表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
46/64

第四十五話:羅生門の怪、再び

天文六年 十一月 / 西暦一五三七年 十一月


視点:足利 三郎(維直)


 完成したばかりの飯盛山城を、五千を超える幕府方の軍勢が包囲していた。彼らにしてみれば、阿波から来た四歳の稚児と、見たこともない灰色の「泥の城」など、格好の獲物に見えたのだろう。法螺貝の音が山間に響き渡り、敵の先陣が勝ち鬨をあげながら斜面を駆け上がってくる。だが、本丸の物見櫓からその光景を見下ろしている僕にとっては、これは戦争という名の野蛮な衝突ではなく、新築物件の「性能実証実験コミッショニング」であり、冷徹なリスク管理のフィールドワークに過ぎなかった。


 敵の指揮官が声を枯らして命じると、無数の火矢が雨のように降り注ぎ、灰色の城壁へと突き刺さる。通常の木造城郭であれば、一瞬で黒煙が上がり、大混乱に陥る場面だ。しかし、僕が調合を徹底管理した「竹筋コンクリート」の壁は、火矢の炎をただ冷淡に弾き返した。煤が薄くつくだけで、燃え広がる気配など微塵もない。「なぜだ! なぜ燃えぬ!?」と狼狽する敵兵の声が、風に乗ってここまで聞こえてくる。傍らで戦況を見守る三好長慶殿と松永久秀は、信じられないものを見る目で僕を見ていたが、僕はただ手元の水時計(砂時計の代わりに秒単位を測るために自作した簡易漆喰タイマー)に視線を落とし、防衛工程のタイムラインをチェックしていた。


 火攻めが効かないと見るや、敵は力任せに城門へと殺到してきた。ここで次の実験に移る。僕はあらかじめ配置しておいた鉄砲隊に伝令を出した。武士の戦いによくある「個人の勇猛さ」に頼った乱射は一切禁止してある。僕が職人たちに叩き込んだのは、三次元的な「交差火網キルゾーン」の構築だ。城壁に等間隔に設けられた狭間から、規格化され、全く同じ射程と精度を持つ三郎式鉄砲が一斉に火を噴いた。ドン、ドン、ドン、と規則正しい機械的な爆音。弾丸は正確に敵の進軍ルートを面で削り取っていく。名のある武将も、名もなき足軽も、僕が引いた射線ガイドラインに入った瞬間に等しく無力化されていく。そこには英雄の活躍する余地などなく、ただ最適化された「工場の生産ライン」のような光景が広がっていた。


 戦意を喪失しかけた敵の残党が、最後の悪あがきとばかりに、斜面の細い隘路へと密集して逃げ込んでいく。それこそが、僕が設計した最大のトラップへの誘導だった。僕は傍らのレバー、すなわち位置エネルギーを運動エネルギーへと変換する「重力式斜面投石機グラビティ・シューター」の固定を解除した。ガラガラと凄まじい音を立てて、正確に真円へと削り出されたコンクリート球が、木製の誘導レールに沿って加速しながら転がり落ちていく。火薬すら使わない、ただの物理法則の具現化。凄まじい質量と速度を持った灰色の球体は、隘路にひしめく敵兵を文字通り一網打尽に粉砕した。さらに、彼らの足元に仕込んであった生石灰の袋が踏み荒らされたことで、水分と反応して激しい熱と目潰しの白い煙霧が立ち込める。五千の軍勢は、もはや戦う気力すら残っておらず、怪異に襲われたかのように悲鳴を上げて敗走していった。


 静まり返った飯盛山城。味方の損害はゼロ。消費した弾薬と資材は、すべて想定していた予算の範囲内。長慶殿は「これが……若君の初陣ですか」と、畏怖のあまり声をつまらせていたが、僕はクリップボード代わりの木板に『現場検証:異常なし。計画通り竣工』と満足げに墨を入れていた。僕にとっての初めての戦場は、凄惨な血の記憶ではなく、ただの「完璧な安全管理の証明」として幕を閉じたのだった。

第四十五話をお読みいただきありがとうございました!

三郎にとっては単なる「新築マンションの耐火・耐震テスト」のような感覚ですが、中世の武士たちからすれば、一切の感情を排除した「自動殺戮兵器」に直面したような絶望感だったに違いありません。物理法則の前に、五千の軍勢がなす術なく敗走しました。

次回、第四十六話「阿波からの手紙、あるいは公方の困惑」

日付は 天文六年 十二月 / 西暦一五三七年 十二月。

視点は、ついに三郎の実父である阿波公方・**足利義維よしふゆ**へと移ります!

畿内から届く「四歳の息子が、灰色の石の城を建てて五千の軍勢を一人も血を流さずに退けた」「息子が鉄砲の形を世界基準に書き換えた」という頭のおかしい報告書の数々に、ひっくり返る父親。そして、三郎から届く「近況報告(という名の冷徹な業務実績レポート)」を読んだ両親の、盛大な勘違いと困惑を描きます。

コメディ要素も交えつつ、三郎の「異常性」を今度は血縁者の目線からお届けします。ご期待ください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ