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第七話:灰と石の盟約

天文四年 睦月 / 西暦一五三五年 一月

 勝瑞城の広間に、冷えた緊張が走っていた。

 上座に座る四歳の三郎を、三好家の若き当主・三好孫次郎が、畳に額を擦り付けるような最敬礼で迎えている。家格の上では、陪臣の家系である三好にとって、足利一門の三郎はそれほどまでに尊い存在であった。

「三郎殿。此度は、我が勝瑞城へよくぞお越しくださいました。……先日の北門の件、家中を挙げて感服しております。なればこそ、その知恵の正体、是非ともこの孫次郎にお教え願いたい」

 孫次郎は顔を上げると、慇懃な言葉とは裏腹に、獲物を定めるような鋭い眼差しを三郎に向けた。

「……孫次郎。あれは、ただの泥遊びだと言ったはずだ」

 三郎は意識的に、十三歳の年上である相手を呼び捨てにした。四歳の幼い声が広間に響き、三好の家臣たちが一瞬、殺気立つ。だが、三郎は動じない。ここでへりくだれば、足利の看板は泥に塗れ、実力主義の三好に飲み込まれる。

「そう謙遜なされますな。……平島館での一件、そして北門の地盤改良。あれは龍の加護などではない。お主は……何らかのことわりを知っておられる。そうではありませんか?」

 三郎は、柳斎に命じて用意させた木桶を前に出した。

「三好殿。理、というほどのものではないが、この粉が答えだ」

 三郎は桶から、生石灰と焼き粘土の粉末を取り出し、手際よく混ぜ合わせていく。

(現代のセメントはないが、石灰にポゾラン反応を起こす焼き粘土を加えれば、水の中でも岩のように固まる『水硬性石灰』が再現できる……)

 三郎は、二つの青石の間にその「泥」を塗り込み、さらに上から水をかけた。

「……水の中で固まるだと? まさか」

 孫次郎が身を乗り出す。三郎は冷ややかな目で、その驚きを見つめた。

「孫次郎、お前がこれから畿内へ打って出たいのなら、この『泥』は欠かせまい。道は整い、城は揺るがなくなる。……ただし、これを教える代わりだ。俺を政治の神輿みこしに担ぎ出すのはやめろ。俺は、温かい畳の上で寿命を迎えたいだけなんだ」

 将軍家一門という「至高の家格」を持つ四歳児が、実力者である三好の当主に対し、自らの技術を交渉材料チップに取引を持ちかける。その異様な光景に、孫次郎は一瞬呆気に取られた後、腹の底から笑い声を上げた。

「はっ……ははは! 面白い。足利の貴種が、命惜しさに泥を捏ねるとは! ……よろしい。若君の望み、この孫次郎が聞き届けましょう」

 孫次郎は、再び深く頭を下げた。だが、その口元には凶暴なまでの野心が張り付いている。

「その代わり、若君。まずは我が領内の『断崖の砦』を石に変えていただきましょう。それが成れば、三好は若君を生涯、阿波で最も平穏な賓客としてお守りいたしましょうぞ」

(……結局、使われることには変わりないか。だが、これが俺の選んだ『戦い』だ)

 三郎は、泥で汚れた自分の手を見つめた。

 家格という盾と、前世の知恵という剣。その両方を使い、四歳の少年の「絶対生存」のための工事が本格的に幕を開けた。

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