その問いを出すと、博士は紙ナプキンに短く書いた。
他人の選択肢を変えられる力。
「怖いですね」
「怖い」
「悪ですか」
「違う」
「違うんですか」
「違う。だが危ない」
博士はコーヒーを飲んだ。
「まず分けよう」
博士は紙ナプキンに書いた。
権力。
権威。
暴力。
責任。
「また分ける」
「何度でも分ける」
「権力は?」
「他人の選択肢を変えられる力だ」
「権威は?」
「この人の言うことなら聞く、と思わせる力だ」
「暴力は?」
「身体や生活を直接壊して従わせる力だ」
「責任は?」
「自分の行動を引き受けることだ」
「全部近いですね」
「近いから危ない」
博士は紙ナプキンに書いた。
権力。
権威。
暴力。
混ぜるな。
「権力と暴力は違うんですか」
「違う」
「でも権力は暴力を持つことがありますよね」
「ある」
「国家とか」
「そうだ」
「警察とか」
「そうだ」
「では同じでは?」
「違う」
博士は言った。
「暴力は、力そのものだ」
「はい」
「権力は、その力を使える位置や構造だ」
「構造」
「そうだ」
博士は紙ナプキンに書いた。
力そのもの。
力を使える位置。
「なるほど」
「権力は、殴らなくても人を動かせる」
「はい」
「上司が言う」
「はい」
「教師が言う」
「はい」
「親が言う」
「はい」
「行政が言う」
「はい」
「専門家が言う」
「はい」
「殴っていない」
「はい」
「だが、相手の選択肢は変わる」
「権力ですね」
「そうだ」
博士は続けた。
「ここでチンポジ哲学だ」
「早いですね」
「近い」
博士は紙ナプキンに書いた。
他人のベスポジに手を入れられる力。
「それが権力ですか」
「かなり権力だ」
「怖いですね」
「怖い」
「でも全部悪ではない」
「そうだ」
博士は言った。
「子どもが道路へ飛び出す」
「止めます」
「倒れている人がいる」
「助けます」
「店で暴れる人がいる」
「止めます」
「契約を破った人がいる」
「処理します」
「犯罪がある」
「法で扱います」
「全部、何らかの権力が必要だ」
「なるほど」
博士は紙ナプキンに書いた。
権力は悪ではない。
だが、無害でもない。
「ここですね」
「ここだ」
「権力を全部なくすと?」
「止める力がなくなる」
「権力を野放しにすると?」
「支配になる」
「難しいですね」
「権力だからな」
博士は続けた。
「ここでカントを借りよう」
「人を手段としてのみ扱うな」
「そうだ」
「権力でも?」
「当然だ」
博士は紙ナプキンに書いた。
相手を、自分の目的の材料にするな。
「権力者向けですね」
「権力を持つ者すべて向けだ」
「政治家だけではない?」
「違う」
「上司も」
「そうだ」
「教師も」
「親も」
「そうだ」
「専門家も」
「そうだ」
「多数派も?」
「そうだ」
「あ」
「来たな」
博士は紙ナプキンに書いた。
権力は、国家だけにあるわけではない。
「民主主義的ですね」
「かなり民主主義的だ」
「権力というと、国家対市民に見がちです」
「それだけでは足りない」
「足りない?」
「民主主義では、市民も権力を持つ」
「投票とか?」
「そうだ」
「世論とか?」
「そうだ」
「多数派とか?」
「そうだ」
「炎上とか?」
「かなりそうだ」
博士は紙ナプキンに書いた。
国家の権力。
多数派の権力。
世論の権力。
専門知の権力。
家庭の権力。
「多いですね」
「多い」
「権力はどこにでもある?」
「ある」
「では全部疑う?」
「点検する」
「疑うではなく?」
「疑うだけでは足りない」
「では?」
「誰が、誰に、何を、どこまで変えられるのかを見る」
「社会問題テンプレですね」
「そうだ」
博士は続けた。
「ミルならどう見るか」
「危害原理ですね」
「そうだ」
「他人に危害を与える行為には、権力による介入がありうる」
「はい」
「不快なら?」
「権力で潰すのは危ない」
「そうだ」
「迷惑なら?」
「調整」
「そうだ」
博士は紙ナプキンに書いた。
不快なら距離。
迷惑なら調整。
危害なら介入。
犯罪なら手続き。
「ここにもつながる」
「全部つながりますね」
「哲学だからな」
「チンポジなのに」
「チンポジだからだ」
博士は言った。
「権力は、他人の選択肢に触る」
「はい」
「だから理由がいる」
「はい」
「範囲がいる」
「はい」
「手続きがいる」
「はい」
「責任がいる」
「はい」
博士は紙ナプキンに書いた。
権限。
手続き。
責任。
限界。
「権力四点セットですね」
「名前は悪いが、まあよい」
「これがない権力は?」
「危ない」
「なぜ?」
「好き嫌いで人を動かせるからだ」
博士は紙ナプキンに書いた。
気に入らない。
だから動かす。
「これは?」
「支配です」
「そうだ」
「心配だから動かす」
「干渉です」
「そうだ」
「善意だから動かす」
「危ない」
「多数派だから動かす」
「かなり危ない」
「正義だから動かす」
「さらに危ない」
博士はうなずいた。
「権力は、正義の顔をして広がる」
「怖いですね」
「怖い」
「悪人の権力より?」
「善人の権力の方が危ないこともある」
「なぜですか」
「自分が危ないことをしている自覚が薄いからだ」
博士は紙ナプキンに書いた。
正しいことをしている。
だから止まらない。
「刺しますね」
「刺している」
「ニーチェですね」
「そうだ」
博士は続けた。
「ニーチェなら、その権力は誰の欲望か、と疑う」
「権力欲ですか」
「そうだ」
「助けたい」
「はい」
「本当は支配したい」
「ありますね」
「守りたい」
「はい」
「本当は管理したい」
「あります」
「正したい」
「はい」
「本当は従わせたい」
「かなりあります」
博士は紙ナプキンに書いた。
救済。
管理。
支配。
「混ぜるな」
「救済回ですね」
「そうだ」
「お節介回でもある」
「そうだ」
「干渉回でもある」
「全部ここにつながる」
博士はコーヒーを飲んだ。
「アリストテレスなら?」
「共同体ですね」
「そうだ」
「共同体には役割がある」
「はい」
「役割には力がある」
「はい」
「親、教師、上司、役人、店員、医者、警察官」
「はい」
「それぞれ相手の行動を変えられる」
「権力ですね」
「そうだ」
「でも必要な権力」
「そうだ」
博士は紙ナプキンに書いた。
役割がある。
だから権力が生まれる。
「権力はなくせない?」
「なくせない」
「即答ですね」
「人が複数いる限り、力の差は生まれる」
「能力差」
「はい」
「知識差」
「はい」
「年齢差」
「はい」
「立場差」
「はい」
「人数差」
「はい」
「金の差」
「はい」
「情報の差」
「はい」
「全部、権力になる」
博士は紙ナプキンに書いた。
差は、権力になることがある。
「では差を全部なくす?」
「無理だ」
「では?」
「力の使い方を縛る」
「義務回ですね」
「そうだ」
博士は言った。
「強い者がいる」
「はい」
「知っている者がいる」
「はい」
「決められる者がいる」
「はい」
「ならば?」
「義務が生まれる」
「そうだ」
博士は紙ナプキンに書いた。
権力を持つ者には、説明義務と抑制義務が生まれる。
「重いですね」
「権力だからな」
「自由ではない?」
「権力者の自由は、他人の自由を壊しやすい」
「はい」
「だからブレーキがいる」
「義務ですね」
「そうだ」
博士は今日の答えをまとめた。
権力とは、他人の選択肢を変えられる力である。
権力、権威、暴力、責任は違う。
権力は悪ではない。
だが、無害でもない。
権力は、国家だけにあるわけではない。
多数派、世論、専門知、家庭、学校、会社にも権力はある。
権力は、他人の選択肢に触る。
だから、権限、手続き、責任、限界がいる。
不快なら距離。
迷惑なら調整。
危害なら介入。
犯罪なら手続き。
気に入らないから権力を使うな。
善意だから権力を使うな。
正義だから無制限に権力を使うな。
権力は、正義の顔をして広がる。
権力を持つ者には、説明義務と抑制義務が生まれる。
「博士」
「何かね」
「チンポジで言うなら?」
博士は少し考えた。
「君のチンポジは君にしか分からない」
「はい」
「だが、私が君の椅子を動かせる立場にいる」
「はい」
「私がパンツを配る立場にいる」
「はい」
「座り方を決める立場にいる」
「はい」
「それが権力だ」
「怖いですね」
「怖い」
「でも椅子を整える必要がある場合もある」
「そうだ」
「パンツを用意する必要もある」
「そうだ」
「公共の場で足を閉じてもらう必要もある」
「そうだ」
「では何が大事ですか」
博士は紙ナプキンに最後の一文を書いた。
権力とは、他人のベスポジに手を入れられる位置である。
だからこそ、勝手に直すな。理由を示し、範囲を絞り、終わったら手を離せ。
「かなり本丸ですね」
「本丸だ」
「権力は悪ではない」
「そうだ」
「でも危ない」
「そうだ」
「では?」
「抜き身で持つな」
「常時抜刀回ですね」
「そうだ」
博士は静かにコーヒーを飲んだ。




